闘気
「シス、どうかしたのか?」
「ううん、何でもない」
あれから数年の月日が経ち、とうとう自分の足で立て、両親とも会話が出来るような年齢になった。
もちろん、魔法の練習はずっと続けており、今では息を吸うように電気を纏えるようになり、微弱な電気だけではあるし、方向を定めることすら出来ないけど、体外にも放出できるようになった。
また、電力を纏えば、筋肉の出力が一段階強くなり、神経の伝達も滑らかになって、身体がより早く動いてくれるようになる。
「それにしても、シスは凄いな。こんなにも動けるようになったなんて」
そりゃ、電気を使って全身を強化しているからね。
ちなみに、俺は両親のことが好きではない。何故なら、俺が魔法の練習をしている時に、何度も話しかけてきて、その度に最初からやり直しになってしまったせいだ。
俺は両親の最初の子供だから仕方がないとはわかっているし、何ならいい親って思っているから、仲良くしたいんだけど、そのせいで中々出来ない。……決して、拗ねているわけではないよ。
「そうなの?」
「ああ、闘気を使っているわけではないのに、そのくらい動けるのは、本当に凄いことなんだぞ」
「闘気?」
なんだ、それ?
聞き慣れない単語に、思わず首を傾げた。魔力とは別の何か? それとも、魔力の応用? お父さんは何を知っているのだろうか。
「お父さん、闘気ってなに?」
「あれ? まだ教えてなかったか? 闘気ってのは、人間の生命力から作られた、力を増幅させる特別な力のようなものなんだ。魔力とはまた違うんだけどな」
「魔力の説明も、今まで受けたことが無いよ……」
自分で研究したからある程度知ってるけど。
「あれ? 母さんから教わってなかったのか? てっきり教わってると思ってたんだが……」
「……」
「悪い悪い。ほら、シスって頭がいいじゃないか。だから、てっきり魔力くらいはもう理解してると思ってたんだよ」 「……理解してるけど、説明は欲しいよ」
思わず口を尖らせてしまった。
別に怒っているわけじゃない。ただ、知らない前提で話されるのは少しだけ癪に障る。
「ははっ、確かにそうだな。それなら、まずは魔力について説明しようか」
そうして、父親は地面にしゃがみ込んで、その辺にある枝で絵を描き始めた。
「……絵、下手だね」
「……言うな、自覚はしてる。それで、これが人ってことはわかるか?」
「うん」
「魔力ってのはな、人の胸の奥にある……まあ、生命力とは別のもうひとつの燃料みたいなもんだ」
「燃料?」
「そうそう。多ければ多いほど、魔法をぶっ放せる。父さんは少ないけどな」
まぁ、そんな印象だった。
今まで魔力を使ってきたが、それらを使い果たしてしまっても、倦怠感や眠気が襲ってくるだけで、人体への悪影響はあまり感じることが出来なかったから。
別に、新たな発見があったわけではない。
「魔力を多くする方法はあるの?」
「ああ、幼いころから魔力を使っていれば、より多く育っていくんだ。だけどな、それは普通出来ないんだよ。魔法を使うためには、人の体って言う壁を乗り越える必要があって、それができるほど魔力が育つのは、せいぜい五歳くらいの時だからな」
…………えっ?
まさか……魔力回路は不要だったのか?
