Z世代と名乗るならば闇バイトの前に機動戦士ガンダムZを9999回見てからにしろバーーーカ! ~哀れな新入社員カミーユくんがクソ職場に使い潰されて労基ガン無視の苦役労働の果てにぶっ壊れるまでの顛末~
一人の男が、部下に殴られ倒れ伏した。
機動戦士ガンダムZはもちろん、ガンダムという兵器を用いた、戦争を題材にした話ではあるが、この男が倒れ伏したのは戦場ではない。消息を絶った同僚の私室である。
男は倒れた先にあった鉢植えを見て、うっそりと呟く。
「サボテンが花をつけている……」
彼をこんな目に合わせた下手人は、組織に加入してわずか一年、いわゆる新入社員であるところの17歳。倒れ伏した彼はその上司。大尉にして実質的な現場のトップ。
下手人の動機は「この部屋の主である彼女を、なぜもっと大切にしなかったのか!?」という怒り。
それに対する返答が、サボテンである。
本稿は、このような会話が成立してしまう職場についての顛末を書き記した報告書である。
そもそも、暴行事件の下手人である彼は、入社経緯からしておかしい。
カミーユ・ビダン。17歳。入社の経緯は「会社の備品を無断で持ち出したら、なぜか採用に至った」。面接なし。研修なし。引き継ぎなし。そもそも就職活動すらしていない。配属は即日、即最前線の産地直送。
付け加えると、家庭環境も筋金入りである。両親揃って仕事の虫。付け加えると彼の父には愛人がおり、おまけに機密データを自宅に持ち帰るような、守秘義務も倫理観もガバガバな男。
そして、それを反面教師にするでもなく、社畜の家庭に育った少年がブラック企業に入社した。さらに入社直後、同業他社による人質作戦によってその両親も失ってしまう。
忌引はない。数日後にはもう出撃している。
本稿の結論を、先んじてここに述べる。
「誰も!!だれひとり!!フォローしないのである!!!この哀れな新入社員を!!!!」
訂正しよう。本稿は報告書であると述べたが、これは誤りである。
本稿は、告発書である。Criminal Complaintである。筆者はここに、彼らを糾弾する。思い知るがいい、クソ組織エゥーゴよ。
カミーユくんの周りには大人が揃っていた。しかしこれは、ただ歳を重ねた、老いた猿どもが屯していただけに過ぎない。ひとりひとり、奴らを断罪する。
・レコア先輩
配属直後の新人たちの面倒を見る「みんなの憧れのお姉さん」。だが蓋を開けてみれば、クワトロ部長との歪んだ社内恋愛、爛れた関係による退廃的ムードがにじみ出ており、言ってしまえば彼女は承認への渇望を職場に持ち込み続けた人物である。
その満たされない乾きの果て、競合他社へ電撃転職。そして転職先でもまた、同じようなタイプの男に同じような感情を抱き同じような所業を繰り返す。
環境を変えようが、求めるものが変わらなければ、人はいくらでも同じことを繰り返す。転職失敗の生きた見本。
負傷したまま「何かに呼ばれた気がして……」などとスピリチュアルな妄言を垂れ流して出撃する、労災上等の勤務態度も記録に残しておく。
恥を知りなさい。
・エマ係長
彼女は一番、まともに見える。一見は。だが彼女こそ「修正」と呼ばれる不適切極まりない社内用語の伝道師である。
新人に「修正ってなんですか」と聞かれて「殴って気合を入れることよ」と即答した。真顔で。
口を開けば「軍隊というところは理不尽なところよ」。理不尽を正すのではなく、理不尽への適応を教える側に回ってしまった、一匹の悲しき社畜の姿である。
これは有名な話であるが、出会ってわずか10秒で新入社員をビンタしたという記録もある。体感値ではなく、実測値であることも記しておく。これが出会って10秒で合体ならばどれほど良かったことか……
その社畜精神を「私の命を吸って」などと無茶苦茶な伝達方法で、哀れな新入社員に押し付けてしまう。繁忙期に、後輩に「あとはたのみます」の置き手紙を残して失踪するような暴挙。
恥を知りなさい。
・アムロ先輩
7年前には業界を背負っていた伝説の社畜。現在は自宅勤務。彼もまた、組織に潰されかけた経験を持ち、本来は件の新入社員のメンターになれた唯一の人材である。実際、地上では短期的ながら決定的な働きをした。
だが、宇宙には上がらなかった。代わりに何をしたか。15歳の後輩カツに餞別として拳銃を持たせて宇宙へ送り出した。自分は地上に残って。
かくして、新入社員カミーユくんのもとには「無断出撃を繰り返す血気盛んな年下(拳銃所持)」が届く。
教育係の任命はない。
昇進もない。
手当もない。
ただ、無軌道な若者(拳銃所持)が届く。
恥を知りなさい。
・クワトロ課長
中途採用の星。前職は敵国のエースパイロット「赤い彗星」だが履歴書には書いていない。そもそも偽名である。経歴詐称どころの話ではない。また、勤務中にサングラスに赤いノースリーブシャツというのは、社会人としての意識が極めて軽薄であると断じざるを得ない。
そもそもこの組織の創立に携わったと目される人物だのに、現場リーダーのような立場に収まっているのは甚だ疑問である。
理念のプレゼン――おべんちゃらと言い換えてもいい――だけは一級品で、その切れ味は業界の空気さえも一変させることはある。まあ、誰にでもひとつは美点があるものだ。
しかし、それ以外は当然てんでダメ!
