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悪役令嬢は全てを捧げる

作者: 穂波 奏
掲載日:2026/09/18


 ひと目見た時から、貴方に心を奪われていたの。



 私は、貴方の隣に立ってはいけないのに。




 ◇◇◇


 初めての出会いは、街中だったのよ。


 私はこっそり家を抜け出して、街中を歩いていたの。



 まだ幼い私は、人の怖さというものを知らなくて、

 誰もが私に、優しくしてくれると思っていたわ。


 多くの人がごった返す大通り。


 小さい私は人混みに押され、馬車の前に飛び出してしまったの。


 馬に蹴られ、車輪に押しつぶされそうになった私を、貴方は助けてくれた。


「っつ、大丈夫か!?」


 そう言いながら、不器用な手つきで服のホコリを払ってくれた貴方。


 目線を合わせるために、膝を曲げ、まっすぐこちらを気にしてくれる貴方。


 長い前髪に隠れて顔は見えなかったけれど、

 私はその瞬間に、貴方に恋をしてしまったの。


「だっ、だいじょうぶです!ありがとうございます!」


 私は慌ててしまって、たどたどしくしかお礼が言えなくて。


 その日は家に帰ってから、枕に顔を埋めて何度も叫んだわ。


 もっとちゃんと話せばよかった。


 もっとお礼を言えばよかった。


 そんな後悔ばかりしていたの。


 貴方は初恋の衝撃に呆然とする私の様子を心配して、たくさん声をかけてくれたわ。


 きっと、私が事故の衝撃でショックを受けてると思っていたのね。


 街の大きな噴水の縁に座らせながら、たくさんお喋りしてくれたわ。


 貴方の好きな花、食べ物、好きなこと。


 たくさん、たくさん教えてくれたのよ。


 私は恥ずかしがって、うまく話せなかったのに、

 あなたは急かすことなく、私がゆっくり話せるまで、何も言わずに待ってくれた。


 とっても嬉しかったわ。


 そして、人生で一番、幸せな時間だった。


 噴水の水飛沫が、宝石のようにキラキラしていたわ。


 しばらくして。


 ぐぅぅ、と私のお腹が盛大に鳴ったの。


 あの時は、恥ずかしすぎて顔から火が出そうだったのよ。


 こんなに恥ずかしい思い、したことなかったもの。


 真っ赤になる私を見て、貴方は笑って「何か食べもの買ってくるか」と、声をかけてくれたわ。


 私は恥ずかしくて、無言で俯くことしか出来なかった。


 そんな私を横目に、貴方は少し離れた屋台まで、食べ物を買いに行ってくれたわ。


 私は貴方から片時も目を離したくなくて、こっそり目で追っていたの。


 でも私の視界から貴方が見えなくなった瞬間、メイドたちに見つかってしまったわ。


「お嬢様!探しましたよ!」


「全く、どうやって外へ出られたのですか!」


 顔を真っ青にしたメイドや護衛の騎士たちに捕まって、即、屋敷へ連れ戻されたわ。


 あの時、貴方にお礼を言いたくて、どうしても残りたかったけど、有無を言わさずに連れていかれてしまったの。


 とても、後悔したわ。



 ◇◇◇



 屋敷に戻ってしばらくは、ほぼ軟禁状態だったわ。


 貴方に会いに街へ行きたかったけど、抜け出すために使っていた塀の穴は塞がれて、マナーや座学の授業をたくさん受けていたの。


 勉強は嫌いだったわ。


 だって、褒められたことがなかったんだもの。


「お母様はもっと優雅になさっています!」


「お父様が貴女くらいの時はもっと勉強が進んでいましたよ!」


 何をしても、どんな成果を見せても、私はお父様やお母様と比べられるだけ。


 私は、頑張る意味が見いだせなかった。


 でも、あの日以来、貴方に会えたら、貴方に見せることができたらと思って、頑張れるようになったのよ。


 先生たちに怒られるのは変わらないけど、私なりに真面目に受けて、頑張ることにしたわ。


 本当は靴を脱いで野原を散歩したり、

 木の上で読書をしたかったけど。


 淑女はそんなことしないものね。


 私の好きなことは、全部封印して、淑女になるために頑張ったわ。


 貴方に会いたくて、貴方に会ったら見せたくて、

 私は、頑張ることができたの。



 ◇◇◇



 数年後のとある日、お父様に急に呼び出されたわ。


 お父様もお母様も、私のことには興味が無いみたいで、普段は関わりもしないのに。


 呼ばれるがままにお父様の応接室に行くと、

 お父様からこう告げられたの。


「お前に婚約者ができた」と。


 目の前が真っ暗になったわ。


 私は、貴方に会うために頑張ったのに。


 我が公爵家には私しかいないから、私が王家へ嫁ぎ、生まれた子供たちを跡取りにするのですって。


