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アンタがくれた、俺の名だ

 彼の胸で目を真っ赤にしてむせび泣いていた桜夜は、突然頭を撫でてきたその感触を、最初夢だと思った。

 しかし、彼の胸に押し当てていた左の耳が聞いた。

 それは、鼓動と呼ばれる血脈の熱い音色。

 そして、



「お前の策は、こうだ」



 桜夜の頭を撫でながら、彼が言う。



「まず、お前達3人は共謀して凛名を奪う。そして俺に言う。〔彼女が欲しければ、私達を俺の仲間にしろ〕。とてもシンプルで、でも、悪くない。まさに怪盗だ。だが・・・」



 桜夜の身体を抱えてそのまま上半身を起こした彼が、少女の藍色の瞳を覗きこんで言う。



「白虎と雷音が死んでは、意味がない。凛名が失われては、意味がない。だから・・・」



 彼が笑って、少女に言う。



「行ってくる」



 だから、



「・・・馬鹿ぁ」



 ただ待つことしか出来ない少女の瞳から、再び涙が溢れる。





 ダタタタタタタタタタタタタタタタタ!



 接近を試みた前後2人乗りの戦闘用ヘリに、要塞と化したオオゾラクジラは対空砲火の手を緩めることはない。黄色く光る曳光弾と通常弾が混じった鉄の猛火を回避しきれないと判断したヘリは、高度を上げ始めた要塞クジラから1度距離をとる。

 そのパイロットシート、鋭角な蜘蛛の巣を思わせる多角キャノピーの奥で操縦桿を握るオレンジ髪の男、全獅は、



「やっぱ上空から降下したほうがいいか~。こっから撃ったところでどうにもなんねぇしなぁ。お前はどう思う~?」



 通信を繋いで、〔離発着時にヘリを支える脚となるランディングスキッドの上に乗った通信用ヘッドセットを被る少女〕にそう問いかける。

 しかし、



「・・・」



 その身をメインローターが作り出す暴風の直下に置き、激しく長い黒髪を煽られてなお、少女は平然とした無表情で明るくなり始めた地平線を無言で眺める。

 その黒曜石の瞳に映っているのが夜と朧雲をぼんやりと祓う朝焼けなどではないことは、全獅にはわかっていた。

 だから、



「首ったけじゃねぇか。現場で恋慕で動けない、なんてのは勘弁しろよ~」



 全獅はありのまま伝えた自らの〔予感〕を、彼に焦がれているらしい少女に伝えたことが、正しいことだったかもう判別できない。いつも考えなしに突っ込む少女が思った以上に考えていたこと、彼に対する自らの感情に自問を重ねていたことに驚かされていた。

 その感情を利用して少女を〔朧凛名・奪還〕の補助戦力として活用しようとした青年は、



「なんか、俺のなんちゃって予言外れたら、殺されそうだなぁ~」



 少しの罪悪感と苦笑をもって、クジラの上空へ回り込むべくヘリを旋回させる。

 だからこそ、



「・・・キタ」

「ああ?今なんか言ったかぁ?」



 全獅は通信用ヘッドセット黒の少女の呟きにも、



「キタ!キタぞ全獅!」

「おい、何言って・・・?」



 それは、遥か下方。

 ヨロズを横切るように上昇し始めた要塞クジラを追うため、戦闘ヘリに搭乗したスラム街の一角で、強大な魂が膨れ上がり、銀色の流星が飛び出したのに、気づくのが遅れた。





 波崎和馬は、甲板に横たわらせた凛名の頭を膝立ちで支えたまま、あえて着陸したヘリの側を離れようとはしなかった。

 それは、眼下を流れるヨロズの灰色の都市外殻と、その周囲を取り巻くスラム街、朧雲に霞む地平線へ続く荒野に立ち昇る朝日が、美しかったからではない。

 ただ、



「見事デす・・・」



 波崎は、かの2人に賛辞を贈るべきだと、感じていたからだ。

 だから、



「おお?おお!?今、おいなんか言ったか!?」



 波崎は、のっぺりとした仮面の奥で、そう凄んだ白と緑の少年を哀しげに見つめる。

 全身の白い甲殻装甲を降り注ぐ銃撃と眼前に立つ赤黒い〔崩壊者〕の剛力、そして赤い光の狙撃手によってボロボロに削られた真白虎丸が、肩で息をしながらかち割れた頭部装甲の奥から覗くエメラルドの瞳で、波崎を睨む。

