ガーソンバナナ牛乳100%捻り搾り
不安げな桜夜に対し、時雨は緩いカーブを曲がり切ったところで言った。
「お前、どんだけ長風呂なんだ?どうしてそんなに長い間湯船に浸かっていられる?」
「え・・・?」
実のところ、時雨は桜夜とまともに取り合うのを恐れてそう言った。彼女の言うことは正論過ぎて耳に痛かったし、時雨の心のどこかもそれが正しいと思っていた。
しかし、
「わからないか?聞けよ?聞け?いいか?」
「あ、うぇ?いあ、そもそもなんで私がお風呂入ってること・・・?」
桜夜の疑問を無視する時雨の話の逸らし方は、不器用に過ぎた。
つまり、
「いいか?まず大前提として、人間には異なる価値観がある。しかし、異なる価値観を持つ人間同士は、互いに共感出来る生き物だ」
「あ、はい?」
「例えば、天才と呼ばれる人種がいるよな?科学や音楽、映画や料理などの様々な分野で、天才は多く異なる価値観の人々からの評価を、言い換えれば好意的な共感を得ている」
「あ、はい」
「しかし、評価される天才は社会に対して自分勝手に振る舞う独裁者ではいられない。これは天才という唯一無二・独自というイメージと相反するが、この見方には一理がある。なぜなら新しい刺激、オリジナルの価値観を〔社会に適した形〕で提供してこそ、天才という評価を人々から得られるからだ。俺が言いたいのは、つまり連中は、〔社会という群衆に共感される価値観〕を持っていて、さらには〔社会という群衆に共感される方法を知ってる〕ってことだ」
「あ・・・はい」
「そして、俺とお前は友人であるが、まだ知らないことが多い。さらにはお互いに対して天才、簡単に言えば、なんでも解り合ってるわけじゃないし、そう在れるほど器用じゃない。だから〔これからずっと友人でいる2人の将来のためにも〕、異なる互いの価値観に共感する努力をすべきだと俺は・・・」
「もういいいいいい!やめろおおおお!回りくどいしどうでもいいし泣けるわっ!要するになんで私が長風呂すんのかわかんないからそこんとこを理解したいってことなんでしょうけど、アンタが私の長風呂の理由聞いて納得出来た場合なんかアンタに良いことあんのかっ!?」
時雨は桜夜が激昂する程度には、生真面目過ぎたのだ。
そして、自分の不器用さがわかっていて、時雨には言葉を重ねることしか出来なかった。
だから、
「だって気になるんだ。お前、最初っからずっとピチャピチャ水音してるし、今もなんか風呂場特有の反響音がしてるし。それに俺は、前にガティが教えてくれたデータしか知らない。お前の入浴時間はたいてい21時~22時で、最初に洗うのは右脚の小指からで使ってるシャンプーとコンディショナーは〔燕〕。最近お気に入りの鼻歌はキャメロットの〔ポワゾ〕で、風呂上りにはバスタオル1枚で〔ガーソンバナナ牛乳100%捻り搾り〕の一気飲みが好きなことしか知らない」
「あ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・え?」
頑張って話を逸らそうとして、時雨はどうやって桜夜が風呂に入っていることを看破したのかを示し、次いで本来彼が知るはずのない少女の正確で膨大な超個人情報をしれっと口にしていた。
ドン引きする桜夜に気づかない鈍感な少年に、一拍の間を置いて少女の舌が言葉を放つ。