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殺し愛

「おい!?時雨テメェ!」

「ちょっと!?白虎くん!?」



 背後から届いた声。なぜか怒りを含んだそれと近づく足音に、仮面の男と対峙していた時雨は首だけを動かし、振り返る。

 すると、



 バキン!



 怪訝に眉を潜めていた時雨の左顔面に、白い甲殻装甲に覆われた白虎の右の鉄拳が直撃。なんとか踏みとどまるも、加減のない威力に視界が赤と黒で瞬間明滅。チカチカと白い点の星が瞬き、時雨は切れた口から足元にポタポタと血が垂れるのを見る。

 だから、



「お前この腐れ馬鹿おいぃいい!?どういうつもりだゴラぁあああ!?」



 時雨はおもむろに殴ってきた白虎の胸倉を掴むと、砕けた顔面装甲から覗くエメラルド色の瞳を睨み、



「おぉ!?テメェこそどういうつもりだ!?俺の乳デート横取りしにきやがって!」



 活躍の場を奪われた白虎も、受けて立つ。

 それは、



「あ!?なんだよ乳デートって!?今俺狙った相手の心しか読めねぇんだよ!?だがテメェの魂と繋がりたくねぇから、ちゃんとその臭い口で説明しろ!」

「絶対ヤだね!だってお前、言ったら俺の桜夜の乳揉むだろ!?おお!?なんだその何かに気づいて憐れむような眼は!?色が蒼と紫でオシャレかボケゴラあああ!?」

「うるせぇ腐れオッパイ獣人!だから俺は凛名を!」

「何いいいい!?凛名の乳か!?掌サイズなテメェはジャスティス!」



 実に低レベルで意味不明な喧嘩であり、



「ね、ねえ2人とも!?ホラ、誰も死んでないから結構人が見てるよ!?後にしない!?後でぉいっぱい話せるから、ね!?」



 フレームを軋ませて近づいた雷音のバンプレートさえ若干引いている。

 その上、



「おい、白虎。今の聞いたか?」

「おお、聞いたぜ時雨。今雷音、〔いっぱい〕って言おうとして、〔おっぱい〕って言いかけた」

「おい、まさかとは思うが、アイツも・・・」

「いや、間違いねぇな。アイツ、巨大ロボットなんか乗ってるから、デカいのに眼がないんだ」

「なるほど。巨大化に伴う性癖の変質と弊害か」

「なるほどじゃないよ馬鹿2人!ちょっ、ホントやめろ変な笑みを浮かべてジト眼でこっちを見ないでよ!死なすぞカアアアハアア!?」



 雷音をムッツリ巨乳好きと断定する、今後の付き合い方と互いの距離感に関わる腐れ重大事項に発展する。唖然と見守る波崎の前で、怒れる鉄巨人の鉄拳をニヤニヤ笑いの時雨と白虎はヒラヒラと回避。くだらなさの次元を、また1つ上げる。

 しかし、このやりとりは同時に、



「だから!後にしろって言ってるだけでしょ僕は!?」

「おお!後でか!とりあえず、今はそれでいんじゃん!?」

「後で、か・・・ああ」



 時雨に、改めて彼らとの関係を自問させ、



「・・・僕はしつこいからさ、もう諦めなよ」



 友達依存の雷音に、解り切った言葉を吐かせ、



「お前がどうしてもって言うならいいぜ!?それか、桜夜がやるなら俺もやる!」



 時雨の執念で凝り固まった心をほぐす言葉を、白虎に言わせる。

 つまり、だからこそ時雨は、



「・・・わかった」



 距離を置ききれず危険に巻き込んでしまった彼らを。自らもって巻き込まれにくる彼らと共に在ることを。彼らの上に立ち、その命に責任を持つことを、もう迷わない。

 自分が彼らとの繋がりを断てるほど強くはなく、かといって勝手に首を突っ込む彼らを放置するほうが彼らを危険に曝すことになると、時雨は知ってしまったから。

 だから、



「今この瞬間をもって」



 時雨は、2人の友人、遥か下界で帰りを待つ少女の命を、翻り、仮面の男に向き直った黒と銀の戦闘衣の背に負う。

 そして、



「お前らは、天出雲探偵事務所・所長たるこの俺の部下だ!だから、いいか!?ルールは1つ!」



 時雨は、



「俺の命令は、絶対だ!逃げろと言ったら逃げろ!俺が言うことは絶対聞け!覚えとけ!このルールが守れないなら、ウチにはいらねぇからな!?」



 万が一の瞬間、彼らを生かすため、彼らだけは確実に危険から遠ざけることが出来るルールを示す。

 それを、白虎と雷音はわかっている。

 不器用な時雨のやり方を。

 だからこそ、



「俺すぐ忘れそうだけど、一応おうよ!」

「凄く生理的な抵抗感があるけれど、とりあえず了解!」



 従うつもりはないと暗に示した上で同意する。

 時雨は、だから苦笑いをするしかなかった。

 時雨はだから、



「甘イネ、やはリ君は」



 仮面の男、朝焼けの中で膝立ちに凛名を抱く男が投げた言葉に、



「ああ。でも・・・どうやら、俺にはこんな道しかないらしい」



 不安と焦りの冷や汗を一筋流しながら、夜色の頭を左手で掻く少年は、



「ホント、参るね」

「・・・時雨クん」



 二カッと歯を剥き、目を弓にして笑った。

 驚くほど屈託のない、憑き物の落ちた、それは時雨が初めて波崎に魅せる笑み。

 それは〔本来の時雨〕が持っている、本当の笑み。

 繋がりを大切にする少年の、未来の苦難と受難を想える時雨の、それでもこの瞬間に湧き上がった黄金色の至福だった。

 そして、



「君に負ケルこと・・・ソれが」



 波崎和馬は、凛名をゆっくりと甲板に寝かせ、



「こンナにも・・・」



 言葉を呑みこんで、ゆっくりと後ずさる。笑みを消した時雨の青紫の瞳と男ののっぺりとした仮面は、その間、片時も互いから眼を離さない。敵意や害意、友情や師弟愛などとは違う感情、悲と哀、敵としてしか交われぬ宿命が、繋がりとなって2人を結ぶ。

 だからこそ、



「英雄ぅううう!探偵イイイイイいい!」



 時雨は右手方向、太陽の中に上昇してきた黒い影、戦闘用ヘリの外部兵装たる空対空ミサイルの上に立った少女、



「知らねぇぞ~、ホントよ~ぅ」



 外部スピーカーを通して聞こえてきた東全獅の声が届くと同時に発射されたミサイル、〔その上に立ち、時雨と波崎の間に超高速で突っ込んできた黒の少女〕、



「さあ!私と殺し愛だ!」

「お、前!?」



 飛翔するミサイルの上から手を伸ばし、凛名をかすめ取って行った絶薙大和の狂気に、完全に出遅れた。


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