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精霊国物語

【精霊国物語番外編】楽しいひと時はお茶の香りと共に

作者: 夢野かなめ
掲載日:2026/05/30

 小さな包みを幾つか入れた籠を持ったカナメは、いそいそと(くりや)へと向かった。


 今日は厨役の何人かと示し合わせて、新しい茶葉を試すことになっている。


 精霊国へと訪れ、厨を借りることが増えてから、いつしか定例会のようになっていたその会のことを、カナメはいつでも楽しみにしていた。


 警備の際に寄った森や、町で噂になっている茶葉などを集めては、そこから新たな配合を見つけ出す為にあれこれと話し合うのだ。


 その時が、堪らなく楽しい。


 新たに良い茶が出来れば、マリーエルの許に持って行く。そうして感想を聞いたり、笑顔を見るのも楽しみのひとつだった。


 思わず緩んでいた口元を引き締め、カナメは廊を急いだ。その時──


「あーら、カナメ殿。今凄くいい顔してたのに引っ込めちゃったのね」


「ピーラ。いや……あの、見なかったことにしてくれ」


 そう言うと、ピーラは豪快に笑い飛ばし、カナメの肩を叩いた。


 厚みのあるその手は、どんな料理でも作り出せる。


 ピーラは厨役の長を務めていた。


 温和そうな深い森の色をした瞳を細め、手にしていた籠を掲げる。


「良い卵を手に入れて来たのよ。王の食事に出す前に、私達で最終確認しないとね。今日はこれで一品作ろうかと思ってるのよ」


 カナメはひとつ頷き、自身の籠を掲げた。


「俺は茶になりそうな植物と、ジュリアスの方まで行ったからあちらの菓子を持ってきた」


「あぁ、楽しみねぇ」


 二人連れ立って厨に入ると、食材の下処理をしている者達が軽く会釈をした。それに応えながら、広い厨の奥へと向かう。


 卓がひとつと幾つかの椅子が置かれた小さな区画に、見慣れた姿が既にあった。


「すまない、待たせただろうか」


 パッと顔を上げた二人が首を振る。


「いや、今度の生誕祭について話す為に少し早く集まっただけだ」


「マリーエル様の生誕祭、楽しみですねぇ。昨年はあんなことになっちゃいましたから」


 気難しそうな顔をしたヴァーデスと、その横でニコニコと笑みを浮かべるヘルタが言った。


 ヴァーデスは主に調理を指示する役に就いている。


 ピーラが各所と連携して献立を考え、ヴァーデスと相談し、実際の調理はヴァーデスの許に進んで行く。


 ヘルタは茶菓子などを担当している組の、中堅どころといったところか。年若いが、幼い頃からこうしたことに深い興味があったようで、正式に厨役となってからは、着実に腕と地位を上げていた。


 カナメが厨に顔を出すようになって、まずピーラから声が掛かり、そこに「面白そう」と加わったのがヘルタ。「食に関することならどんなことでも学ぶつもりだ」と加わったのがヴァーデスだ。


 時折他の者が加わることもあるが、基本的にはこの四人で、茶葉とそれに合う菓子について語り合う。


「さて、では見せ合うか。僕は前回の茶を使った菓子を幾つか作ってみた。気になる茶葉もひとつだけ」


 そう言ってヴァーデスは、焼き菓子や水菓子などを卓へと出した。


 皆の視線が集中した。


「わぁ……こっちの水菓子は色も綺麗ですね。食べるお茶……みたいな感じでしょうか」


 ヘルタがニコニコと言う。


「こっちは良い香りがしてるわねぇ。中に入れているのは木の実?」


 ひとつ頷いたヴァーデスは、ちらと皆を見回した。


「あとで感想を聞かせてくれ。──茶葉は、これだ。同じ花だが、根も茶に使えるんじゃないかと思ってな。医術師にも確認済みだ。花は、大して風味はないが、茶に浮かべたりすれば見た目も良くなるだろうと思ってな。糖に合わせてもいいかもしれない」


