成長
「お父さん! 今日こそは勝つから!」
「はっ、いいぞ。今日はどんなものを見せてくれるんだ?」
魔石をある程度戦闘で使えるようになったころ、俺はまた父親に勝負を挑んだ。
もう百近くまで連敗を重ねてしまった。けど、ようやく勝つことが出来るかもしれないんだ。
「場所はいつもの場所で、武器は木剣でいいか?」
「うん、それで」
家から少し離れたところで、俺と父親は木剣を持って向かい合う。
風が静かだ。まるで、この勝負を見守るために世界が息を潜めているように。
「じゃあ、いくぞ」
「うん、――纏え――」
電気と闘気、そして影を纏って突撃する。
速度、防御力――ともに同年代を遥かに上回る。けれど、まだ足りない。
「Hlaupa――」
体内で電気が駆け巡る。
「――Sikt――」
その電気がどんどん溜まっていき、視覚でわかるほど膨張する。
でも、父親は俺の動きに対応し、木剣を俺の進行方向へと滑らせるように差し込んだ。
「甘ぇ!」
ガキィンッ!
木剣と影鎧がぶつかり、火花のような電気が散った。俺の突撃は、父さんの一撃で軌道を逸らされる。
なら――
「――刺せ――」
俺の影から無数の針が父親の体に向かって行く。けれど、それらは父親の体に刺さらない。
闘気で守られた父親の身体は、並大抵の魔法では傷すらつけることが出来ず、ただ弾かれる結果に終わる。……でも、それでいい。
父親に当たらなかった影の針が、糸のように周囲を張り巡る。
そして――
「――Correr」
詠唱の最後の音が喉を震わせた瞬間、世界が一度だけ白く塗りつぶされた。
轟音が遅れて鼓膜を叩く。
地面を蹴った足元から雷が爆ぜるように、前方へと走り出した。
(影を足場に――)
影の針が地面に突き刺さり、糸のように広がって固定される。
その影を踏み込んだ瞬間、体が弾かれるように横へ跳ねた。
父親の想定を、完全に超えた軌道だ。
360度、どこへでも跳べる。
影がある限り――俺は止まらない。
「はっ、すげぇな!」
(嘘つけっ!)
けれど、父親はその動きにすら対応してきた。
もちろん、俺に攻撃することは出来ていないけど、俺の剣を全て防いでくる。……普通の人なら、目で追うのがやっとのはずなのに。
(なら――)
驚きが無いわけではない。
でも、父親は理不尽の権化なのだ。このくらいのことは、想定している。
「necto」
父親の背後に影空間から取り出した魔石を、そして俺の手元にもう一つの魔石を。
そして、その二つを父親を挟む経路で接続する。
バチッ――!
増幅された雷撃が、父親の体を貫く。
が――
「……効かねぇな」
父親の闘気が、雷撃を押し返すように逆流した。
雷が皮膚に触れた瞬間、まるで壁にぶつかったかのように散っていく。
魔抗すら使ってないはずなのに。
(いや、違うな。効いてはいる、ただ強がっているだけだ)
実際に、父親の動きは鈍くなった。
けれど、想定を下回っていることには変わりない。これすらこの程度しか効かないとなると――
「軋め」
影のある大地がひび割れ、父親の足元を崩す。
一瞬、一瞬でも俺から視線を逸らせることが出来れば。
「なっ――」
俺は姿を消せる。
ここは影空間の中。父親が俺から目を話した瞬間に、俺は影空間の中へと移動したのだ。
でも、この中にいれば魔力を一気に持って行かれる。そのため、長居することは出来ない。
(影空間の出入り口は、俺の影があるところ。ここに入るまでに、魔力を使って俺の影を広げておいた)
そして――俺は父親の背後から姿を現す。
死角からの一撃、これは躱せない!
「――ッ!」
鈍い音が響く。俺の木剣は父親の体に直撃した。
しかし、ダメージを受けたのは父親の体ではない。俺の木剣が、逆に折れてしまったのだ。
「嘘だろ……」
あり得ない。
確かに当たった。
影空間からの奇襲、死角からの一撃。
父親の反応速度を上回った、初めての完全な一撃だった。
なのに――折れたのは俺の木剣だ。
(……理不尽すぎるだろ)
父親はゆっくりと振り返る。
その表情には、痛みも驚きもない。ただ、ほんの少しだけ申し訳なさそうな色が浮かんでいた。
「悪いな、これが闘気の差だ」
木剣が振られる。これはマズイ。影鎧があったとしても、まともに食らったらおしまいだ。
(これは、使いたくなかったんだけどな……)
仕方がない、少しだけ。切り札を出す。
「Reflex」
木剣が顔に当たる――当たらない。
次は、蹴り――当たらない。
再び、木剣――当たらない。
父親の攻撃がスローモーションに見え、俺は全てを躱す。
いや、躱すだけじゃない。
「くっ……」
俺が攻撃を躱した瞬間、父親の体を拳で殴り、少々の電気を流し込んでいた。
一発一発の威力は小さい。でも、塵も積もれば山となる。俺の圧倒的な速度の前に、父親は後ろに下がった。
この魔法の効果はたった一つ。反射神経の向上。たったそれだけの効果。だけど、その力は圧倒的だ。
無論、弱点もある。それは、反射神経が向上しすぎるせいで、俺の思考で体が動かせなくなるということだ。
この状態では、影魔法を使うことが出来ず、良くも悪くもカウンターしか出来なくなってしまう。
「なんだ……? 今の?」
「さぁ、考えてみなよ――Paramètres――」
Reflexが防御用の切り札だとするのなら、Paramètresは攻撃用の切り札だ。
俺の身体が雷に包まれ、Reflexをも超える速度で、父親の場所へ突進する。
速さは重さ。
だが、Paramètresはそれだけじゃない。
(……来い)
父親が木剣を構え直す。
だが、俺は分かっていたように回り込み、拳が父親の腹部にめり込む。
ドンッ!