 だから絶対に2人以上は産まなくてはならないのですって。


 私は、ただの血を繋ぐ道具でしか無かった。


 父の、権力の駒でしかなかったの。



 ◇◇◇


 はじめての顔合わせの日。


 私は青白い顔をして、その場に臨んでいたわ。


 父や母は、私には目もくれず、私の婚約者について盛り上がるだけ。


 誰も、私の様子を気にかける人はいなかったわ。


 私の婚約者はこの国の第二王子らしいの。


 第二王子の方が、正当な血筋を持つ王位継承権第一位である、この国の真の後継者。


 この国の第一王子は、私と歳が離れすぎている上に、

 妾の子だったために継承権を持たず、私の婚約相手としては対象外だったらしいの。


 しばらく待っていると、王家の方々がいらっしゃったわ。


 私はドレスの裾をつまみ、ゆっくりとカーテシーでご挨拶をしたの。


 我ながら美しい動作で出来て、とても満足だったわ。


「面を上げよ」


 顔を上げると、国王と王妃の間に、私と同い年くらいの男の子が立っていて、

 その少し後ろには、私より年上の男の子が立っていたわ。


「ほら、お前の婚約者だ。挨拶をしなさい。」


 国王が男の子へ告げると、彼は挨拶をしてくれた。


「アルフレッド・レイ・ロードリアだ。お前が俺の婚約者か。随分と小さいな。」


 ジロジロとこちらを見てきて、嫌な気分だったわ。


「早くお前も挨拶を返しなさい。」


 父に急かされ、仕方なく私も挨拶をしたの。


「セシリア・アイゼンガルドです。」


 再度美しく礼をして、ご挨拶したのだけれど、彼はフンッとこちらを睨みつけるだけで、後はずっと、父と国王が話していたわ。


「あの、そちらの方は?」


 私は手持ち無沙汰になって、奥に立っている男の子について聞いてみたの。


「ああ、こいつも挨拶をしていなかったな。お前の義兄になる存在だ。挨拶をしなさい。」


「はい」


 その声を聞いた瞬間、あのキラキラとした噴水が、瞼に浮かんだわ。


「ルシアン・エドガー・ロードリアだ。よろしく、義妹さん。」


 間違いなく、貴方だったわ。


「大事な新しい家族だ。なにか困ったことがあれば、いつでも頼りなさい」


 国王からの言葉に、私は震える声で何とか返事をしたわ。


「はい、ありがたく。」


 前髪を上げていて、顔があらわになっていたけれど、間違いなく貴方だった。


 私は、初恋の終わりを悟ったわ。


 ◇◇◇


 それからの私は、昼間は王宮に通いつめて王妃教育を受け、家では教師たちから詰められる日々を送っていたわ。


「将来は国母となるのですから、このくらいで音を上げてはいけませんよ。」


「もっと優雅に!美しく!」


「まだ覚えていないのですか?国のため、しっかり覚えないと!」


 毎日毎日、礼儀作法とダンスと勉強の繰り返し。


 自由になる時間など、少しもなかったの。


 でも、仕方ないのよね。


 私は国母となるように決められた。


 私には、もう逃げ道なんてなかった。


 ならば、せめて与えられた役目くらいは果たしたいから、家のため、王家のため、頑張らなくてはいけなかったわ。


 そして毎週、決まった時間にアルフレッド様とお茶を飲む。


 婚約者としての交流ね。


 アルフレッド様は、いつも私に興味が無さそうにしていたわ。


 顔合わせる度に聞かされるのは、アルフレッド様の自慢話か、私を貶し否定する言葉だけ。


「お前はいつも辛気臭い顔しているな。少しは愛嬌を持たないか。」


「教師共から報告があるぞ、お前の物覚えが悪いとな。もっとしっかりしてくれないと困るんだよ。」


「国母になるのだからな。もっとまともに勉強しろ!」


「申し訳ありません。もっと勉強いたします。」


 アルフレッド様からの言葉は、いつもガラスの棘のように私に突き刺さる。


 でも、弱音を吐いてなんて居られなかったわ。


 私は、国母になるのだから。


 もっと、精進しないといけなかったの。



 ある日私は王宮の一室で、与えられた課題に取り組んでいたわ。


 でもどうしても分からない問題があって、王宮の図書館へ行くことにしたの。


 図書館へ向かう廊下を歩いていると、アルフレッド様がいて、両脇には、可愛らしい女性が2人、アルフレッド様に寄りかかるように侍っていたわ。


「セシリアか。」


「ご機嫌よう、アルフレッド様。」


 カーテシーで軽く挨拶をする。


「相変わらず無表情だなお前は。彼女たちを見習え!」


「申し訳ございません。」


 私に見せつけるようにアルフレッド様へくっついて、くすくす笑う女性たち。


 私は、何も言えなかったわ。


 本当は、沢山言いたいことがあったの。