 次いで、



「カァアアアハアアァ!?もう勝った気らしいよ!?まだ、僕らはやれるぞ!?」



 3機の戦闘用〔O.F.〕と対〔O.F.〕兵器を携えた歩兵の飽和攻撃に見舞われ、イエローのラインが奔る漆黒の装甲を剥がれ、その左腕を肘から吹き飛ばされた航羽雷音のバンプレートが、獣の声で波崎に吠える。

 それらに、要塞クジラの離発着場、広大な甲板で対して、仮面の男は、



「殺す気デカかれば、もウ少し粘レたかもシレない。シカし、そレハ君達のやり方でハナい」



 〔灰色の男〕は、周囲で白虎の喧嘩殺法にぶちのめされた歩兵を見、雷音のバンプレートに破壊された〔O.F.〕の装甲片や非殺傷対人兵器である電気銃で気を失った実働員を眺める。

 そして、



「君達の、ソノ気高い意思だケは、覚エておくとしよう」



 号令をかけようとした波崎和馬は、



「そぉおおおこまでだぁああああああああああああああああああああああああ!」



 背後。

 オオゾラクジラの甲板の外。

 朝焼けに光る東の空の真ん中へ。

 魂に響いた声と共に、飛び上がった銀色の流星を見た。





『スラム街ポイントD1より、強大なエネルギー反応!未確認機接近!向かってきます!』

『何だ!?映像出せ!』

『走っている?人が、空を!?』



 少年の魂は、そんな風に狼狽えた男達の声を聞く。

 構わず、少年は走る。

 東の空と朝日を遮る要塞クジラを、左手前方に見ながら。

 ブンブンと両手を振り、膝で踏ん張り、その足裏でダンダンと音を立てて足場を蹴りつける。

 生まれてきて、今この瞬間最も身軽な体で、走る。



『この速度、振り切れません!』

『全対空防御システムを、戦闘ヘリから未確認機に切り替えろ!撃ち落とせ!』

『了解!ターゲットロック!撃てぇ!』



 また、少年の魂は声を聞く。

 その号令はすぐさま黄色い曳光弾を伴う対空砲火の嵐に代わり、計算された死の包囲網がすぼまり、押し包もうとする。

 だが、



「ハァ!ハァ!ハァ!」



 少年は、走る。

 髪を振り乱し、汗を拭うこともせず、熱に浮かされたように、ただ走る。

 それだけで、グングンと速度を上げる少年に、鉄の驟雨は追いつけない。

少年が蹴りつけた脚が空気に残す円形の波紋を、ただ追いかけることしか出来ない。

 銀色の光を纏う少年を、誰も止められはしなかった。

 そして、



『君達の、ソノ気高い意思だケは、覚エておくとしよう』



 少年は、聞いた。

 今も胸の奥を苦しめる、師たる男の声を。

 今まさに共の命を奪わんとする、許されざる号令を。

 だから、



「そぉおおおこまでだぁああああああああああああああああああああああああ!」



 少年は、跳んだ。

 まだ力に慣れていないせいで、思い切りオオゾラクジラの上空へと。

 すぐに頭と足の向きを反転させた上昇する少年は、〔何もないはずの上空に天井でもあるかのように空へ着地〕、次いで跳躍。天地を闊歩する勢いそのままに、〔界子〕で蒼い波紋を空に残し、急降下する。

 そして、



 ダアアアンン!



 少年は、要塞クジラをわずか下降させる衝撃を伴って、その甲板に着地した。

 ゆっくりと身を起こした少年は、身に纏う、着物の襟袖と、黒革のコートのマントのような裾が融合した黒銀(こくぎん)の戦闘衣、〔闊法着(かっぽうぎ)〕の裾を空の寒風に曝す。

 朝日の中で、夜色の髪が靡き、顔を上げた少年の〔蒼い右眼と、紫水晶の色をした左眼〕が前を見る。

 その視線の先には、眠れる銀色の髪の少女、朧凛名がいる。

 だから、



「君ハ・・・」



 呆然と言った仮面の男に、



「〔英雄探偵〕。それが・・・」



 敵陣の真ん中で、皮肉げに片頬を吊り上げた少年、



「アンタがくれた、俺の名だ」



 黄金の光の中、死を踏み越えて、天出雲時雨はそう笑った。


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