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ヒロインの兄に転生して  作者: 月星 星成


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16/18

成長

「お父さん! 今日こそは勝つから!」

「はっ、いいぞ。今日はどんなものを見せてくれるんだ?」


 魔石をある程度戦闘で使えるようになったころ、俺はまた父親に勝負を挑んだ。

 もう百近くまで連敗を重ねてしまった。けど、ようやく勝つことが出来るかもしれないんだ。


「場所はいつもの場所で、武器は木剣でいいか?」

「うん、それで」


 家から少し離れたところで、俺と父親は木剣を持って向かい合う。

 風が静かだ。まるで、この勝負を見守るために世界が息を潜めているように。


「じゃあ、いくぞ」

「うん、――纏え――」


 電気と闘気、そして影を纏って突撃する。

 速度、防御力――ともに同年代を遥かに上回る。けれど、まだ足りない。


「Hlaupa――」


 体内で電気が駆け巡る。


「――Sikt――」


 その電気がどんどん溜まっていき、視覚でわかるほど膨張する。

 でも、父親は俺の動きに対応し、木剣を俺の進行方向へと滑らせるように差し込んだ。


「甘ぇ!」


 ガキィンッ!


 木剣と影鎧がぶつかり、火花のような電気が散った。俺の突撃は、父さんの一撃で軌道を逸らされる。

 なら――


「――刺せ――」


 俺の影から無数の針が父親の体に向かって行く。けれど、それらは父親の体に刺さらない。

 闘気で守られた父親の身体は、並大抵の魔法では傷すらつけることが出来ず、ただ弾かれる結果に終わる。……でも、それでいい。


 父親に当たらなかった影の針が、糸のように周囲を張り巡る。

 そして――


「――Correr」


 詠唱の最後の音が喉を震わせた瞬間、世界が一度だけ白く塗りつぶされた。


 轟音が遅れて鼓膜を叩く。

 地面を蹴った足元から雷が爆ぜるように、前方へと走り出した。


(影を足場に――)


 影の針が地面に突き刺さり、糸のように広がって固定される。

 その影を踏み込んだ瞬間、体が弾かれるように横へ跳ねた。

 父親の想定を、完全に超えた軌道だ。


 360度、どこへでも跳べる。

 影がある限り――俺は止まらない。


「はっ、すげぇな!」


(嘘つけっ!)


 けれど、父親はその動きにすら対応してきた。

 もちろん、俺に攻撃することは出来ていないけど、俺の剣を全て防いでくる。……普通の人なら、目で追うのがやっとのはずなのに。

 

(なら――)


 驚きが無いわけではない。

 でも、父親は理不尽の権化なのだ。このくらいのことは、想定している。


「necto」


 父親の背後に影空間から取り出した魔石を、そして俺の手元にもう一つの魔石を。

 そして、その二つを父親を挟む経路で接続する。


 バチッ――!


 増幅された雷撃が、父親の体を貫く。

 が――


「……効かねぇな」


 父親の闘気が、雷撃を押し返すように逆流した。

 雷が皮膚に触れた瞬間、まるで壁にぶつかったかのように散っていく。

 魔抗すら使ってないはずなのに。

 

(いや、違うな。効いてはいる、ただ強がっているだけだ)


 実際に、父親の動きは鈍くなった。

 けれど、想定を下回っていることには変わりない。これすらこの程度しか効かないとなると――


「軋め」


 影のある大地がひび割れ、父親の足元を崩す。

 一瞬、一瞬でも俺から視線を逸らせることが出来れば。


「なっ――」


 俺は姿を消せる。


 ここは影空間の中。父親が俺から目を話した瞬間に、俺は影空間の中へと移動したのだ。

 でも、この中にいれば魔力を一気に持って行かれる。そのため、長居することは出来ない。


(影空間の出入り口は、俺の影があるところ。ここに入るまでに、魔力を使って俺の影を広げておいた)


 そして――俺は父親の背後から姿を現す。

 死角からの一撃、これは躱せない!


「――ッ!」

 

 鈍い音が響く。俺の木剣は父親の体に直撃した。

 しかし、ダメージを受けたのは父親の体ではない。俺の木剣が、逆に折れてしまったのだ。


「嘘だろ……」

 

 あり得ない。


 確かに当たった。

 影空間からの奇襲、死角からの一撃。

 父親の反応速度を上回った、初めての完全な一撃だった。


 なのに――折れたのは俺の木剣だ。


(……理不尽すぎるだろ)


 父親はゆっくりと振り返る。

 その表情には、痛みも驚きもない。ただ、ほんの少しだけ申し訳なさそうな色が浮かんでいた。


「悪いな、これが闘気の差だ」


 木剣が振られる。これはマズイ。影鎧があったとしても、まともに食らったらおしまいだ。


(これは、使いたくなかったんだけどな……)


 仕方がない、少しだけ。切り札を出す。


「Reflex」

 

 木剣が顔に当たる――当たらない。

 次は、蹴り――当たらない。

 再び、木剣――当たらない。


 父親の攻撃がスローモーションに見え、俺は全てを躱す。

 いや、躱すだけじゃない。


「くっ……」


 俺が攻撃を躱した瞬間、父親の体を拳で殴り、少々の電気を流し込んでいた。

 一発一発の威力は小さい。でも、塵も積もれば山となる。俺の圧倒的な速度の前に、父親は後ろに下がった。


 この魔法の効果はたった一つ。反射神経の向上。たったそれだけの効果。だけど、その力は圧倒的だ。

 無論、弱点もある。それは、反射神経が向上しすぎるせいで、俺の思考で体が動かせなくなるということだ。

 この状態では、影魔法を使うことが出来ず、良くも悪くもカウンターしか出来なくなってしまう。


「なんだ……? 今の?」

「さぁ、考えてみなよ――Paramètres――」


 Reflexが防御用の切り札だとするのなら、Paramètresは攻撃用の切り札だ。

 俺の身体が雷に包まれ、Reflexをも超える速度で、父親の場所へ突進する。


 速さは重さ。

 だが、Paramètresはそれだけじゃない。


(……来い)


 父親が木剣を構え直す。

 だが、俺は分かっていたように回り込み、拳が父親の腹部にめり込む。


 ドンッ!