 でも私は、まだ王妃として何も知らない。


 当時の私は、何もできないのに、婚約者であるアルフレッド様を責める資格なんてないって思っていたのよ。


 アルフレッド様とは、好意こそなかったけれど、共に国を背負うため、少なくとも努力しあっていると信じていたの。


 実際は、そんなこと無かったみたいだけど。


 当時の私は、まだ世間を知らなくて、

 狭い世界で、生きていたから。


 アルフレッド様は私を睥睨して、

 また何事も無かったかのように去っていったわ。


 私はそんな彼らの背中を見て、少し泣きそうになっていたの。


 そこに、貴方が通りかかったのよ。


 廊下で1人、手を握りしめながら俯く私に、貴方は声をかけてくれたわ。


「どうしたんだいセシリア、そんなところで」


「ルシアン様」


 私は顔を上げて、貴方の顔を見たの。


 それだけで、さっきの嫌なことが消し飛んじゃうくらい、嬉しかったわ。


「なんでもないですわ」


 にっこり笑って答える私を、

 貴方は健気な女の子と思ってくれたのね。


 苦笑しながら、私のことを気にかけてくれた。


「そうかい、それならいいんだ。今日はどこへ行くところだったんだい?」


「課題で分からないところがあったので、ちょっと図書館へ」


「そうか、私もそちら側の資料室に用があってね、図書館まで一緒に行こうか」


 そんなことを言ってくれて、私は天にも登るくらい嬉しかった。


 貴方は私の事なんて、なんとも思ってない。


 私の一方的な想いだけれど、僅かな時間だけでも、貴方と並んで歩くことができて、本当に嬉しかったのよ。


 そして課題のことや日頃の過ごし方なんかを軽く話しながら歩いて、図書館で別れたわ。


 さっきまでの嫌な気持ちは吹き飛んで、幸せいっぱいになれたの。


 その気持ちを胸に、図書館では課題の資料を探して歩き回ったわ。


 でも全然見つからなくて、とても情けない気持ちで部屋へ戻ることにしたの。


 部屋に着くと、机の上に何かが置いてあったわ。


 よく見ると、課題の役に立つ資料がまとめられた冊子だったの。


 誰が置いてくれたのかなんて、考えるまでもなかったわ。


 貴方に違いないと。


 こんなことされてしまったら、ますます焦がれてしまうのに。


 私は部屋の中で、資料を抱きしめて、思わず泣いてしまったわ。


 この恋は、口に出してしまえば全てが終わる。


 だから私は、誰にもこの思いを明かさず、貴方のいるこの国を守る決心をしたのよ。




 ◇◇◇


 王妃教育を受けて数年後、私は15歳となったの。


 この国では、貴族は15歳から王立学園への入学が義務付けられている。


 私も例に漏れず、学園に入学したわ。


 最初の1年は、平和だったのよ。


 相変わらず王妃教育を受けながら、学園に通う日々。


 でも昔ほど教師からは指摘を受けなくなってきていて、負担はそれほどなかったわ。


 毎日学園に登校して、王宮に通い、王妃様やアルフレッド様とお茶をする。


 相変わらずアルフレッド様は私が嫌いみたいで、

 顔を合わせる度に鬱陶しがられていたけれど。


 アルフレッド様は、ずっと変わらなかったわ。


 昔は彼も努力していると思っていたけれど、そんなことはなかったみたい。


 彼の仕事は、最初は一部だったのに、最近ではほとんど私に回ってきたわ。


 本当なら、彼のそばにいるはずの大臣が、いつの間にか私の部屋にいるの。


 気がつけば、王宮に与えられた私の部屋には、本来居ないはずの事務官や大臣が集まっていたわ。


「セシリア様、これはいかがしましょう」


「干ばつ被害に対する施策ね。今年は干ばつより洪水に注意した方がいいわ」


「セシリア様、見舞金についてなのですが」


「隣国との小競り合いで負傷した兵たちの見舞金ね。

 彼らは国を守ったのだから、もう少し増額してあげて。」


 気がつけば王宮では授業が無くなり、仕事ばかりになったわ。


 日によっては学園にすら通えなくなってしまったの。


 でも、私は知っているから。


 仕事をしているうちに、多くの書類を通して人々を見たわ。


 災害に苦しむ民草。


 国を守る兵士たち。


 必死に働き税を納める国民たち。


 私は、私たちは、民の血で生かされていることを。


 だから私は彼らに報いたい。


 いつしか私の動機は、貴方だけでは無くなっていたの。


 私は、貴族として、将来の国母として、国に人生を捧げる覚悟を決めたのよ。


 いつしか茶会も無くなり、アルフレッド様と顔を合わせる機会も減ってきたわ。


 仕事に忙殺される私を、貴方はこっそり手助けしてくれた。


 気づいていないと思った?


