魔力回路2
(一本だけだと心もとないな。もっと作らないと)
次の日、目が覚めてから最初に考えたのはそんなことだった。
昨日作った一本の魔力回路。確かに、その回路を使えば、体内の渦から魔力を取り出すことが出来た。
しかし、それはごくわずかな量であり、魔法として成立出来るほどの量は無い。
だから、もっと多くの回路が必要だったのだ。
(それにしても、渦から取り出すのにはタイムラグがあるんだよな。このままだといざって時に間に合わない)
何回も試してみた。でも、回路が小さいからなのか、渦から魔力を取り出すのには、数秒時間が掛かった。
わずか数秒、されど戦闘に置いては限りなく大きい数秒。死を遠ざけるためには、決して無視できるほどの時間ではない。
(うーん。回路を増やす? それでも時間は減らせると思うけど、それでもラグを無くすことは出来ないんだよな)
俺が目指しているのは、タイムラグを起こさずに魔法を使うことが出来るようになること。
実際、詠唱のようなものがあるから、それを成すことは不可能かもしれないけど、試してみる価値はある。
どうすれば、どうやれば……。
その時、一つの案が思い浮かんだ。
渦は体内の奥深くにある。つまり、渦を限りなく大きくして、身体全体で渦を作れば、タイムラグを起こさずに魔力を取り出すことが出来るかもしれない、と。
ならば、今から試してみよう。
(イメージするのは、中国の小周天やインドのプラーナーヤーマ。呼吸を使って、魔力を循環させろ)
呼吸をポンプに、身体を導線に。
しかし、渦は大きくならない。……いや、壁のようなものに阻まれて、一本の魔力回路以外に移動しない。
ということは、つまり――。
(まさか……身体全体に魔力回路を張り巡らせろということなのか……)
考えた瞬間、背筋に冷たいものが走った。
そんなの正気じゃない。一本作るだけでもアレほど苦労したのに、全身に張り巡らせないといけない……だと。
しかも、それだけならまだいい。しかし、適当に張り巡らせるだけでは、魔力が逆流して詰まってしまう可能性がある。
……だから、しっかりと考えて張らないといけないのだ。
(でも、そうしないと強くなれず、死を遠ざけることが出来ない。……だから、逃げることは出来ない)
覚悟を決めた瞬間、胸の奥で渦がわずかに脈動した。
まるで「やれ」と言われているようだった。
(全身に回路を張る……正気じゃない。でも、やるしかない)
昨日一本作っただけで、脳が焼けるように痛んだ。
あれを何百、何千……いや、もっと、桁が違うほど多く作る必要があるかもしれない。
普通なら無理だ。
でも、視界が揺れても、手を止めなかった。
(それじゃあ、やるしかないな)
呼吸を整え、思考を沈ませる。もっと深く、奥底の暗闇まで。
昨日よりも、深い場所へ沈んでいく。
意識が落ちていくのではない。自分の内側へ潜っていく感覚だ。
(もっと……もっと奥だ)
暗闇の底で、渦が脈動している。
昨日よりもはっきりと感じる。まるで、俺が来るのを待っていたかのように。
そして、その渦に手を伸ばす。
(うっ……)
触れた瞬間、一気に思考を持っていかれる。
苦しい、やめたい。でも、あの死に比べたら、ずっとマシだ。
確固たる自我を持って、俺は魔力の渦から力を取りだし、繊維を作るように引っ張っていく。
重い、固い、伸びない。一ミリずつ、じわじわと伸ばしていく。
身体の隅々まで、丁寧に、丁寧に。
一本の糸を通すたびに、意識が細く削られていくようだった。
(……まだだ。もっと先まで……)
糸は震え、今にも切れそうになる。
赤ん坊の身体では支えきれないほどの負荷が、じわじわと脳を焼いていく。
それでも、俺は手を止めなかった。
(死ぬよりは……ずっとマシだ……!)
渦の外側から引き出した魔力は、重く、粘りつき、思うように動かない。
まるで固まった油を無理やり引き延ばしているような感覚だ。
それでも、少しずつ、確実に伸びていく。
一ミリ。
また一ミリ。
そのたびに、視界が揺れ、呼吸が浅くなる。
(……行け……行け……!)
糸が、身体の内側をゆっくりと進む。
昨日作った回路とは違う。もっと深い場所を通っている。
もっと危険で、もっと繊細で、もっと生に近い場所。
そして――
ぷつん、と微かな手応えがあった。
(……繋がった)
新しい回路が一本、確かに生まれた。
その瞬間、胸の奥で渦が満足げに脈動した気がした。
(……よし……次だ)
限界は近い。
でも、止まる理由はどこにもなかったんだ。
――そして、身体の隅々まで魔力回路を伸ばすことが出来たのは、一年も後の話だった。
その一年は、とても長かった。
赤ん坊の身体は脆く、集中すればすぐに眠気が襲い、限界を越えれば意識が途切れた。
それでも目を覚ませば、最初に考えるのは回路のことだった。
来る日も来る日も、ずっと魔力回路を作る日々。
作っている途中で父親や母親が話しかけてくることなんてざらにあり、そのせいで完成しかけていた糸が消えてしまうことなんて、数えきれないほどあった。
それでも、やっと終わったんだ。
今では、俺の体の奥深くにあった魔力の渦が、全身の隅々にまで行き渡るようになっていた。
もう、魔力を取り出すのにタイムラグなんて無く、息を吸うように魔力を扱えるようになっていた。
(よし、これなら魔法を使えるはず……この光、旅人を導き、我が家の灯火とならん『ルーチェ ディ カンデーラ』)
しかし、魔力が動いただけで何も起こらなかった。
もしかして……もしかしてだけど、言葉として発してないから魔法が使えないのか?
そんなの、赤ん坊である俺にはどうしようもできないぞ。
(そんな……ここまでやって、まだ足りないのか?)
全身で渦が脈動する。
魔力は動いている。確かに反応している。
なのに、外の世界には何ひとつ変化が起きない。
(やっぱり……声に出さないとダメなのか?)
赤ん坊の喉では、詠唱なんて到底できない。
母親のように滑らかに言葉を紡ぐことも、父親のように大声を出すこともできない。
(ふざけるな……!)
ここまでまる一年かかった。
なのに、ここで足止めだと? そんな時間、俺の人生には無いって言うのに。
(ちっ、分かったよ。なら、俺は俺の道で強くなってやる)
――詠唱を使わない、新たな魔法を作って見せよう。
そう心に刻んで、俺は新たな挑戦を始めていった。




