残された魂の熱量
眼下で激烈な爆音と閃光、圧倒的破壊を全身から放射する東全獅を、離陸したヘリの右側の窓と知覚増幅仮面越しに、波崎和馬は興味を失った灰色の瞳で見つめる。その眼には、国家戦力を相手にしていることに対する恐怖や畏敬は見られない。
だが、
「だ、大丈夫でしょうか?」
ただの駒でしかないヘリのパイロットが通路越しにチラリとヘルメットを振り向かせ、現場指揮官を任された仮面の男にそう聞いた。
だから、
「例え彼が遠距離攻撃ノ専門家でも、上昇中のヘリを撃ち落とスニは僅かでもこちらへ集中しなければナラナイ。シかシ、そレガ出来る状況ヲ私は与エナい。例えソレガ出来たとしテモ、それ以上ノ何も起きルことハナい。とコロで、君は操縦に集中しタホうがいいと思うガ?」
「し、失礼しました」
振り向きもせず、男は退屈そうにそう言って、暗闇に煌々と戦火を広げる全獅から目を離す。全獅と自分の射線上、その間に盾になるよう配置した、〔崩壊者〕を投下したばかりの2機のヘリを振り返ることもない。
ただ、
「もう少シ、別レは静かニ済まセる予定だったんだけどね・・・」
男はそう小さく独りごちて、左手の座席に横たわった眠り姫を見る。
銀色の髪をシートの上に広げた凛名のブラウス、そこについた黒いシミの後を見て、波崎の左手が伸びる。男の長い指が、右側面を下にした凛名の左耳の上を渡り、その細い首を静かに掴む。
そして、
「君さエいなケレば、〔僕ら〕は少なクトも、僕が最も恐レタ結末を迎えルコとはなかった・・・!」
男の左手が、ギシリと骨が軋むほど、無防備な少女の首を片腕だけで締め上げる。穏やかだった少女の寝息が乱れ、苦しげに寄せられた眉と脂汗が凛名の表情を曇らせる。
「波崎幹部候補!?」
仮面の男の暴挙に気づいたフルフェイスヘルメットを装着した戦闘服、凛名を搬入した実働員が、慌てた声で波崎を制止する。
そして、男は、
「君ハ・・・!」
激しい怒りと憎悪に満ちた声を上げ、凶行に及ぶ左手を、それ以上の力を宿した右手で引き剥がす。青白くなっていた凛名が荒い呼吸を繰り返し、次第に肌に色艶が戻る様を、獣のようにいきり立った男は肩を上下させて見下ろし続ける。
なぜなら、
「そウダな、私には、もうソンナ資格はない」
すでに男は、〔感染者を憎み、恨み、殺すことしか出来ない〕。
最良の友を自分の手で撃ち殺し、それを証明する死の色が少女を黒く濡らしているのだから。
愚かなのは、最初から男のほうだったのだから。
だからこそ、
「これは!?」
「・・・どウシた?」
左手前方、操縦室で声を上げたパイロットに、波崎は冷静を取り戻した声でそう聞く。
そして、
「5時方向!ヨロズ東部空港より、接近する熱源!速い!追いつかれます!」
「何、ダト・・・?」
ハッと窓から後方を振り返り、赤い炎の尾を引いて迫る翼持つ巨人、漆黒と雷模様の流星を見た男は、まだ知らない。
まだ、
「カァァアアアアアアアアアアアアアアアアアハアアアアアアアアアアアアアアアア!」
蒼い瞳の少年が遺した、魂の熱量を、雷鳴のごとく響く奇声が示す現実を、男は完全に理解してはいなかった。