 仕事を残して仕方なく帰った次の日には、いくつか仕事が減っていたわ。


 そんなことしてくれるのは、そんな裁量があるのは、貴方だけ。


 その度に嬉しくて、もっと頑張りたいと思ったのよ。


 気がつけば私は16歳となり、学園にも少しずつ通えるようになってきたの。


 学園では良き友に恵まれたわ。


 どの令嬢も私を将来の国母と慕い、敬ってくれていた。


 でもアルフレッド様は……。


 常に女性を侍らし、我が物顔で学園を闊歩しているようだったわ。


 成績も悪く、教師からは私から伝えるようにと匙を投げられたの。


 私は、何度も何度もアルフレッド様に伝えたのよ。


 将来の国王として、民のための努力について。


 でも、彼は私を毛嫌いするばかりで、話なんて全く聞いてくれなかった。


 それどころか私を、邪魔者扱いするようになってしまったの。


 もともと良い関係ではなかったけれど、取り繕えない程に壊れてしまっていたわ。


 そしてある夏の日、事件が起きたの。


 彼女が、転校してきたのよ。


 彼女は男爵家の令嬢だったの。


 どうやら妾の子だったみたいで、最近引き取られたので、転校という形で通うことになったみたい。


 彼女は、良くも悪くも天真爛漫。


 平等を謳い、平和を願い、慈しみの心を持った、かわいい女の子だったわ。


 アルフレッド様は、彼のそばには今まで居なかった種類の彼女に、すぐに夢中になったわ。


 彼女の隣には、常にアルフレッド様がいたの。


「アメリア・リリスっていいます!よろしくお願いします!」


 私にも明るく挨拶してくれたわ。


 マナーも何も無い、とても元気な挨拶。


 周囲の令嬢たちは顔色を変えて彼女を詰めようとしたけれど、私はそれを制して挨拶を返したわ。


「セシリア・アイゼンガルドですわ。」


 よろしくとは、言えなかったわ。


 だって彼女たちは何もしない。


 何もせずに、権力を甘受しているだけ。


 アルフレッド様は、完全に仕事をしなくなり、全て私の元へ回ってくるようになったわ。


 せっかく通えるようになった学園も、またいつ行けるのか分からない状態。


 悲しかったわ。


 学園に通うことなく王宮の一室に閉じこもる私を見て、貴方はついに声をかけてくれたわね。


「セシリア」


「あら、ルシアン様、いかがなされました?」


「大丈夫か?」


 貴方は、私に直接声をかけることすら良くないことだとわかっていたのに。


 貴方の立場が危うくなってしまうかもしれないのに。


 そんな風に、優しく声をかけられてしまったら。


 貴方に縋ってしまいたくなる。


 貴方に甘えてしまいたくなる。


「……大丈夫ですよ。」


 今の私にできることは、笑うことだけだった。


 貴方の前なら、自然と笑顔になれたから。


「……そうか。」


 貴方は何も聞かず、無言で仕事を手伝ってくれたわ。


 王妃様は、私と貴方が一緒にいることが気に食わないみたいだったけど。


 貴方がアルフレッド様の仕事の一部を引き受けてくれたから、仕方なしに許したようね。


 それからは、私の執務室で、お互い無言で仕事をこなすようになったわ。


 もちろん他の人々もいるため、完全に二人っきりになることはないけれど。


 それでも、とても幸せだったのよ。



 ◇◇◇


 17歳。


 デビュタントの歳を迎えたわ。


 久しぶりに顔を合わせたアルフレッド様から告げられたのは、拒絶の言葉だった。


「セシリア。」


「はい。 」


「俺はデビュタントではアメリアをエスコートする。」


「そんな……私はあなたの婚約者ですよ!」


「黙れ!アメリアは、私の公妾とする。お前はお飾りの王妃として、これからも国に務めろ。」


 一生、飼い殺しが決まった瞬間だったわ。


「お前には肩書きだけ与えてやる。俺の隣には立つ必要はない。」


「……承知いたしました。」


 私に、拒否権はなかったわ。


 私は今まで、何のために頑張ってきたのか分からなくなってしまったの。


 貴方への恋を諦め。


 国へ人生を捧げる覚悟を決めたのに。


 将来の国母という夢は、もう叶わない。


「本当に、つまらない女だな。」


 俯く私を見て、彼はそう告げて、アメリア様の元へ行ってしまったわ。


 私は彼に恋をすることはなかった。


 でも、国母としての立場だけは、守ってくれていると思っていたのに。


 私には、何もなくなってしまったの。


 この瞬間から、私は、期待することを諦めた。


 報われないこと、叶わないことに、何も、感じられなくなってしまったの。



 ◇◇◇


 デビュタントの日。


 私はひとりで、会場のドアの前に立っていたわ。


 エスコートをしてくれる人は誰もいない。


 父も母も、相変わらず私のことには無関心。


 王も王妃も、私が仕事さえしてればそれでいい。


 ドアの前で、手が震えそうになる。


 どこまでも、孤独だったわ。


 でも私の立場は、逃げることは許されない。


 顔を上げ、背筋を伸ばし、前を向いたの。


 心の中には、貴方の微笑みを携えて。


 広間のドアを開き、ひとりで国王陛下の前まで進み、挨拶をしたわ。


「よく来たな、セシリア。息災であったか。」


「はい、陛下。」


「そなたの評判は我の耳にもよく届いておる。そのままアルフレッドを支えておくれ。」


「はい、かしこまりました。」


 王妃様は何も言わず、無言で私を見つめる。


 アルフレッド様を射止めることができなかった私を、王妃様は冷たい目で見ていたわ。


 私は無言でお2人に背を向け、会場の隅に佇むことにしたの。


 周囲は私を見てヒソヒソしていたわ。


 学園に通わないうちに、アルフレッド様とアメリア様は学園で純愛として受け入れられ、私はお二人を引き裂く悪女として見られるようになってしまっていたわ。


 どうしても居心地が悪くて、ひとりテラスに出ることにしたわ。


「私は……何のために……」


 呟いても、答えは返ってこない。