 そう言って口を開けた袋を卓に置いた。


 ひとしきりその匂いを嗅いだりして話し合い、次にピーラが卵を、ヘルタが町で密かに人気が高まりつつあるという茶葉を幾つか出した。


 そうして、カナメに期待の視線が集まる。


「今回俺は、主にジュリアス付近で採れたものを持ってきた」


 包みをひとつずつ開いて置くと、ヴァーデスは少し指で掴み取り、鼻の前に持っていく。


「……いい香りだ。流石、ジュリアス。やはり他地方へと赴けるのはいいな。グラウスでは採れないもの、香りなどが異なるものがある」


 ひとつ頷いたカナメは、自分の中で考えていた配合をひとつひとつ話し始めた。


 一口に茶を淹れるといっても、どの葉や花を使うか。樹皮も使えるものもあり、更には生のまま使うか、乾燥させるか、軽く炒った方が香ばしさが増すのか……と色々ある。


 植物ごとに効能があり、中には毒物となるものもあるから、アントニオから借りた植物効能図鑑を手に、そして花の幼精に訊ねたりして細心の注意を払っている。


 花の幼精は以前、食用に適さない植物をわざと「食べられる」と偽ったことがあるから注意せねばならない。幼精達は、暫く痺れの取れないカナメを可笑しそうに笑って見ていたが、「このようなことをするなら君達とはもう話さない」と伝えた所、それ以来偽ることはなくなった。


 ただし、幼精からすれば〝痺れさせることが出来る〟という効果は、誇るべきものなので、武具や、マリーエルの兄であるヨンムの研究に役立つかもしれないと受け取るだけは受け取っていた。


 カナメが育った集落の周辺は、山中ということもあり特殊な植物が多かった。


 それらも生えている精霊国という地に、最初は驚きを隠し得なかった。


 勿論、華発の国のような〝全てが揃う国〟ではないから、この世界の全ての植物がある訳ではない。だが、日常的に使っているような植物は、それを司る精霊の力も木の精霊から分かれ、独立した存在となり、そうなれば力をこの地で満たすことも出来る。


