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死と死

「暑・・・」



 腕を捲り、軽く開襟したYシャツにスラックスというラフな制服姿の時雨は、ガヤガヤと賑やかしい宴会場を襖で閉じ、木張りの廊下に出る。右手が持つ呑みかけのビールのアルコールで少しふらつく脚を動かして、少年は庭へと続くガラス戸の前で立ち止まり、締め切られた横開きの戸を動かす。

 フワリと、まだ肌寒い春の風が少年の腕や裸足の両足、胸元と顔、夜と同じ色の髪を撫でていく。僅かの時間その冷たい愛撫に眼を閉じ、再び目を開いた少年の前には、庭師によって剪定された祖父自慢の小規模だが小奇麗な純和風庭園と、その花形である小ぶりな桜の木、それを囲む静かな灰色の石壁がある。

 そして、



「いい月だ」



 少年は一部解放された都市外殻に切り取られた四角い空にそう呟き、ペタリと腰を降ろして満天の星々に見入る。

 そこへ、



「ご一緒してもいいですか?腐れ嘘つきさん?」



 少年と同じく酒気に頬を赤くした少女、ブラウスとスカート姿の凛名が声をかける。

 だから、



「どうぞ、我が愛しい彼女にして、世界有数のビビり姫」

「さすが私の彼氏さん、優しいですね?そもそも今日は白虎さんや桜夜さん、雷音さんや天出雲博士のご友人の皆さんも来るただの毎年恒例の春の宴会だと知っていて、私には何も言わなかった時雨さんは、やっぱり私の思った通りのとっっっっっても優しい人なんですね?」



 差し出された時雨の恭しい左手を右手でとりながら、凛名は嫌味を込めた言葉と共にその隣に座った。対し、時雨がクスリとからかう笑みで応じると、ムッとしたらしい少女はプイッとその紫の眼差しを星空へと向ける。

 それでも、



「・・・」

「・・・」



 時雨は、握った凛名の右手を離しはしない。

 凛名は、握った時雨の左手を離しはしない。

 ただ静かに、互いの持つ魂の温度を感じ続ける。

 少女が、ほんの少し、春の寒さに細い身体を震わせる。

 少年が左手を引き寄せ、背後から届く騒がしい宴の光の見守る中で、2つの影が寄り添う。

 時雨の耳は、聞いている。

 2人の幼馴染、桜夜と白虎が、襖の向こうで時雨の大切な友人の1人である偉丈夫、赤鉄鷹也(あかがねたかや)と呑み比べてはしゃいでいる声が。

 時雨の思考は、想像する。

 〔O.F.〕の技術者である雷音と大切な仲間の1人、シャープなフレームレスメガネの雅美(みやび)姉さんと、父・時定の助手、山男のようなヴェルフリートの巨躯が酔ったまま論戦を繰り広げる様を。

 時雨には、見えていた。

 酔ってトチ狂った祖父母の相手を流れで任され、苦い顔をしながらその相手をする魔性の美貌を持つ男、遊羅の顔が。

 そして、



「・・・」



 その全てを眺めて微笑み、年甲斐もなく寄り添う両親の姿を、時雨の背中は感じている。

 だから、



「・・・凛名」

「・・・?」

「俺は、何の力も持たない、〔非感染者〕だ」

「・・・」

「ただ普通に学校に行って友達とつるんでて、特別な技能も無くて、お前と出会ったのだって、〔暴走し、殺戮を起こしそうになったお前を親父達が止め〕、そのままうちで保護したからだ」

「・・・」

「でも・・・」

「・・・」

「俺は、お前を〔運命の相手〕だと思っている。だから・・・」

「大丈夫」



 少し焦りが見えた少年の言葉に、少女が優しく添えるように言葉を置いていく。

 そして、



「誰も死にません。私と時雨さんのお母様の純竜種の力が。遊羅さんの刃と雅美さんの鉄の巨人が。赤鉄さんの炎とヴェルフリートさんの魔術が。天出雲博士の、見通す眼が、そんなことさせません。でも、私は行かないといけない。それが〔世界を左右する力の責任〕だから。でも・・・」



 時雨と凛名の瞳が直線で結ばれ、



「アナタのために、私は必ずアナタの隣へ戻ります」

「凛名・・・」



 月と星と宵闇が見守る中で、2人の距離が縮まり、おずおずとその唇が触れる。

 永く短い時が過ぎ、アルコール以外の理由で赤くなった2人は、互いを上目に見つめ合い、クスリと笑いあう。

 そして、少年の中には、確信がある。

 全てうまくいく。

 そんな、不自然なほど心地よい確信が。

 疑う心を、〔この瞬間そこにいる時雨は持っていない〕。

 なぜなら、



「お前、酒くせっ」

「そそ!?それはこっちのセリフですっ!」



 怒りだした凛名をからかう時雨は、幸せだったから。

 すぐに仲直りして、愛する少女とまた身を寄せ合うことが、心地よかったから。

 だから、



「・・・時雨さん」

「・・・?」



 だからこそ、



「私、もう、〔このまま死んでもいいかも〕」



 時雨は凛名のその一言で、彼女から身を離し、バッと立ち上がった。



「お前・・・」

「時雨、さん・・・?」



 戸惑う瞳を向ける凛名に、たった一言を契機に本能が感じ取ったそれを、問わずにはいられない。

 そして、



「お前、は・・・」

「・・・?」

「お前、凛名じゃ、ないな!?」

「・・・」

「答えろ!」



 瞬間、時雨の足元がグニャリと歪む。

 瞬間、時雨の視界が、細切れに砕ける。

 瞬間、崩壊した世界、全天の闇に落ちていく時雨の身体に、〔時雨の本当の意識〕が舞い戻る。

 つまり、



「俺、死ん・・・」



 暗黒の夢の奥底へ、全ての〔現実〕を取り戻した少年が落ちる。


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