 すると背後から急に物音がして、慌てて振り向いたの。


 そこには、息を切らした貴方が立っていたわ。


「セシリア……」


「聞いたよ、ひとりで会場まで来たんだって!?あいつは、アルフレッドは何をしている!」


 珍しく貴方が声を荒らげていて、私は不覚にも笑いそうになってしまったわ。


 私のために、怒ってくれているあなたを見て、あまりにも愛しさが溢れてしまったの。


「ルシアン様」


 こちらを見て顔を上げる貴方。


 その目には、恋情など欠片も浮かんでいない。


「私は、いいのです。」


「この国に、全てを捧げると決めましたから。」


「君はもう、十分にこの国に尽くしているだろう!」


「いいえ、私はまだ、何もできていませんわ」


「そんなことは!」


「いいのです。」


 私は貴方の目を真っ直ぐ見つめる。


 これで、貴方と会えるのは、最後かもしれないから。


「ルシアン様、テラスに男女が二人っきりというのはあまり外聞がよろしくないですわ」


「外聞など!アルフレッドはどうした!」


「アルフレッド様は、アメリア様と一緒にいらっしゃいます。どうか私のことを思うのなら、私を1人にしてくださいませんか?」


 私は、今できる精一杯の笑顔で貴方を見つめたわ。


 そうでもしないと、涙が溢れてきそうだったから。


「セシリア……」


「すまない、すまなかった。」


 貴方は伸ばした手を下ろし、何度も謝りながら、私を1人にしてくれた。


「ありがとう……ございました……。」


 涙がこぼれそうになりながら、貴方が立っていた場所を見つめたわ。



 ◇◇◇



 それから数年。


 アルフレッド様は王位を継承し、


 私は王妃として、王宮で過ごしていたわ。


 式は簡素で最低限のみ。


 誓いのキスすら、無かったの。


 アルフレッド様は私に一切手を触れることなく、会うこともしなかった。


 常にアメリア様と一緒にいたのね。


 もちろんルシアン様とお会いすることもなくなったわ。


 私は王宮にこもり、ただ仕事をこなす日々。


 たまの外出は、公務として国民と触れ合う時だけ。


 外交としてのパーティーも、国内のデビュタントなどのパーティーも、全てアルフレッド様はアメリア様を連れ立っていたわ。


 でも、それで良かったの。


 私の初恋は報われなかった。


 だけど、誰かに捧げることもしなかった。


 私の人生は、この国のものだから。


 この国の人々の為になるなら、それで良かったの。


 でも私がいくら頑張っても、ひとりでは限界があった。


 王と公妾は、散財を続け、あれだけあった国庫は残り僅かになってしまった。


 私はどうにか国を立て直そうと、奔走したわ。


 でも、どうにもならなかった。


 そんな時に、前王が亡くなったの。


 後を追うように、前王妃もすぐ亡くなってしまったわ。


 国をあげての葬式を取り仕切り、一息ついた時。


 諫めるものが居なくなったアルフレッド様は、以前よりももっと遊び回るようになってしまったわ。


 そこからは早かった。


 坂を転がり落ちるように、全てが変わってしまった。


 王都は治安が悪化し、国としても維持ができなくなった。


 それでも王は変わらない。


 玉座に座り、私になんとかせよと命令するだけ。


 私はこの国の終わりを決めることにしたわ。


 久しぶりに、ルシアン様とお会いすることにしたの。


 最後に顔を合わせたあの日。


 ひとりでテラスにいた私の元へ、貴方は駆けつけてくれた。


 あの時の顔を、今でも覚えているわ。


 怒り、心配し、気にかけてくれた。


 あれから、何年経ったかしら。


 私は王妃となり、貴方は公爵として、国を、王家を支えてくれた。


 それでも、顔を合わせ、言葉を交わすことはなかった。


 貴方の顔を見れば、きっと私は耐えられなくなってしまうから。


 この想いを、思い出してしまうから。


 私は国を支えるため、揺らぐわけにはいかなかったの。


 でも今は、そんなことを言ってはいられない。


 この国は、終わろうとしている。


 そんなことはさせないわ。


 私が生まれた国だから。


 私が人生を捧げると決めた国だから。


 愛する民草が暮らし、愛する人が生きる国だから。


 重圧を背負わせてしまうことに申し訳なく思ったけれど、貴方なら、この国を託せると思ったの。


 私は侍女を呼び寄せ、王には知られぬようにルシアン様へ内密に手紙を渡すように指示する。


 彼女たちはよくやってくれたわ。


 手紙には、数日後の日付と、王宮のとある一室へ来るようにと書いておいたの。


 私は王宮を離れられないから。


 来るかどうかは正直賭けだったわ。


 もうこの国は、誰が見ても終わりに近づいていたもの。


 その中枢へ、自ら飛び込むなんて人はいないもの。


 なのに、貴方は来てくれた。


 あの日のように。


「失礼する。」


「お久しぶりですね、ルシアン様。」


「ああ、久しぶりだな、セシリア。」


 どうぞおかけになって、と目の前のソファーへと案内する。


 ここは私が内密な打ち合わせをする際に使用している隠し部屋。


 王に見咎められることなく使える部屋だったの。


 久しぶりにお会いした貴方は、記憶にあるよりも大人びた顔をしていたわ。


 でもその瞳は変わらず、優しく私を見ていたの。


「今日は、来てくれてありがとうございます。」


 私は王妃として、いつものように微笑む。


 けれど、貴方は笑わなかった。


 少し咎めるような口調で、口を開き始めたの。


「何年ぶりだと思っているんだ」


「……そうですね」


「息災だったか?」


「はい、王宮ではよくしてもらっています」


 王族以外のものは、みな私に優しかった。


 肝心の夫は、私の事なんて気にもしなかったけれど。


「今日は、どうしたんだ?」


 貴方は突然の連絡に、困惑しているようだったわね。


 私も貴方に連絡するのは、とても勇気がいったのよ。

 

