第9話:異変の兆し
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「確実に嘘が有るけど……」
「仕方が無いよね、ケインの剣は特殊な物だよ。余り触れ回りたくは無いから、嘘も方便だよね」
ひそひそと、耳打ちで話し合う卦韻と美衣奈。
聖霊剣クリスタリオンは可成りの特殊な剣であるが故に、下手な事がネットで拡散されるのも宜しくないから素性に関しては隠したかった。
実際、クリスタリオン自体は見た目にはちょっと豪華な装飾が施された鋼鉄製の剣に過ぎなく、だからこそ素性を云わない限り判らない。
「それじゃ、そろそろB1に降りようかケイン」
「そうするか」
カチャッ! 佩いたクリスタリオンを抜剣をした卦韻は、B1へと降りる為の階段を下っていく。
「こっから私はミスティね」
「判ってるさ」
美衣奈の言葉に頷く卦韻。
〔おお! 遂に第二回目のダンジョン探索だな〕
〔剣の事は兎も角、初心者ダンジョンなのに結構緊迫感あるよ〕
〔本人が初心者ってのも有るよな〕
配信用ドローンのカメラを通じて様子を観ているリスナー達、彼ら或いは彼女らもダンジョンという一種の極限状態を仮想体験している。
痛みは全く感じない視覚情報だけな訳だけど、そのドキドキ感とライブ感が堪らないのだとか。
「出たよ、ケイン!」
「応っ!」
よく視れば、美衣奈の腕に魔力の白い線みたいな光が腕に絡み付くと、それが何らかの意味を持った模様と成って描かれていく。
(あれは呪文詠唱を肩代わりしている魔法陣!)
呪文詠唱の長さ=魔法陣の複雑さに変換をされるらしく、初心者ダンジョンで使う魔法なだけに簡易的な魔法陣だからか構築が疾い。
「凍結矢!」
放たれたのは、氷を鏃の如く尖らせたモノである様だ。
「ブギャッ!」
氷の鏃が二匹居たコボルトの内、一匹の額を鋭く深々と穿つ。
「哈っ!」
「アギャッ!?」
透かさず別のコボルトの首を卦韻が刎ねた。
「殲滅完了だな」
「だね♪」
卦韻はグッパグッパと、剣を持たない左手を握ったり開いたりして自身の具合を確かめてみる。
(矢っ張りというか、重さも体幹のブレも無い。其処ら辺に関しては昨日の探索と変わらないな)
あの夢ではそれが卦韻の腕前を鈍らせていた。
「どうしたのかな?」
「うん、ちょっとね」
卦韻としては夢の内容が気になったとか流石に言えない。
初心者用ダンジョンであるが故に魔素が薄い、その所為だろうが基本的に弱い魔物ばかりだ。
それでも、夢に視た様な事になればダンジョン探索は遣れなくなる。
「また来た、今度は大蜘蛛だよ!」
「スパイダーか!」
先日のダンジョン探索では出て来なかった魔物であるスパイダー、巨大な蜘蛛だったけど地を這うだけに通常の攻撃は難しかった。
蜘蛛の糸を使って天井から吊られているなら、寧ろ卦韻でも闘い易くなるのだろうけれど。
「それなら!」
壁を蹴り、三角跳びを行って天井まで届かせ、更には天井を蹴り飛ばすと、落下の勢いを付けると真上から胴体に剣を刺し穿った。
完全なクリティカルヒット。
(何だ、今の動きは!?)
リスナー達の周りもそうだけど、一番今の動きに驚いたのは卦韻自身であったのかも知れない。
レベル3程度で出来る動きでは無いと自分自身でも解るし、とても普通の人間に出来る動きでは無かったが故に驚愕をしてしまっていた。
(剣の……クリスタリオンの力じゃ無いよな)
卦韻は自身の剣を見詰めながら考えてしまう。
「また来たよ、巨鹿!」
「今度は……ディアーか!」
現れた普通の鹿よりも巨大な牡鹿がダッシュしてきた。
「うわっ!」
相当な速度で駆け抜けると、大きな角で突いてくるディアー。
卦韻は勢いで後ろに吹き飛ばされるのを見て、美衣奈は魔力を発露して体外で喚起させていく。
「させないよ!」
魔法陣を右腕に集束させていき、白い魔力の光が魔法へと変換。
「雷鳴!」
言霊と共に放たれた稲光にてディアーが感電、電気より一時的に麻痺したのか巨体が倒れ伏す。
「ケインッ!」
「了解!」
斬っ!