衝撃が逆流し、腕が痺れる。まるで岩を殴ったような硬さだ。
それでも、父親の身体がわずかに沈んだ。
(まだだ! こんなところで、終わるはずがない)
俺をめがけて父親が木剣が振られるが、もう俺はそこにいない。
何故なら、俺は設定されていた動きに従って、背後に回り込んでいたからだ。
そう、Paramètresの特徴は、前もって動きを設定するという点だ。
この魔法を使っている間は、俺の意志が介入できず、相手の動きすらも認識していない。
けれど、他の魔法を遥かに超える身体能力を発揮して、相手に重い一撃を何回も打ち込むのだ。
(このままいけば――)
でも、現実は甘くない。
父親の木剣が、頬を浅く裂いた。
「……ちっ」
俺の身体は、設定された軌道をなぞるだけだ。相手の動きに合わせて修正することはできない。
父親がほんの少しだけ軌道をずらしただけで、 俺の身体はその誤差に対応できない。
「避けなかった? はっ、そういうことか!」
父親の声が、確信に満ちていた。
そう――バレた。
(でもね、もう遅いんだよ)
この魔法は、Reflexとは違う。
だから、こんなも出来るんだ。
俺は背後に飛び、影空間から四つの魔石を父親の周囲に落とした。
四つの魔石から雷撃が唸り、爆発する。白い閃光が視界を焼き、爆風が俺の体を後ろへ押し返す。
俺が使うことが出来る威力を遥かに超える電撃が、父親を襲った。
「はぁ……はぁ……、これなら……いけるだろ」
高速戦闘によって、魔抗を使う暇なんて与えなかった。
だから、これは直撃したはず。
けれど――
「くっ……結構効いたな」
砂煙の中から、父親が姿を現す。
もちろん、無傷だったわけではない。その歩みは少しふらついていて、追い込んでいることは明らかだった。
でも、その少しが、限りなく遠い。
「まだ、かよっ」
指が震える。
疲労のせいじゃない。
魔力切れでも、恐怖でもない。
(……まだ届かないのかよ)
爆発の中心にいたはずの父親は、確かに傷ついている。
ふらつきもある。呼吸も荒い。
追い詰めているのは間違いない。
それでも――決定打にはならない。
俺が積み上げてきた技術も、魔石の応用も、速度も、全部合わせてもなお、父親には届かない。
(ほんと……理不尽だな、父さん)
それでも、笑いそうになる。
ここまで来れたのは、今日が初めてだからだ。
父親は砂煙を払いながら、ゆっくりと木剣を構え直す。
その動きは鈍いのに、気配だけはまったく衰えていない。
「さぁ、これで終わりだ」
魔力はもうほとんど残っていなくて、雷魔法は使えない。
けど、普通の影魔法では父親にダメージは通らない。
俺は諦めて、父親の攻撃を待った。
目を瞑る。
でも、無意識のうちに出している電磁波が、その木剣の動きを正確にとらえる。
あと、一メートル。あと、三十センチ。あと、十センチ。
……これで、終わり。
「なんてな!」
父親の後ろ、三メートルくらい離れた場所で、小さな魔石を影空間から取り出す。
父親は一瞬で振り返り、魔抗を展開しようとする。
剣を振り抜いて作る、魔力を削ぎ消す透明な壁――あれを突破するのは、どれだけ雷撃を増幅しても無理だ。
……普通の雷撃なら、の話だけど。
魔石から雷撃が放たれる。しかし、その雷撃は黒く地面を這って襲い掛かる。
俺が諦めたと勘違いしていた父親は、躱すことが出来ない。
「影雷」
雷の性質を併せ持つ影。これは実態を持たない攻撃のため、魔抗でも防げない。
本来なら長い詠唱が必要な魔法だが、魔石に詰め込んでいたから詠唱なんて必要ない。
「敵を騙すには、自分からだよ。父さん」
そして、影雷が父親に直撃し、黒い雷が体表に走る。
元から父親は限界近かったんだ。もう、耐えることなんて出来ない。
父親は地面に倒れ、ようやく動きを止めた。
これで、きっと……
「強く、なったな……」
「俺の、勝ち?」
「ああ、もう動けそうにない」
「ははっ、やっとか」
俺も地面に倒れ、空を見上げた。
空は、さっきまでの雷撃が嘘みたいに澄んでいる。
(……終わった、のか)
体が動かない。指一本すら持ち上がらない。
切り札の反動と、魔力の枯渇と、単純な疲労。全部が一気に押し寄せてきて、意識がふわふわと浮いていく。
でも、勝利したことによる高揚感は、決して消えなかった。




