要塞
「世界の未来を左右する力を持つと言うのなら!」
圧倒的な銀の粒子の収束、紫の光沢を放つそれの豪流の中心で、
「広がれ!集めろ!地平の彼方まで!そして!」
廃病院の屋上を貫き、ついには全長300mを超えた銀の大翼の主。
その羽ばたき1つで廃病院を瓦礫と化し、同時にガデティウスと波崎、さらには敵たる〔真実の御旗〕の実働員までその大翼の抱擁で守った少女が叫ぶ。
「戻ってきて!だから!時雨えええええええええええええええええええええ!」
空気中に満ちた〔界子〕が、激震する。
「〔大災厄〕の再現、なんて~のはゴメンだぜ~?」
白い柱のようにも見える2本の翼、〔月虹竜〕の力の顕現を、廃病院を臨むビルの屋上に立つ黒い戦闘用コート、逆立ったオレンジ髪を揺らす東全獅は、状況から導かれる最悪の予想を紫煙と共に口から吐きだし、僅か生じた不安を誤魔化す。
同時に、
「やっぱ、素直じゃなくて正解だったなぁ」
背中に2本の野太いゴルフバックを背負った全獅の身体は、6階建のビルの屋上の端を蹴り、中空に躍り出ている。時雨によって〔動くことを禁じられていた〕はずの男の脚がズシンと隣接した廃ビルの屋上にめり込み、しかし動きを止めることもなく疾走に移る。当然のように時雨の提示した条件を無視し、必然少年の張り巡らせた感知網に注意してギリギリまで接近していた男の脚が再び跳躍。一目散に周辺一帯に破壊を生んでいる白い翼の根源へと走る。
もちろん、
「しかしやられたな~、完全に。俺ぁ、熊切刑事のほうが怪しいと思ってたんだがなぁ」
着地の衝撃でさらに隣の商店の屋上を陥没させた青年は、波崎和馬とずっと繋いだままにしていた回線、ついさっき切れたそれから〔灰色の男〕が黒幕であることを知っている。
そして、
「そうかよ!確かに、それなら〔平時は高空に身を隠し、必要な時だけ必要な人員を投入出来る〕ってわけだ!だから今は、自信満々に〔自分が犯人だ〕って名乗り出たんだな、波崎和馬!?」
全獅は、走りながら舌打ち。さらなる跳躍に移る。
その上空には、
ブオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオウ!
朧雲に蔭る月夜を覆う、巨大な影と嘶き。
それは、全長700mを超える巨体。
温厚で、人による飼育と利用が可能な大型異獣、オオゾラクジラ。
その肉体の所々には、本来ありえない人の手に夜後付けの金属質の箱や板、つまりは指令室や滑走路がある。そしておそらく内部には艦載機や狂信徒の群れを搭乗させた、それは威容の天空の城。
つまり、
「確かに、そうする価値が朧にはあるだろ~よっ!」
全獅の橙色の瞳が捉えたのは、今回の朧凛名確保に投入された、〔真実の御旗〕の空中浮遊要塞だった。