第11話:顕れたイレギュラー
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「成程、二人は充分な訓練をしてきたみたいね」
死んだゴブリンの死体は魔素に還ってしまい、残されていたのは二つの小さくて黒い石のみだ。
璃亜からすれば憧れの若手冒険者、そして槍太からしたら水無瑠亞はちょっと邪な想いを懐きたくなる御相手だったから、彼女から褒められて嫌な気はしなかった。
「これが魔核ってやつか」
「ゴブリンの魔核じゃ、安いんだろうけどね~」
「三〇〇円くらいですよ」
「「安っ!」」
今時では缶ジュースの二本も買えば終わりか、雑魚だったから仕方がないとはいえども安い代物である。
それぞれ自分が殺ったゴブリンの魔核を拾った二人は、腰に着けていた袋に放り込んでしまう。
「さて、サクサクと行きましょう」
初心者用のダンジョンなだけに、B1はダンジョンの中でも未だそれ程には広大という訳では決して無く、割りと少しだけ歩けば次の階段が有った。
「結局、今回はゴブリンしか出てこなかったな」
「コボルトくらいは出そうだったんだけどね~」
ゴブリンを斃しながら少し歩いて見付けた階段を降りる。
「あれはビッグタートルですね」
B2に降りて直ぐに現れたのは巨大亀、普通の亀よりは可成りの大きめで、ちょっと硬めな甲羅を持っていた。
「黒くて大きな亀か」
「お兄、卑猥~」
「何故だ!?」
璃亜から意味が解らない事を言われてしまう。
「おかしいですね」
「瑠亞姉、何が?」
「ビッグタートルの出現階層はもっと下の筈」
「もっと下?」
「初心者用ダンジョンでも確かに出現はします。ですが、基本的には他の低ランクダンジョンからの出現が殆んどで初心者用ダンジョンの場合は、可成り下の階層にしか現れたりはしませんね」
魔素が凝り固まって魔核に変じ、それを大元に魔物が形作られる関係から、魔素が薄いであろう浅い階層に強い魔物は顕れ難いのだ。
ダンジョン探索に於ける基礎的な知識として、Aランク冒険者である瑠亞はよく知っていた。
「これ、階下から上がって来たんじゃないの?」
「それは有り得ませんね。どういう理屈かは判りませんが、魔物は産まれた階層から基本的には出ないらしいです。ですからおかしいのです」
璃亜の質問に瑠亞は答える。
「若し、階層を出る事が有るとすれば大暴走の時くらいですよ」
大暴走をすれば魔物は階層をも越えて来ると、ダンジョンの入口から出て来てしまうのだとか。
事実として、一〇年前に起こった大暴走によりダンジョンから魔物が溢れてしまったのである。
人々が魔物第氾濫と呼ぶ所以だ。
冒険者が世間に認められた大事件でもあった。
一〇年くらい前は冒険者という未だに新規職業だったが、はっきりと云えば冒険者と一般人には大きな隔たりが有ったものだ。
よく有る二元化がされた関係性、更には意味不明な“魔物擁護団体”が出現していたのである。
『魔物を殺すな!』
『魔物が可哀想だ!』
『魔物だって生きているんだ!』
『反対反対、兎に角反対!』
等々、ギルドの前でスピーカー行為をしてきた。
他にも冒険者が武器や防具を持ち歩くのを厭う一般人の図が出来上がってしまったし、政府までもが動き出してダンジョンの閉鎖と冒険者に対する自粛命令が出てしまう。
だけどそれが良く無かった。
ダンジョンに関しては判らない事も多々有り、それが故に起きてしまったそれは哀しい……とても哀しい事故だ。
とあるギルドに出入りしていた少女が提出をした論文に有りき、ダンジョン内は魔力の素となる特殊なエーテル体に満たされており、それが凝り固まって魔物の基となる魔核の精製が成される。
魔物が湧出する頻度はハッキリしないものの、それにより魔物を間引きしなければいずれ増えた魔物が階層を越え、最終的にはダンジョンを出て来てしまって暴れる大暴走が引き起こされるのだ……と。
仮にダンジョンを分厚い金属の扉で閉鎖をしたとしても、大暴走の前には紙切れも同然でしかない為に決して推奨をする事は出来ない。