普通の人は、魔力の多さによるごり押しで魔法を使うらしいが、俺は魔力回路という通路を作ることで、人の体という壁を突破しただけだ。
そのおかげで、スタートダッシュで同年代に差をつけることが成功したんだ。きっと、きっと無駄ではないはずだ。
(それに、より多くの魔力を育てることが出来るということだから、きっと将来役に立つ)
そう思うと、今までのことが何も無駄では無かったことが理解できた。
とは言え、今は魔力のことより、闘気の方が大事だ。きっと、父親のことなんだから、魔力より闘気の方が詳しいだろうし。
「それで、闘気って何なの?」
「ああ、闘気は魔力と違って、身体全体に帯びている力のことなんだ。これは、魔力とは違って、魔法のような特別な力に変えることは出来ず、身体強化に使うのが主な使い方なんだ」
「身体強化?」
「ああ、ちなみに俺はこの闘気の使い方が上手くて、冒険者だった時はそれなりに名を上げたんだぞ」
「へー」
「へーって、興味ないのかよ……」
だって、そんなことより闘気の使い方の方が気になるし。
(それにしても、身体強化か……)
今までは、魔力を電気に変えることで、無理やり体の動きを補助していた。でも、話を聞けば、身体強化とは闘気の方が向いているらしい。電気も反射神経の向上などのいい面もあるが、闘気が使えるようになった方が、ずっといいはずだ。
「お父さん、闘気の使い方を教えて」
「少し早いかもしれないが……まぁ、大丈夫だろ。ちゃんと、俺が見ているところだけで練習するんだぞ」
「うん!」
絶対に隠れて練習する。
でも、そんなことを言えるわけないから、俺は出来るだけいい笑顔で返事をした。
「とは言え、まずは闘気を感知するところからだ。闘気は魔力に比べると、才能の有無が少ないが、これが出来なければ、どうしようもないぞ」
「うん」
「じゃあ、まずは走るぞ」
「え?」
闘気の感知と走ることに、どういう関係があるのか全く分からない。
けれど、父さんは当然のように立ち上がり、軽く足首を回し始めた。
「闘気ってのはな、頭で考えても分かない。体を動かして、息を上げて、心臓を叩き起こして……そこで初めて闘気が分かるんだ」
理屈とかでは無く、ただの実践。
別に実践するのが嫌いというわけでは無いのだけど、俺にとって理屈では無い物は少し相性が悪かった。
その証拠に……。
「ぜぇ……ぜぇ……出来てる?」
「おかしいな。シスの歳でそこまで動いたら、闘気が使えるようになると思ったんだが……」
父さんは首を傾げているが、俺の方はそれどころじゃない。
胸は痛いし、足は重いし、息は苦しいし……何より、何も感じない。
(……これだから、理屈抜きの力は嫌いなんだ)
魔力なら分かる。流れにして、波にして、構造を作ればいい。そこに必要なのは、確固たるイメージで、感覚なんて曖昧なものは必要ない。
でも闘気は違うらしい。走って、息を荒げて、体を追い込んで……そんな雑な方法で感じられるものだと言う。
魔力に慣れ親しんだ俺の感覚では、そんな曖昧な物を感じることが出来ない。
「魔力を……闘気の代わりにすることは出来ないの?」
「出来ないことはないぞ。ただ、魔法で身体強化をする場合は、外付けの強化だから、細かい動きがかなり難しくなるんだ。だから、おすすめはできない」
外付けの強化? それってどういうことなんだろうか……俺の電気では、問題なく細かい動きが出来ると言うのに。
もしかしたら、魔術回路の有無が響いているのか? だって、俺の電気は体表だけでは無く、魔術回路を通って、体の内部まで影響を及ぼしている。
(……そうか。だから俺の電気は外付けじゃないんだ)
父さんの言う身体強化は、魔力を体の外側に纏わせて動きを補助するもの。
だから、細かい制御が難しい。
外側から押されるような動きになるからだ。
でも俺の電気は違う。
(魔力回路を通して、神経みたいに体の中を走ってる)
筋肉の収縮に合わせて電気が流れ、反応速度に合わせて電気が跳ね、体の動きに同期している。
外側から押すんじゃない。内側から動きを整えている。
(ただ、それが悪さをしているんだよな……)
普通の人間とは違って、まるで血液のように、全身に魔力が流れているせいで、闘気と魔力の区別がついていない。それが、今の俺の状態なのだろう。
闘気を使えないというわけではないが、認知できているのとできていないのでは、大きな差があるせいで、今の状態は良いとは言い切れなかった。
「今日はここまでにしとくか? 今の状態だと、もう走れないだろ」
「そうだね……」
「元気出せって。そもそも、一日二日で出来るような技じゃないんだ。気楽に練習していこうな」
そう言って、父親は俺の頭をガシガシと撫でる。
その手は大きくて、温かくて、優しい。だから、嫌いにはなれないんだ。
「あと、闘気もいいが、魔法のほうを優先したほうが良いぞ。鍛えに鍛えた人の闘気は、かなり理不尽な物だが、それでも魔法についての知識が無いと、簡単に負けてしまう。だから、お母さんから魔法について教わっていけ。……上位の魔法は初見殺しを極めたようなものだからな」
(闘気より、魔法の方を重視すべき? それって、本当にそうなのだろうか?)
そんなことを思いながら、俺たちは家の中へと戻って行った。