レコア女史が長いこと出し続けいていたシグナルをすべて見落として転職を招き、その日に新入社員には殴り倒され、出てきたのが冒頭のサボテンポエムである。
ちなみに、彼は件の新入社員に殴られるのはこれが二度目であるが、一度目の所感は「これが若さか……」であった。どうにも、こういった状況に陥るとポエミーな感想を漏らすクセがあるようだ。
さらに付け加えると、二度とも助走付きで殴られている。部下に助走付きで殴られる管理職というものについて、しかと噛み締めてほしい。
恥をしれ。恥を!!
ご覧のように、所属する人物だけ並べても、この組織がとうていホワイトな組織である、とは口が裂けても言えないはずだ。
さらに、この業界には前述の通り「修正」という業界用語が存在する。エマ係長曰く、殴って気合を入れること。それが、この業界における、新人に教えられる公式の定理である。
体罰を肯定する理屈というのは、古今東西どこでも同じ建前をもっている。即ち、殴りっぱなしではない。あとできちんとフォローするから、と。
ではこの作品で、フォローが描かれた場面をどうか教えてくれ。ちなみに殴打は全50話で81発にものぼるそうだ。数えた人がいるのだ!しかし、フォローの回数は誰も数えていない。そもそも、存在しないものは数えられないのだ。
そしてこのような文化は、静かに再生産されるものである。入社して一年が経つ頃、カミーユくんはカツをビンタした。理由は、ミーティングへの遅刻。当然フォローはしない。
誰も教えてくれなかったことよりも、彼は誰かが見せてくれたことだけを正確に学んでしまったのだ――
この場面だけを切り取れば、カツにフォローはしなかったカミーユくんではあるが、彼はこの作中にあるまじき正常な――あるいは清浄な――心の持ち主である。
彼が心配した相手を数える。
競合他社に使い潰される少女フォウ。報われないレコア先輩。血気盛んなチャカ持ち後輩カツ。哀れなロザミア。さらには撃墜した敵パイロットのために、自室に祭壇まで作った。
次に、カミーユを心配した相手を数える。いたか?そんなやつは。どうなってるんだ!おい!
彼は「26発殴られ、14人を殴った男」として記録されている。だが本当に見るべき収支はそこではない。
――ケアの収支である。輸出超過。輸入ほぼゼロ。共感の在庫が最も豊かな人間から先に枯れていくのは、面倒見のいい社員ほど「あいつは大丈夫」だという曖昧模糊としたカテゴリに入れられ、誰からもケアされなくなり、しまいには「ピャーッ!!」と発狂する現象と完全に同型である。
宇宙世紀0088年2月22日。入社からおよそ一年。エゥーゴは最終決戦に勝った。入社わずか一年の新入社員が、この理念以外は何も無いようなゴミカスクソ企業を勝利に導いたのである。
その戦闘終了後の彼の第一声が記録に残っている。
「あ……大きな星がついたり消えたりしている……彗星かな?いや違う、違うな。
彗星はもっと……バアーッて動くもんな……
暑っ苦しいな……ここ。出られないのかな。
おーい、出してくださいよぉ。ねぇ?」
思い出してほしい。一年前、部下の扱いを詰問されたクソ上司はサボテンの話をした。
そして一年後、限界を超えた新入社員は星の話をしている。
詰められた側の現実逃避と、使い潰された側の現実離脱。言葉が現実から浮遊する瞬間の構文まで、彼はこのクソ企業で、この宇宙で学んでしまった。
これは作品のファンの間では「精神崩壊」と呼ばれている。
だがその言葉は、原因をカミーユくん個人の脆さに押し込める。
休みなく働かせ、フォローもろくにせず、優秀さを理由に負荷を一人に集め、事あるごとに殴って気合を入れた。あの結末はその帰結であって、壊れていたのはカミーユくんの心のみならず、彼を支えるはずだった組織の側である。
彼に必要だったのは覚醒でも悟りでもない。有給休暇と、余裕のある本物の「大人」が一人いればよかった。
最後に一つ。
あの部屋のサボテンは彼女が在籍していた間、一度も花をつけなかった。
咲いたのは持ち主が去った後である。
こんな会社では、サボテンすら在職中には報われない。
私が言いたいのは、それだけです。
完