 私は少しだけ視線を落とした。


 無意識に、手が少し震えてしまう。


「お願いが……あるのです」


「ああ、どうした?」


 私が何を言おうと、全てを受け入れてくれるような反応。


 その言葉に、胸が締めつけられたの。


 貴方は、昔からいつだってそうだった。


 私が幼い頃、馬車から助けてくれた時も。


 王宮の廊下で声をかけてくれた時も。


 デビュタントの夜、私を心配して駆けつけてくれた時も。


 貴方はいつも、私を助けようとしてくれた。


 私は今から、貴方にとんでもない重荷を背負わせようとしている。


 その罪悪感と、貴方を頼らざるを得ないこの状況が、情けなくて。


 情けなくて、声が震えてしまったわ。


「この国を……、終わらせたいのです」


「……何?」


 貴方の顔が見られない。


 本当は、こんなこと言いたくなかった。


「もう……、この国は王の力だけでは立て直せません」


 私は震える手で机の上に、一枚の書類を置く。


「国庫は……ほとんど空です。

 兵士への給与も、徐々に滞り始めています。

 ……地方では領主たちが独自に兵を集めているところもある。

 もう……民の不満も限界に近いでしょう。」


「……そうか」


「このままでは、内乱になります」


 貴方は書類を手に取り、しばらく黙って目を通していた。


 こんな時なのに、やっぱり真剣な顔がかっこいいなんて思ってしまったわ。


 私も重症だったのね。


 やがて、静かに顔を上げた貴方は、見たこともないほどに真剣な眼差しをしていた。


「アルフレッドを退位させるつもりか?」


「いいえ」


 私は首を横に振った。


「この王家で、次代の王を立てたとて、民は納得しないでしょう。」


「では、どうする?」


 私は、ずっと考えていたことを口にした。


「王朝を、変えます。」


「この王家は、アルフレッド様の代で終わらせます。

 彼を王の座から降ろし、別の者を王として立てるのです。

 そして、今の王宮と王家の財産を整理する。

 国として残せるものを、できるだけ残したいのです」


「それは……」


 ごめんなさい、貴方にこんなことを伝えて。


 ごめんなさい、貴方にこんな重荷を背負わせて。


「私には、王になる資格がありません。」


「血統も、正当性も、何もかもが足りない。」


 ごめんなさい、今から伝える言葉は、貴方の人生を、私の都合で決めてしまう。


 ごめんなさい……。


「ルシアン様」


「私は、貴方に、王になって欲しいのです。」


 ヒュッと、小さく息を飲む貴方。


「そんなこと、冗談でも言ってはいけないよ」


「冗談で、言うと思いますか?」


「それは……」


「本来私が持つべき重荷を、ルシアン様に押し付ける形になってしまい、申し訳ありません」


「どうか、どうかこの国のために、決心をしてくれませんか」


 私は言い終わると同時に頭を深く下げる。


 こんな情けない顔は見られたくないの。


 しばらく、なんの言葉もかえってこなくて、


 やがて、聞いた事のないほど低い、貴方の声が落ちてきたの。


「……顔を上げてくれ、セシリア」


「……はい」


 ゆっくりと顔を上げる。


 目の前の貴方は、今まで見たことがないほど険しい表情をしていたわ。


「本気なのか?」


「はい」


「王家を廃するということが、どういう意味か分かっているのか?」


「分かっています」


 私は小さく頷く。


「今の王家を残したままでは、この国は立て直せません」


「アルフレッド様だけを退位させ、別の王族を立てる方法もあります。ですが、それでは民の不満を抑えられないでしょう」


「王家そのものが、この国をここまで追い詰めたのだと、民は考えるはずです」


 もちろん、全てが王家だけの責任ではない。


 飢饉も、災害も、外交上の問題もあった。


 けれど、それらに向き合うべき立場にいた者たちが、国よりも自分たちの暮らしを優先した。


 その結果が、今なのだ。


「だから、王朝を変えるのです」


 私は震える指を、膝の上で強く握った。


 指に力を入れすぎたのか、手のひらに血が滲む。


 情けない。


 結局私一人の力では、事態を収めることもできない。


 貴方に、頼ることしか出来ない。


「今の王家を終わらせ、新しい王家を作る」


 ごめんなさい。


「そのためには、民が受け入れられる新しい王が必要です」


 ごめんなさい。


「……そして私は、貴方ならそれを背負えると思っています」


 ここまで言い切った時、私は心と身体がバラバラになりそうに感じたわ。


 頭ではわかっていたの。


 貴方に他ないと。


 これは私の罪。


 こんな重荷を背負わせてしまうことが、罪でないというのなら、なんというの。


「……私が?」


「はい」


 貴方は、困惑したように私を見つめていたわね。


「私は、父こそ王であったが、正式な王族ではない。王位継承権もない。そんな私が王になれば、反発する貴族も出る」


「承知しています」


「それでも、私に王になれと言うのか?」


「はい」


 迷いなく答えた。


「私が知る限り、貴方ほどこの国を大切にしている人はいません」


「……セシリア」


