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予感

 ガシャリと硬質な音を立てて、今や夜色の瓦礫の山と化した廃病院のロビーに、蒸気を上げる6連装身ミニバルカン砲とロケットランチャーの2門が落ちる。朽ちた異様の墓標のごとく1度屹立した2つの破壊兵器は、役目を終えたことを告げるようにそれを落とした男の左右に倒れる。

 それを見届けることもせず、



「あ~あ」



 全身を融合した銃器と同じ鉄色に変えていた青年、東全獅は、まだ座ることが下手な子供のように尻からドスンと周囲より1段高い瓦礫の山の上に腰を落とす。次いで、両手が保持していた大型拳銃を投げだし、懐から取り出したタバコを硝煙の臭いがこびりついた右手の指で口に咥え、男はライターで火を付けようとする。

 そして、



「ありゃ、ライター壊れちった。なぁ~、アンタら誰か火ぃ持ってなぃ~?」



 全獅はタバコの紙箱をコートの内ポケットにゆったりと戻しながら、別のポケットから携帯端末を取り出す。〔周囲を取り巻く自然派の死体の群れ、それを取り囲むように現れたスラム民達〕にヘラリと笑い、その情景を成した破壊の権化は気さくな調子でそう言っている。

 なぜなら、



「あ~、もうここでは何も起きねぇよ。俺、つまり〔AVADON〕を嵌めた敵、ヘリに乗った連中を追う術は今の俺にはないし~、俺以外ここに生存者はいないし~、おそらくあの要塞クジラから俺に対する砲撃もないよ~ん。あっちでも、アンタらの中に非感染者がいることは丸見えだろうし、奴ら俺を殺したいだろうけど、俺を狙えば自らの掲げた教義を進んで破ることになるんだからね~」



 何がおかしいのか、全獅はクツクツと笑って咥えたタバコを揺らしながらそう言った。同時にその右手は保持した携帯端末を操作して、熊切をコール。要塞クジラへとりつくため、女刑事に航空移送手段を配備させる行動に移っている。

 だから、



「私ろ患者ろ知ららいか?濃紺ろ髪り、医療衣を来ら少年ら」



 全獅の素性や言葉を周囲の光景や上空のオオゾラクジラ、その言動から判断し、どうやら信じることにしたらしい滑舌の悪い黒衣の闇医者、DJが小柄な初老の男の横から進み出る。

 さらには、



「す、すみましぇん!ととと、通して!」



 スラム民の人垣に押し潰されては掻き分けて、宇宙服もかくやというデザインの白いパイロットスーツに身を包んだ桜色の髪の少女が全獅の視界に現れ、



「す、すみません、誰か目つきの悪い、こう、性格の悪そうな蒼眼の男を見ませんでした!?」



 闇医者・DJが問うた人物とおそらくは同一の彼を、心配一色に濡れた藍色の瞳と言葉で探す。

 もちろん、



「知ってるよぉ~ぅ」



 2人に対してそう言った全獅は、この先彼らを待ち受ける衝撃を簡単に想像出来る。

 しかし、



「ど、どこですか!?時雨は!?」

「君も時雨くんろ?そうら、君は桜夜らんらね?いや、それよりろ、時雨くんの治療ら」

「・・・治、療?治療って、アナタは、それ、どういう?」



 立ち上がった全獅は、折り重なったトラックほどもある瓦礫の1つに下から手を伸ばすと、それを片手でふり払うように跳ね除ける。音に振り向いた面々の注視を受け、男は濛々と上がる粉塵の奥、〔戦闘中にも関わらず器用にかの少年とその相棒たる単車を隠した瓦礫の下をうやうやしく両手で指し示す〕。

 煙が晴れ、桜夜と呼ばれていた少女の顔が青ざめるのを、再び瓦礫に腰を下ろした全獅のタレ気味の眼が見る。黒い医療帽と黒いマスクでほとんど顔が見えない闇医者の眉が険しい角度を描き、どうやらスラム民のリーダー格らしき初老の男と走りだす。

 それでも、



「多分、な・・・」



 〔死んだ時雨を庇い、敢えて白虎と雷音を行かせた男〕の中には、ある種の本能的確信があった。それはつい先ほどまで命のやりとりをして、現状この場で最も魂を外部に解放している男の先鋭化した勘であり、



「いや、多分、なぁ」



 その呟きは、黒の少女が認めた男に対する、期待と希望が混じった予測であった。

だからこそ、男は敢えて走り出した桜色の髪の少女に事実を隠すことはしなかった。

もちろん、〔人類史上その奇跡が起きたとされるのは、世界で最も売れた書籍、聖書の中に記録された、真偽も定かではないそれしか〕、全獅は知らない。

 だが、期待することを抑えることは出来ない。

 ただ、それを漫然と待つことも出来ないため、全獅は耳に当てた携帯端末に対して次の手を打つしかない。

 それでも、



「・・・もしもし!?東くん!?外はどうなっているの!?あの要塞クジラは!?時雨くんと和馬くんの交渉はどうなったの!?」



 電話口で怒鳴った熊切に、男は言う。



「なあ、熊切さん」

「何!?早く状況を・・・!」

「多分さぁ、来ると思うんだぁ。ただの勘で、でもそれは俺の命を何度も救ってきた感覚で、いつもより凄くて、ケツの根っこの骨から背筋がゾックリ痺れるような衝撃でさぁ。朧の翼を見たせいかなぁ?」

「はあ!?」

「ただ、来ると感じるんだ、彼」



 幾多の死線をくぐってきた青年は、燃えるようなオレンジのタレ目で、空を塞ぐ敵の居城を見上げる。その中心へ飛び上がる灼熱の爆光、自分が送り出した2人の少年の黄色と緑に輝く光を見送る。

 そして、



「・・・」



そこに死したはずの蒼い光が加わることを、青年は幻視する。


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