祭にて
視界がぼやける炎天下。アスファルトからたちのぼる蜃気楼。これだから夏は嫌なんだ。
僕は手に握っている紙コップをつぶした。
待ち合わせ時間を、もう三十分も過ぎている。一体あいつは何をしているのだろう。
そもそも、誘ってきたのはあいつの方なのだ。
『今度の日曜日、稲荷神社でお祭りやるんだって。一緒に行かない?あたし、ちょうど彼と別れたばかりだし。ね、いいでしょ?どうせあんた暇だろうから。』
どうせ暇、ってなんだ。僕にだって一応誘いたい子の一人や二人はいる。……もっとも、その中の一人にあいつも入っているから厄介なのだけれど。
「はぁ……何だかなぁ。」
僕はオヤジみたいな溜息を盛大に吐いた後、つぶした紙コップを捨てに、屋台の方へと歩いていった。
祭りは嫌いだ。人ごみがうるさい。それに暑いし。夏だからただでさえ暑いっていうのに、余計暑くなる。それに、屋台も微妙。小さい頃こそ楽しかったのだが、いつからだろうか、全く興味が失せた。
何だか異世界みたいな光を放っていたその場所は、デートスポット以外の何物でもなくなってしまっていたのだ。
萎えるよなぁ。
僕はよれよれと歩きながら、目当てのゴミ箱を探した。
しかし。
「あれ……確か、ここら辺に……。」
無い。ゴミ箱が無い。
さっき来たときはあった。ジュースを販売している出店の脇に、遠慮しがちにつっかかっていた。
なのに、無い。なぜ。
……まぁ迷っていても仕方がない。こうしている間にも、あいつが来てしまうかもしれないし。
僕は出店のオヤジに聞くことにした。
「すいません、あの、ゴミ箱って片付けちゃいましたか?」
「ゴミ箱?そんなもん、はじめっから無かったぞ?」
「え、でも確かにさっきはここにあったんですけど……。」
「いや、置いた覚えはねぇなぁ。」
「……。」
確かに、あったはずなのだが。
「なんだ、にいちゃん夢でも見たんじゃねぇか。仕様がねぇなぁ。これ、使いなよ。」
そう言って、屋台の奥からオヤジはゴミ箱を取り出した。もしかしてそれかもしれない、と思ったのだが、全然違うものだった。
僕が見たのは、よく学校なんかにあるような、ネズミ色で、投げ口がくるくると回転するタイプのもの。だがオヤジが差し出したのは、青いポリバケツ。
「……ありがとうございます。」
僕は紙コップをそのポリバケツに捨てた。
「おう。……もしかしてにいちゃん、ここの神様にでも騙されたんじゃねぇか?じじばばが言うにはさ、なんでも、ここの神社には子供の姿をした祭り好きの神様が住んでいるらしい。狐の面つけてさ。そんで、時々祭りに紛れ込んで人間にイタズラするそうだ。」
「へぇ……そうなんですか。」
「ま、気を付けろよ。ほら、オマケだ。もってきな。」
紙コップ入りのジュースを二つ、差し出された。
カラン、と氷同士がぶつかる小気味よい音がする。
「え、そんな……。」
「いいっていいって。彼女にあげなよ。待ってるぞ?」
「え?」
後ろを向くと、そこにはやや頬をふくらませて立っている理名がいた。
「……すいません。ありがとうございます。」
急いで二つの紙コップを受け取り、僕は理名のもとへ走り寄る。
「遅かったな。」
「悪かったわね。……でもさ、待ち合わせ場所にいないなんてひどいよ。帰られたかと思ってすっごいあせった。」
「や、帰りはしないよ。でもさ、よく分かったな。ここにいるって。」
「あぁ、なんかね、男の子がさ、あんたがここにいるって教えてくれたの。」
「……男の子?」
「そう。小六くらいの子。丸い目の狐のお面かぶってて、顔は見えなかったんだけど。」
「……へぇ。」
子供の姿をした祭り好きの神様。
時々人間にイタズラをする。
「……ショボ。」
「は?」
「何でもない。」
僕は必死に笑いを堪えながら、歩きだした。
祭りは変わらず人ごみだらけ。
暑いしうるさいし気持ち悪い。
でも、その中に、狐のお面の少年がいるのをちらりと見た気がして、妙に嬉しくなってしまった。
小さい頃に憧れた異世界のような光のあるお祭り。
そんな光をまだ保ち続けていることに気付いた僕は、無くならなければいい、なんて漠然な思いを抱いた。
またもや季節外れですみません…(現在二月)。
これも「カブトムシ」と同じく、以前別の場所で発表したことがあるものです。
今回やや修正を加えて掲載させて頂きました。
お祭りの不思議な感じと、ちょっと違うものが混ざっている幻想的な雰囲気が出したかったのですが、如何せん、力量不足で駄目でした(苦笑)
ご指摘など頂ければ嬉しいです。
では、ここまで読んで頂きありがとうございました。