「貴方は、民のために働いてきた。領地を守り、王家を支え、国のために何度も力を尽くしてきた」


「私は、それをずっと見てきました」


 貴方は昔から変わらなかった。


 誰かが困っていれば手を差し伸べる。


 自分が傷つくことになっても、誰かを守ろうとする。


 そんな貴方だから、私は今ここにいる。


 あの日貴方に救われた女の子は、今、貴方の目の前にいたの。


「だから、お願いです」


 私は再び頭を下げた。


「この国を、貴方に託したいのです」


「私の人生を、この国に捧げると決めたように」


「今度は、この国そのものを貴方に託したい」


「……」


「私のお願いを、聞いてくれませんか」


 この時間は、人生で1番怖い時間だったわ。


 場を沈黙が支配して、短い時間なのに、一生にも思えるほどの長い時間が過ぎたように感じたのよ。


 しばらくして、貴方が本当に小さく息を吐いた時、私は息が止まりそうだったわ。


「君は、本当に……」


 絞り出すように出たのは、私の予想外の言葉だったの。


「昔から、自分のことを後回しにするんだな」


 私は顔を上げ、貴方の顔を驚愕の表情で見つめてしまったわ。


 政治の世界で鍛えられた私にとって、感情を顔に出すのはご法度だったのに。


 だって。


 今この場で出てくる言葉が、他でもない私への言葉なんて。


 どう考えても、おかしいでしょう。


「……そうでしょうか」


「ああ」


 貴方の声は、震えていたわ。


「君は自分が幸せになることを、考えたことがあるのか?」


「……」


 その問いには、答えられなかったの。


 もちろん、考えたことはあったわ。


 幼い頃は、貴方と一緒にいられたらと思った。


 けれど、私がアルフレッド様の婚約者となった時点で、叶うはずのない願いだから。


 だから私は、国のために生きることを選んだの。


「私は……」


 言葉が喉につかえる。


「十分、幸せでした」


 精一杯の笑顔で。


「貴方に出会えたから」


 それだけは、伝えておきたかったの。


 たとえ貴方にとっては、何でもない思い出だったとしても。


 あの時の女の子を、覚えていないとしても。


「だから、もういいのです」


 私は、貴方に出会えて、貴方と共に過ごせて、幸せだった。


「私には、この国を守ることしか残っていません」


「違う」


 即座に返された言葉に、私は咄嗟に、貴方の目を見つめたわ。


 貴方は真っ直ぐ私を見ていた。


「君には、君自身の人生がある」


「……」


「国のために生きることだけが、君の人生じゃない」


 そんな言葉を、私は初めて聞いたの。


 私は、父の道具として、アルフレッド様の婚約者として、王妃として、ずっとずっと、誰かから与えられた役割を、必死にこなしていたわ。


 私自身が何を望むのかなんて、誰も聞かなかったのよ。


 私自身でさえ、いつしか考えなくなっていたのに。


「だからこそ、俺は簡単には頷けない」


「……そう、ですか」


 胸の奥が、ずきりと痛んだ。


 当然だと思う。


 私のお願いは、貴方の人生を大きく変えてしまうものだから。


 それでも、私には貴方しかいないから。


 私がもう一度、頭を下げようとしたその時。


「ただし」


 貴方の声が、私を止めた。


「君が本当にこの国を終わらせたいのなら」


「俺も、最後まで付き合おう」


 私は、顔を上げた。


「……ルシアン様」


「今の王家を終わらせる」


「そして、この国を残す」


「それが君の望みなんだろう?」


「……はい」


「なら、俺が王になる」


 その言葉を聞いた瞬間。


 張り詰めていたものが、ぷつりと切れた。


「……ありがとうございます」


 涙が頬を伝う。


 何年も、何十年も我慢してきたのに。


「ありがとうございます……」


 何度も繰り返す私を見て、貴方は困ったように笑ったわね。


「礼を言うのはまだ早い」


「これからが一番大変なんだからな」


「……はい」


 涙を拭いながら、私は頷く。


 今の王家を終わらせる。


 それは、私が愛した国を壊すことではない。


 このまま滅びてしまう国を、もう一度生かすための決断だったの。


 そして私は、そのために最後の役目を果たす。


 私が生まれた王家を終わらせるために。


 私が愛したこの国を、未来へ残すために。


 その後は、アルフレッド様を降ろす計画を立てたわ。


 動くなら、早い方がいいもの。


 そして数ヶ月後。


 ついに運命の日がやってきたの。


 ◇◇◇


 その日は、嘘みたいな晴天だったわね。


 私は後ろに兵を従え、アルフレッド様の部屋へと向かったの。


 この数ヶ月間は、根回しが大変だったわ。


 幸い実務はほとんど私が行っていたから、ちょっと話を通すだけでもほとんどの貴族や兵士はこちら側についたわ。


 王宮の廊下の兵士たちは、私を見ると黙って道を開けてくれる。


 お陰でアルフレッド様の部屋へは、なんの障害もなく着くことができたわ。


 この部屋の中に、アルフレッド様がいる。


 ここを開ければ、私は王妃ではなくなる。


 もしかしたら、国を乱した大罪人として、処刑されるかもしれない。


 でも、それでいいと思っていたわ。