 衝撃が逆流し、腕が痺れる。まるで岩を殴ったような硬さだ。

 それでも、父親の身体がわずかに沈んだ。


(まだだ! こんなところで、終わるはずがない)


 俺をめがけて父親が木剣が振られるが、もう俺はそこにいない。

 何故なら、俺は設定されていた動きに従って、背後に回り込んでいたからだ。


 そう、Paramètresの特徴は、前もって動きを設定するという点だ。

 この魔法を使っている間は、俺の意志が介入できず、相手の動きすらも認識していない。

 けれど、他の魔法を遥かに超える身体能力を発揮して、相手に重い一撃を何回も打ち込むのだ。


(このままいけば――)


 でも、現実は甘くない。

 父親の木剣が、頬を浅く裂いた。


「……ちっ」


 

 俺の身体は、設定された軌道をなぞるだけだ。相手の動きに合わせて修正することはできない。

 父親がほんの少しだけ軌道をずらしただけで、 俺の身体はその誤差に対応できない。


「避けなかった? はっ、そういうことか!」


 父親の声が、確信に満ちていた。


 そう――バレた。


(でもね、もう遅いんだよ)


 この魔法は、Reflexとは違う。

 だから、こんなも出来るんだ。


 俺は背後に飛び、影空間から四つの魔石を父親の周囲に落とした。


 四つの魔石から雷撃が唸り、爆発する。白い閃光が視界を焼き、爆風が俺の体を後ろへ押し返す。

 俺が使うことが出来る威力を遥かに超える電撃が、父親を襲った。

 

「はぁ……はぁ……、これなら……いけるだろ」


 高速戦闘によって、魔抗を使う暇なんて与えなかった。

 だから、これは直撃したはず。


 けれど――


「くっ……結構効いたな」


 砂煙の中から、父親が姿を現す。

 もちろん、無傷だったわけではない。その歩みは少しふらついていて、追い込んでいることは明らかだった。

 でも、その少しが、限りなく遠い。


「まだ、かよっ」


 指が震える。


 疲労のせいじゃない。

 魔力切れでも、恐怖でもない。


(……まだ届かないのかよ)


 爆発の中心にいたはずの父親は、確かに傷ついている。

 ふらつきもある。呼吸も荒い。

 追い詰めているのは間違いない。


 それでも――決定打にはならない。


 俺が積み上げてきた技術も、魔石の応用も、速度も、全部合わせてもなお、父親には届かない。


(ほんと……理不尽だな、父さん)


 それでも、笑いそうになる。

 ここまで来れたのは、今日が初めてだからだ。


 父親は砂煙を払いながら、ゆっくりと木剣を構え直す。

 その動きは鈍いのに、気配だけはまったく衰えていない。

 

「さぁ、これで終わりだ」


 魔力はもうほとんど残っていなくて、雷魔法は使えない。

 けど、普通の影魔法では父親にダメージは通らない。

 俺は諦めて、父親の攻撃を待った。


 目を瞑る。

 でも、無意識のうちに出している電磁波が、その木剣の動きを正確にとらえる。

 あと、一メートル。あと、三十センチ。あと、十センチ。

 

……これで、終わり。


「なんてな!」


 父親の後ろ、三メートルくらい離れた場所で、小さな魔石を影空間から取り出す。

 父親は一瞬で振り返り、魔抗を展開しようとする。

 剣を振り抜いて作る、魔力を削ぎ消す透明な壁――あれを突破するのは、どれだけ雷撃を増幅しても無理だ。


……普通の雷撃なら、の話だけど。


 魔石から雷撃が放たれる。しかし、その雷撃は黒く地面を這って襲い掛かる。

 俺が諦めたと勘違いしていた父親は、躱すことが出来ない。


「影雷」


 雷の性質を併せ持つ影。これは実態を持たない攻撃のため、魔抗でも防げない。

 本来なら長い詠唱が必要な魔法だが、魔石に詰め込んでいたから詠唱なんて必要ない。


「敵を騙すには、自分からだよ。父さん」

 

 そして、影雷が父親に直撃し、黒い雷が体表に走る。

 元から父親は限界近かったんだ。もう、耐えることなんて出来ない。


 父親は地面に倒れ、ようやく動きを止めた。

 これで、きっと……


「強く、なったな……」

「俺の、勝ち?」

「ああ、もう動けそうにない」

「ははっ、やっとか」


 俺も地面に倒れ、空を見上げた。

 空は、さっきまでの雷撃が嘘みたいに澄んでいる。


 (……終わった、のか)


 体が動かない。指一本すら持ち上がらない。

 切り札の反動と、魔力の枯渇と、単純な疲労。全部が一気に押し寄せてきて、意識がふわふわと浮いていく。

 でも、勝利したことによる高揚感は、決して消えなかった。


 

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