ダンジョン探索をして、速やかに討つ事でのみ魔物のダンジョン外流出を防ぐのが最善であるとか。
然しながら遂には決壊してダンジョンから溢れ出た魔物、人は村は街は都市は国家は阿鼻叫喚に包まれた。
最初の犠牲者は女子供で、大人の男であっても一般人の能力しかなければ、爪や牙により引き裂かれてきたし、生きた侭で喰い殺された者までもが居たくらいである。
その犠牲者は都市部であるなら万単位にも成っていたし、過疎地な村だったなら完全に全滅してしまった所も有ったのだそうだ。
笑い事では無いけどある意味で一番笑えてしまったのが、魔物擁護団体のメンバーが襲われた際に『早く魔物を殺してくれ!』などと、魔物擁護団体の人間とは思えない暴言を吐いていた事か。
しかも幹部だったらしく、正しく御笑い草だ。
尚、他の幹部で娘が居る男は目の前で娘を喰い殺されて、気が狂ってしまったくらいである。
その後、自粛が解除されて動き出した冒険者達の働きにより一ヶ月近く掛けて魔物を殲滅した。
冒険者に自粛をさせた政府与党の悉くが総辞職の憂き目に遭う、しかも笑えるのがそいつらに限って家族を魔物に殺されていたのである。
新政府は冒険者と冒険者ギルドの保護をしていく方針を打ち出して、更に魔物を擁護する事の愚かさを確りと世間に伝えていった。
その結果、冒険者達の地位はよく確保される事になったのである。
因みに、この一件で大活躍をしたのが現トリプルホルダーの楠葉慎吾や愛坂玲也、ダブルホルダーである楠葉理央や愛坂扇歌であったとか。
水無瑠亞にとっては、この四人は師に当たる。
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「兎に角、ビッグタートルは硬さを鑑みれば槍太君や璃亜ちゃんの力では斃せないでしょうね」
「うっ!」
「そうだよね~」
瑠亞は術士としての腕前を披露、魔力を喚起して魔力線を通じて肉体を巡らせると、腕に絡み付く様に紋様が浮かび上がっていく。
嘗ては呪文詠唱をしていたもの、とある少女が考案した紋様式を流行らせていったのである。
白く輝く魔力が意味の有る紋様へと変化して、それが魔法という力の有る形へ変換が成された。
「吹雪ッ!」
両腕を頭上に上げながら魔法の名前を口にし、両手から放たれた猛吹雪により巨大亀を凍結。
「喰らいなさい!」
運動を得意とする槍太や璃亜ですら及ばない、そんな跳躍を魅せながら腰に佩いたメイスを両手に持つと、完全に凍結してしまったビッグタートルの頭を力一杯振り抜いて粉砕をしてしまった。
「ふぅ」
とっても良い笑顔を浮かべつつ、額を袖口にて瑠亞が溜息を吐く。
「瑠亞姉、つよ~い!」
「流石は瑠亞姉さん」
ギルドランクAという事は、詰まりレベルだって相応に高い。
それにちゃんとした戦闘経験値を獲得しているからこそ、ビッグタートルを斃すにしても簡単に腕を揮う事が出来たのであろう。
ゲームで云えばプレイヤーレベルが高いというやつだった。
「ちょっと大きめな魔核ですね。少なくともゴブリンやコボルトよりは大きく純度が高いですね」
瑠亞は右親指と人指し指で摘まみながら呟き、その魔核をソッと腰に着けた袋の中へと仕舞う。
「それじゃ、次に行きましょう」
「「了解!」」
返事をすると動き出した。
「イレギュラー無しなら槍太君と璃亜ちゃんが闘っても大丈夫だけど、困った事にイレギュラーが起きたからにはギルドに報告しないと」
「そうなると、もうダンジョンを出るのか?」
「……この階をもう少し探索をしてみましょう」
「判った、瑠亞姉さん」
槍太からしたら残念ではある、然しこの階層だけでも探索が出来るのであればと納得をする。
多少のイレギュラーなら瑠亞がどうとでも出来るからこそ、即ちビッグタートルみたいな魔物を屠る事が可能だから探索続行だった。
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