逆にダッシュをするとディアーの首を刈った、地面へと落ちたのはディアーの首と魔核である。
噴き出した血により汚れそうになるが躱した。
「おかしいな……」
「どうしたんだ?」
頭を捻る美衣奈。
〔確かにちょっとおかしくね?〕
〔おかしいよな……〕
何故かリスナーまで首を捻った。
「ディアーは確かに初心者ダンジョンに出てくるけど、ケインも実際に闘ったから判ると思うけど割りと強いよね? ディアーってもっと階下の方に出るんだ。こんな浅い階に湧出する筈は……」
〔そうそう、ディアーって初心者ダンジョンの割りに強いのは、もっと階下に出てくる魔物だからだぞ〕
〔まぁ、何故かレベル3のケイン君が斃しちゃったみたいだが〕
もっとレベルを上げないと斃す事など不可能に近くて、武器にしたって初心者用の物では余り歯が立たないのがダンジョンの定説なのだ。
ゴブリンやコボルトに比べてディアーの筋肉が発達しているし、その毛は普通の鹿のモノよりはずっと硬くてナマクラでは斬れないだろう。
〔矢っ張り、ケイン君の剣がちょいっとおかしくね?〕
〔バカ高価い剣なんかね〕
卦韻の剣は美衣奈の愛坂家へと代々伝わっているのだとか、少なくとも青銅を鋳造した初心者御用達な“青銅の剣”よりは遥かに斬れる。
(確かに、クリスタリオンじゃなかったら斬れなかったかもな)
威力自体は大した事が無いと聴いていたけど、それでも其処ら辺の店売りの武器より強かった。
「それで、どういう理屈で魔物の強さが変わるんだ? 美衣奈」
「魔素の関係だよ」
「魔素?」
「先ず、地上の魔素は全体的に薄いんだよ。浅い階であるダンジョンのB1よりも遥かに……ね」
美衣奈の説明によると、魔素はダンジョンの奥に行けば行く程に濃密に成っていくのだと云う。
それが故に、同じく奥に行けばより多くの魔素が凝り固まって強い魔物が顕れる事に、当然ながら薄い魔素では弱い魔物しか顕れない。
魔素が凝り固まったモノこそ魔核なのだから。
「ディアーは初心者ダンジョンでもB5以上下にしか出ない筈、なのに選りにも選って此処……B1に出現したんだよ。一応、初心者ダンジョンに出る魔物だから有り得ないとまでは言わないけどね」
別の高レベルなダンジョンの魔物が顕れたというなら別だが、ディアーは飽く迄もこのダンジョンに顕れる雑魚の一匹でしかない。
ならば、ダンジョンの構造に変化が起きたとかなら有り得なくはない? とも考えられるのだ。
〔知らんかったわ〕
〔そんな話が存在したんだ〕
〔ミスティちゃん、研究家~!〕
リスナーも知らない知識だったらしく、彼らは随分と感心する。
だけど、美衣奈はそれを慶ぶ素振りも見せないで難しい表情、どうやら何かしら懸念事項が有るらしいと付き合いの長い卦韻は理解した。
「ミスティ!」
「っ! 角狼だね!」
此処は未だにダンジョンの中だ、如何に初心者用のダンジョンであれども油断は禁物な場所。
「火球ッ!」
「おりゃっ!」
美衣奈の放つ魔法と卦韻の剣檄、これにより現れたホーンウルフは瞬く間に殲滅されてしまう。
残されたのは数個の魔核のみ。
「ミスティ、精神力の方は大丈夫なのか? ゲームでもMPって割りとすぐに尽きるもんだよな?」
「大丈夫だよ、実は私のMPって結構多いんだ」
「……そうなんだな」
呟きながら魔核を拾った卦韻は袋に容れた。
「流石にゲームと違って精神力は人によって区々だからね」
レベルが低い=精神力も低いという等式は実の処無くて、長じれば増えてレベルが上がれば矢張り増えるといった具合に余地も有る。
これは生命力……即ちHPにも同じ事が云えた。
筋力みたいに年齢で限界は決まらないらしく、それらしき研究発表も何処かで成されていた筈。
勿論、鍛えれば肉体能力もレベルに関係無く上がるけど。
B2に降りてスパイダーを斃した瞬間、ドクンッという脈動を卦韻と美衣奈の二人共が感じる。
「これは!」
「レベルアップだね」
遂にレベル4に上がった。
〔おお!〕
〔オメ~〕
〔これはめでたいな〕
その事を観ていたリスナーからも御祝いコメントが贈られる。
「レベルも上がったし、情報を上げたいから今回は少し早いけどダンジョンを出よっか」
「そうか? 判ったよ」
卦韻としてもレベルアップの恩恵を試すより、それで何が変わったか実戦以外で考えてみたい。
だから素直に頷いた。
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