 私は、何も出来なかったから。


 扉の前で、一度だけ目を閉じる。


 まぶたの裏に浮かんだのは、あの日の噴水。


 幼い私を助けてくれた貴方。


 私の目線に合わせて、膝を曲げてくれた貴方。


 あの日から、私の人生は始まったのよ。


「……行きましょう」


 私は扉を開けた。


 部屋の奥では、アルフレッド様がソファーに座っていた。


 その隣には、当然のようにアメリア様もいる。


 突然の兵士の訪問に、二人とも驚いた顔をしていたわ。


「セシリア?」


 アルフレッド様が立ち上がった。


「これは何のつもりだ。そんな兵士まで連れて。」


「陛下」


 私は静かに頭を下げたわ。


「最後のお願いを申し上げに参りました」


「最後?」


 アルフレッド様が眉をひそめる。


 久しぶりに見たアルフレッド様は、随分と老けて見えたわ。


「何を言っている」


「陛下には、王位を退いていただきます」


「……何?」


 室内の空気が変わった。


「ふざけるな!」


 アルフレッド様が私を怒鳴りつける。


「誰の許可を得てそんなことを言っている!」


 でも、あの時の貴方の無言の時間に比べたら、ちっとも怖くなかったわ。


「民の不満は、もう限界に達しています。」


「何だと?」


「陛下、あなたは、この国の現状をご存知ですか」


 私は逃げなかったわ。


 アルフレッド様の目を、真っ直ぐに見つめたの。


「国庫は底をつき、兵士への給与も滞っています。地方では領主たちが独自に兵を集め、王都の治安も悪化しているのです」


「それはお前の仕事だろう!」


「はい」


「だから、最後まで私が処理します」


「陛下、ご決断を」


「黙れ!」


 アルフレッド様が剣へ手を伸ばしたわ。


 最後の最後まで、往生際の悪い人。


 私のそばにいた兵士たちは、一斉に槍を構え、アルフレッド様へとその矛先を向けた。


 それを見て、アメリア様が悲鳴を上げていたわ。


「アルフレッド様!」


「セシリア! 俺に逆らうのか!」


「はい」


 私は初めて、はっきりと答えたわ。


「王妃として、私はあなたに逆らいます」


「あなたでは、この国を守れない」


 アルフレッド様は言葉を失っていたわ。


 私は彼を見つめた。


 不思議なくらい、何も感じなかった。


 怒りも、悲しみも、憐憫も。


 なんの情も、湧かなかったのよ。


「陛下」


 私は王妃として彼に最後の礼をしたの。


 彼への、最上位の敬意を表して。


「どうか、王位をお返しください」


 でもかえってきた言葉は、信じていたものではなかった。


「ふざけるな!」


 アルフレッド様は、どこまでも金と力に執着していたのね。


 もう、手遅れのようだったわ。


「そうですか」


 私は兵士へ目を向けた。


 本当は、こんなことはしたくなかったけれど。


「陛下を王宮からお連れしなさい」


「待て! 俺は王だぞ!」


 アルフレッド様の叫び声が、虚しく部屋に響いていたわ。


 それでも兵士たちは動いた。


 アメリア様は泣きながら彼に縋りついていた。


 私は二人を見つめ、そして、静かに背を向けたわ。


 王宮の外では、すでに多くの人々が集まっていた。


 新しい旗が掲げられている。


 その中心に、ルシアン様が立っていた。


 貴方は私を見ると、静かに頷いた。


 私は歩み寄る。


「終わりました」


「ああ」


「これで……この王家は終わりです」


「そうだな」


 貴方は王冠を見つめていた。


 これが、私が貴方に背負わしてしまったもの。


 私が、手放したもの。


 それは、あまりにも大きかったの。


「ルシアン様」


「なんだ?」


「どうか、この国をお願いします」


「分かっている」


 貴方は私を見た。


「だが、君もだ」


「……え?」


「私ひとりに背負わせるなど、許さないぞ」


貴方はそう言って、茶目っ気たっぷりに笑う。


「私の隣に立て。」


「それは……」


「嫌か?」


「私はアルフレッド様の妃です。」


「だが白い結婚だろう。みな知っている。」


「でも、私はロードリア王朝の、最後の妃です。」


「なら名前を変えればいいだろう」


「でも……」


あれこれ考えながら、言い訳を並べる私に、貴方は私の手をそっと取り、手の甲にキスしたの。


信じられないほど、一瞬で顔が赤くなったのがわかったわ。


「嫌か?」


「そんなっ……!」


そんなわけがないじゃない。


「ならいい」


貴方はそう言って、私の手を握ったまま、民の前へと強引に私を連れ出した。


あの日、噴水の前で助けてもらった小さな女の子は、ずっと貴方を追いかけていた。


でも、本当は違ったのかもしれない。


私が追いかけていたのは、貴方だけではなかった。


誰かのためではなく、自分自身の人生を生きる未来を。


そして今、その未来を、貴方と一緒に歩いていく。


「ルシアン様」


「なんだ?」


「……ずっと好きでした」


今度は、誰にも隠さずに言えたわ。


私はこうして、幸せになれたのよ。

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