 精霊の力を満たす為の、導く力を有した者が多く居る精霊国ならではの風景だった。


 植物に関しては、やはりジュリアス地方が質のよいものが多い。


 カナメは改めて葉や花の香りを嗅ぎ、意見を纏めてまずは一杯目の茶を淹れた。


 温かい湯気に透き通る華やかな香りが漂う。


 一口飲めば、気分がすっきりとするような心地がした。


「これは……夜寝る前に飲むのに向いていそうだ。精神を落ち着ける効能もあるし、よく眠れそうだと思う」


「あとは、頭を使った後に飲むのも良さそうじゃないですか? その場合は、こっちのお茶菓子を添えたりして」


 ヘルタが焼き菓子の皿をスススと中央に押して言った。


「そうだな。例えばもう少し見た目を飾れば──」


 そう言ってヴァーデスは棚から木の実や食用の花を取り出すと、器の中の茶と焼き菓子に飾った。


「──茶会に使うことも出来る、か」


 ヘルタが嬉しそうに声を上げる。そうして、皆が示し合わせたように各々の手帳に書き込み始めた。


 カナメは当然マリーエルの顔を最初に思い浮かべたが、アーチェやアントニオにも必要だろうか、とも考えていた。


 ──自分が淹れた茶が、誰かの笑顔となるのなら、こんなに嬉しいことはない。


「では、次だが──」


 カナメは次の茶葉で茶を淹れ、皆に配った。


 一口飲み、眉を寄せる。


「随分と苦いですね……効能は凄そうですけど、薬湯に近いかも」


 と、ヘルタは顔を(しか)める。


「確かに、茶会で出すようなものではないかもしれないわねぇ。それこそ、朝目を覚ます為に飲むとかね」


 ピーラが言う。


 その横で、黙したまま茶を使った菓子を口に含み、もうひと口茶を飲んだヴァーデスは、暫し味わった後、ひとつ頷いた。


「この苦みなら、この菓子に合うか。いや、もう少しだけ甘み……少しの酸味も欲しいか」


 ヴァーデスは腕を組み、考え始める。


 カナメ達はヴァーデスの真似をして菓子を食べ、またひと口茶を飲んだ。


 異なる苦みの中に、ほんのりとした甘みがある。確かに、単体では難しくても、こうした食べ合わせを工夫すれば、十分に茶の席でも出せるだろう。


 そこでハッと閃いたカナメは、思いついたことを手帳に書き込んだ。


 そうして次々に茶葉を試していったカナメ達は、今回での一番の茶を決め、それに合わせてピーラが卵を使った菓子を手早く作った。


 焼いた生地から香ばしい匂いが漂っている。


「蜜を掛けるか、煮果実にするか……この卵は味がしっかりしているからね。意見を聞かせて頂戴な」


 いそいそと生地を小さく切り分けたカナメは、まずは何も掛けずに口に運んだ。


 途端に、濃厚な卵の香りが口いっぱいに広がっていく。


「なかなか美味く出来たようねぇ」


 コクコクと頷き、蜜の瓶に手を伸ばすカナメに、ピーラが嬉しそうに笑みを浮かべる。次いでヴァーデスに目をやり、僅かに目を細めた。


「ヴァーデス、貴方はどう?」


 煮果実と食べていたヴァーデスは、考え込みながら頷いた。


「この卵は良いな。他の料理にも使えるだろう。他の菓子にも試してみたい。多く手配しよう。──この菓子自体だが、味は良い。僕はどちらかといえば蜜を掛ける方が好みだが、煮果実であれば工夫もしやすいからな。もう少し甘みを増して、そのままで食べるのも良いだろう。あとは、例えば王の食事にと出すのであれば、もう少し大きく……そして厚く。姫様方の茶会に出すようであれば、小さくした方が具合が良いかもしれない。それには焼き加減も考えなければならないな」


「そうねぇ。厚くするのは型が必要かしらね。それでいてこの食感を保つのは──」


 二人は、真剣な顔で話し込み始めた。時折卵菓子を口に運び、難しい顔をする。


 カナメはもくもくと菓子を口に運びながら、二人の話に耳を傾けていた。


 あまりに専門的な話になり、僅かについていけなくなるが、それでも聞いていて心が湧いてくる心地がする。


「美味しいですね」


 隣からヘルタがニコニコと笑みを浮かべながら、小首を傾げた。


「あぁ、凄く美味い。こんなものを作れるなんて、厨役の者達は、凄いな」


 カナメの感想にヘルタは「ふふ」と笑う。


「カナメ殿って、本当に可愛いですね」


「え?」


 驚きに卵菓子を取り落としたカナメに、ヘルタは再び「ふふ」と笑った。


「カナメ殿が花や葉を摘んでくれたり、菓子を吟味している姿を想像したら可愛くて可愛くて。いつもお菓子を美味しそうに食べてるし、そんな所が可愛いなぁって」


 そう言ってクスクスと楽しそうに笑い、カナメが持ってきたジュリアスの菓子を口に運ぶ。


「そんなことは……始めて言われたが」


「そうなんですか? 皆こっそり思っているんじゃないなぁ。──ん! これ美味しい」


 ヘルタはもうひとつ菓子を摘まみ上げ、嬉しそうに口に運ぶ。


 カナメは少し悩んでから、首を傾げ訊いた。


「もしよければ、ジュリアスまで連れて行こうか? 今度少し用があって行くんだ。その時にでも──」


「もぉ、どうして、そうなっちゃうんですか。カナメ殿に連れて行って欲しいと思ったらハッキリそう伝えますよ。それに、私、お慕いしている方が居るので、殿方と二人で出掛けるなんて出来ません!」


 その答えに、カナメは目を瞬き、言葉に迷ってから頭を下げた。


「あの……すまない。何も気が付かず」


 ヘルタはいたずらっぽく笑い声を立てる。


「やだぁ、そんなに深刻に捉えないで下さい。それに、カナメ殿も同じでしょ?」


 目を細めて言われたその言葉に、カナメはカッと顔が熱くなるのを感じていた。


 アーチェから恋心を自覚させられて以来、はっきりと指摘されるとどうにも気まずく、恥ずかしさに呑まれてしまいそうになる。


 カナメの様子を見守っていたヘルタは、「かわいい」と笑うと、菓子の皿を引き寄せた。


「色んなお菓子を沢山食べられるのも、この会の楽しい所ですよね」


「あ、あぁ……そうだな」


 差し出された皿から菓子を掴み上げ、カナメは本心から頷いた。




 後日。


 マリーエルの部屋でのこと。


 厨からピーラの卵菓子を持ってきたカナメは、ドキドキとしながらマリーエルの様子を窺った。


「わぁ、小さくて可愛いね。卵の良い香り!」


「そのままでも良いが、蜜や煮果実を一緒に食べても美味しいと思う」


 その通りに食べたマリーエルは、瞳を輝かせた。


「美味しい!」


「そうか、良かった。今度、伝えておこう。──茶は、どうだろうか」


 あの後少しの改良を加えた茶も、卵菓子に合わせて淹れていた。


 マリーエルがゆっくりと器を口に運び、一口飲む。ホッと一息吐き、嬉しそうに頷いた。


「うん、ほんのり甘くて、浮いてるお花も可愛くて、美味しいよ」


 そう満面の笑みを浮かべるマリーエルの姿に、カナメは心の底から幸せな気持ちが湧いてくるのを、感じていた。


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