交錯
カーブに差し掛かった列車にかかる遠心力で、吊り革を持った少年の身体が前へとつんのめる。正面の車窓から差し込む夕暮れのオレンジに少年の細められた蒼い瞳が瞬間染まり、すぐに元の位置に戻る。まばらな乗客達も少年と同じ慣性に従い、ガタゴトと揺れている。
そして、
「緊張気味か?」
少年は、ちょうど正面の座席に座った少女にそう声をかける。英星高校指定の春物のブレザーとブラウスから伸びた腕、チェック柄のスカートの裾の先端をいじっていた少女が顔を上げる。
それは、
「あ、当たり前ですっ!だって、その・・・」
という、不安そのものであり、少年の蒼い眼が見ている間に、少女は今度は長くウェーブした銀色の髪の先端を落ち着かなげにいじくり始める。少年としては大したことはないイベントでも、立場が違う少女の紫水晶の瞳を揺らすには十分な理由になりえるらしかった。
だから、
「いいか?」
「はい?や、ちょ・・・!?」
柔らかな微笑を浮かべた少年は、見上げてきた愛らしい小さな顔、その頭を、伸ばした左手で絹糸のようにやわらかく繊細な銀髪をかき回すようにして、くしゃりと撫でる。抗議の声を上げていた銀色の髪の少女も、次第に少年の傷1つない柔らかな左手の感触、その気遣いを安堵に変えていく。
そして、
「大丈夫だよ。俺の母さんと婆ちゃんは、基本女の子にメチャクチャ厳しい。下手な社交辞令は見抜かれるし、ハキハキとハッキリものを言えない奴も嫌がるし、多分今日はお前のこと〔そういう目〕で、ずっっっっっっっっっっとジロジロ舐め回すように見るはずだから」
少年の片頬が皮肉げに吊り上り、心地よさに目を瞑って唇と眉を笑みに綻ばせていた少女の眼がカッと見開かれる。ガバリと少年の手を跳ね除けて、少女は彼の蒼い瞳を点になった眼で凝視する。
次の瞬間、
「ふぅうううううううううわあああああああああああああああああ!?ふわあ!?ふひぃ!?」
頭を抱え、瞳を潤ませた少女は眉を八の字にして全力の困り顔を少年に披露。アワアワと開閉する口が間抜けに過ぎて、少年の鼻と口からクスンブスンと耐え切れず笑声が漏れ出る。
それでも、
プシュゥウウウウウウウウウ!
日本文化における列車と言う移動手段は、世界的に見ても発着時刻が他に類を見ないほど正確である。
つまり、
「おら、行くぞ凛名」
「ゆゆゆ許してくださいぃぃぃぃ!行くのは時雨さんが私を恥ずかしい辱めで躾けて、どこに出しても恥ずかしくないほど立派に恥ずかしい娘になってからがいいですぅううううう!」
停車し、空気の音を立てて扉を開いた列車から、怖がり過ぎて錯乱している朧凛名の右手を引いて、笑みのまま天出雲時雨は茜色のホームを進む。
屈託のない、楽しげな笑みのまま、少年は少女の手を引いて進む。