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ヒロインの兄に転生して  作者: 月星 星那


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魔力感知

「魔力を感知する方法に、詠唱の構築……か」


 闘気のこともそうだけど、俺には課題が溢れるほど残っていた。

 とは言え、闘気は今の電気だけである程度補える物だから、喫緊の問題は魔力を感知する方法と詠唱の構築の二つだけだろう。……その二つが、最も難易度が高いのだが。


(いったん、詠唱の構築のことは置いておこう。これについては、試行回数を増やせば、そのうちできるようになるから。でも魔力の感知については、将来に多大な影響を与えてしまうから、じっくりと考えないといけない)


 あの後、母親にどうして魔力を感知する方法が一つしかないのか聞いたことがある。何故なら、複数の魔力を感知する方法を備えて置けば、弱点なんて無くなると思ったからだ。

 でも、それはあまりお勧めできないらしい。その理由は、魔力を感知することだけで、思考のリソースを埋めてしまった場合、魔法が上手く発動できなくなってしまうからだった。


 ただでさえ、魔法は並列思考を要求する。一工程のようなシンプルな魔法だと、あまり気にしなくてもいいだろうが、三小節の詠唱が必要な魔法は、きっと並大抵なイメージを保つことすら難しいのだろう。

 

 そんな状態で、複数の魔法を感知する手段を使ってしまうと、すべてが崩れてしまう。

 魔法が発動できないだけならまだマシ。魔法の感知する手段が崩れ、しまいには自分が発動させようとした魔法が暴発する危険性すらある。だから、感知する手段は一個が理想なのだ。


(死角が存在する時点で、視覚は論外すぎる。ただ一工程が感知できない聴覚も避けたいし、触覚のような痛みで麻痺してしまう可能性があるものも排除しておきたい。それなら、何が残っているのだろうか?)


 視覚、聴覚、触覚が駄目なら、残るは味覚か嗅覚。味覚なんて論外だから、残るは嗅覚のみ。

 もしかしたら、五感以外の方法があるのかもしれないが、今の俺が思いつくことが出来たのはこれだけだった。


(嗅覚か……)


 正直、魔力を匂いで感じるなんて、想像すらしたことがなかった。

 けれど、他の感知方法が致命的な弱点を抱えている以上、残された選択肢はこれしかない。


(でも……本当に嗅覚で魔力なんて分かるのか?)


 疑問は当然だった。

 魔力は目に見えないし、音も出さない。触れれば分かるが、それでは遅すぎる。

 匂いなんて、なおさらだ。


 でも、こうしないと、いざという時に数手遅れてしまう。


(嗅覚……つまり、嗅細胞で魔力を捉えるということか。お母さんの話が本当なら、魔力は音と同じように空気中へ滲み出していく。なら、理屈の上では、匂いとして感知できてもおかしくない。けれど――嗅細胞が魔力を受容できる保証なんてどこにもない。そもそも魔力が化学物質じゃない以上、匂いとして成立するのかすら不明だ。本当にこの方法で大丈夫なのか?)


 でも、今思い浮かぶ中で一番最善な方法。だから、何とか出来るようにあるしかない。


(どうすればうまくできる……? あっ、魔力回路を利用するのはどうなのだろうか)


 今の俺の体には、長年作り上げた魔力回路が神経のように張り巡らされている。それを嗅細胞まで伸ばしていけ。

 匂いそのものを感じ取るわけじゃない。

 空気中に滲んだ魔力が、俺自身の魔力と触れた時に生じる、あの微かな違和感――それを拾えるように、魔力回路の感度を調整する。


 魔力を嗅ぐのではなく、魔力の揺らぎを感知するために、細かく、丁寧に、魔力の流れを嗅細胞へと繋げていく。


 そもそも、俺自身の体の構造は、魔力回路のおかげで手に取るように分かっている。だから――


(やれるはずだ。問題は、どれだけ精密に調整できるか)


 魔力回路は、ただ魔力を流すための管じゃない。

 魔力の流れ方、速度、圧力……そのすべてが感覚として俺に返ってくる。

 だからこそ、魔力回路を嗅細胞の近くまで伸ばすという発想も、理屈の上では成立する。


 ただし、雑にやれば終わりだ。

 魔力回路は神経と同じで、乱暴にいじれば全身の魔力の流れが歪む。

 最悪、魔法そのものが使えなくなる。


(細かく、丁寧に……だ)


 死から逃れるためなら、どんな手でも使う。

 たとえ危険でも、結果として生き延びられるのなら迷う理由はない。


 ……失敗すれば、死は確実に近づく。

 だが、成功すれば、その分だけ死は遠ざかる。


 それなら、選ぶべき道はひとつだ。


(死から逃れるために……俺は、やってやるんだ)


 魔力回路が、一ミリ……いや、その百分の一、千分の一といった、数字にするのも馬鹿らしいほどの微細な距離で少しずつ伸びていく。

 

(全身の魔力回路を応用しろ。神経反射に近い反応をさせるんだ)


 魔力回路は、ただ魔力を流すだけの管じゃない。

 刺激に対して即座に反応し、流れを調整する――まるで神経のような性質を持っている。


 なら、その反射を利用すればいい。

 魔力の揺らぎを感じた瞬間、魔力回路が自動的に反応し、嗅細胞へと情報を送るように組み替える。


 意識で追うのではない。

 魔力回路そのものに、魔力の違和感を拾わせる。


(……そうだ。俺の魔力回路なら、できる)


 あと少し。

 この一点を繋げば、魔力の揺らぎを感知できるようになる。


 (……いけ)


 最後の微調整を加える。魔力回路の先端が、嗅細胞の神経網に触れ――


 ぱち、と。


 音ではない。光でもない。

 ただ、世界の密度が一瞬だけ変わった。


(これが、この世界の真実――)


 俺の魔力回路は、予想以上の効果をもたらした。

 本来、俺が作ろうとしたものは、他の魔力が触れることによる違和感だけを感じようとするものだった。

 けれど、実際に出来上がったものはそれを超える――魔力を匂いで捉えることが出来る細胞だったのだ。


 その細胞から感じることが出来る世界は、今までとは全く違う世界だった。

 今まで、魔力は人間の胸の奥深くにしかないと思っていた。けれど、それは違う。人々が生きるこの世界には、自然界自身の魔力というべきものが存在したのだ。


 それらは、とても穏やかな香りで、気分を穏やかにしてくれるほど暖かかった。

 優しく、温かく、触れようとしたら、そよ風のように離れていく。そんな、優しい魔力。


(お母さんも、こんな世界を認識していたのかな? いや……これは魔力回路を持つ俺の特権か)


 そう思うと、この選択は間違えてなかったと思えてくる。


(よし、次は詠唱について取り組んでみよう。この世界が認識できるのなら、きっとより上手くできるはずだ)


 次は、詠唱について。

 魔法言語がどのような物かは完全に理解しているわけではないけれど、きっと大丈夫のはずだ。

 だから、もっと進んでいけ。より強くなって、死から遠ざかるために。

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