魔獣
これは、あれから一年後くらいの話。
「……」
「……」
「なぁ、あれって何をやってるんだ?」
「ふふっ、お兄ちゃんとして、妹とどう接すればいいのか探っているんじゃない?」
俺は、妹とにらめっこのようなことをしていた。
うん、妹は世界で一番かわいい。もちろん、前世の世界で一番かわいいのは前世の妹。今の世界で一番かわいいのが、今目の前にいる妹だ。
どっちがほうがかわいいかって? 二人とも本当にかわいいから、比べるなんて出来るはずがない。
「……ぷい」
「なっ……」
「なっじゃないだろ、睨めっこしてばかりで、何も話しかけないんだから」
「ふふっ。そんなシスもかわいいわよ」
妹に顔を背けられた。
たぶん、これは死の次くらいには辛いことだ。なんで、こうなったんだろう?
こうなったら……
「り、リリア。魔法を見せてあげるぞ……」
「馬鹿、危険だから、リリアの側で魔法を使うな」
「いたっ」
妹に雷魔法を使おうとしたら、父親に頭を殴られた。
しかも、これは絶対に闘気を纏ってる。虐待だ。
「……闘気は禁止でしょ」
「シスだって闘気を纏ってるだろ……。それに、素の力だけだと、電気の魔法で避けられるじゃないか」
「それはそうだけどさ……」
今の俺は、微弱な電磁波を周囲に放っていて、ある程度のことなら死角でも感知が出来る。
だから、闘気を纏ってない素の力の攻撃なんて、遅すぎて簡単に避けることが出来るだろう。
だから、父親の言うことは何も間違っていない。それでも、闘気は使わないでほしい。
「リリア、あの二人のことは置いといて、こっちにおいでー」
「……とことこ」
「り、リリア……」
「なんでシスには少しも懐いて無いんだろうな? 一緒に暮らして一年になるのに」
母親に懐くのはまだ理解できる。でも、子供に闘気を使って殴るような父親にも懐いているのは理解できない。
俺の方が、絶対にリリアのことが好きなのに。
「お父さん、何で俺より、お父さんの方に懐いているのかな?」
「さぁ、安全だからじゃないか?」
「……mitto」
「あっぶな! そういうところだぞ!」
ちっ、雷魔法で奇襲したのに、闘気のせいで防がれた。
俺の魔力も増えて来たから、痛くはあるらしいけど、それでもまだ傷をつけることは成功しない。
「……魔法の練習してくる」
「ああ、いってらっしゃい。気をつけろよ」
「晩御飯までには帰ってきなよ」
「はーい」
さぁ、強くなるために訓練しないと。
でも、もうそろそろ実践に入りたいんだよなぁ。お父さんと戦うのもいいけど、力の差があるからあまりうまくいかないし……ちょっと遠出してみようかな。
電気と闘気を纏い、辺り一面の小麦畑を駆け巡る。
今まで家から離れたことはなかったけど、今の俺ならきっと大丈夫だろう。
小麦畑を抜けると、風の匂いが少し変わった。
家の周囲とは違う、湿った土と草の匂い。
初めての感覚に、胸が少しだけ高鳴る。
(……おお、なんか冒険者っぽい)
そんなことを思いながら、俺は速度を上げた。
雷の魔力が足元でぱちぱちと弾け、地面を蹴るたびに視界が一気に流れていく。
――その時だった。
「……ん?」
周囲に出している電磁波が、ナニカを察知した。それは、人間にしては小さく、動物にしては大きい生き物。
けど、明らかに異質な匂いを醸し出していた。
(なんだ、この匂い? ……いや、これは匂いじゃない。魔法の前兆だ!)
強化した身体能力を使って、一気に後ろに下がる。
刹那
元居た場所に、風の刃のようなものが通り抜けた。
その風の刃は、俺の居た位置の後方に生えていた草木をまるで紙のように断ち切った。
切断面は滑らかで、触れれば指先が吸い込まれそうなほど鋭い。
(魔法? けど、詠唱のような音なんて、一切なかった。とは言え、闘気のような物なんて無いし、一体何が起きたんだ?)
しかし、考察している暇は無い。
何者かが俺を攻撃した以上、次の一撃が来るのは時間の問題だ。
「降ろせ」
影が蠢く。
影魔法を生み出してから一年近くたった。影のことは手足のように扱えるようになったし、特異な効果を無数に付け足している。
だから、今では雷魔法以上に手数が多かった。
「舞え」
詠唱と共に、地表から無数の黒い刃が浮かび上がり、辺り一面を切り裂いていく。
その刃には、厚さという概念は無く、ただ切断という結果だけを残すための線だった。
(まあ、お父さんには切り傷しか与えられなかったんだがな)
本当に闘気は理不尽だ。
どれだけ工夫して魔法を使おうと、絶対に超えられない壁を持って足切りをしてくる。本当に憎たらしい。
でも、闘気を持たない物なら話が変わる。それが草木であれ、岩であれ、切れなかった物は存在しない。
電磁波を参考に、障害物を全て切り裂いた。
視界が開ける。風の流れと魔力の揺らぎが鼻腔を擽り、隠れる場所など、どこにもなかった。
「グル……」
低いうなり声と共に、オオカミのような生き物が姿を現す。
けれど、その獣は異質な魔力の匂いを全身から醸し出していて、普通の獣とは言い切れない。
(そう言えば……)
少し前に、母親がこの世界について教えてくれたことを思い出す。
この世界には魔獣と呼ばれる生物がいる。人間でも、魔族でも、魔女でもない。まったく別の系統に属する生き物で、 彼らは生まれつき一工程の魔法を本能のように扱う。
しかし、その一工程の魔法は、人間の詠唱在りの魔法に匹敵するほどの威力があり、魔力感知が出来ないものでは、闘いの土俵にすら立てない生物だ。
しかし、下位の魔獣は生まれつき一つの魔法しか使えず、ある程度の魔法使い及び闘気使いなら、簡単に倒せてしまうほどの生物だ。
それならきっと、俺でも勝てる。
(ま、油断はいけないから、本気で挑むけど……)
――魔力の匂い
「纏え」
俺の影が、全身を包み、黒い鎧になる。
それと同時に、キンという甲高い音が鳴り、魔獣の魔法を弾く。
影鎧の表面に、波紋のような揺らぎが走った。
魔獣の魔法が触れた痕跡だ。だが、影はそれを吸い込み、何事もなかったかのように形を保つ。
(闘気と影を合わせた鎧。やっぱし、これの強度は中々の物だよな。お父さんの魔抗も一回だけなら防げたし)
影鎧の強度のついては、これで検証できた。
次――
「跳べ」
影鎧から放たれた無数の弾丸。
それらは、目の前の魔獣に命中し、黒い糸になって魔獣の体内に浸食していく。
そのせいで、魔獣は身動きが取れなくなり、指先程度しか動かすことが出来なくなる。
(一応、これは成功。でも、弾丸の速度、効果時間に難あり、と)
実際、魔獣の動きを止められただけ。しばらくすると、効果が無くなってしまう。
その理由は簡単。この弾丸は、俺の影から離れてしまったせいで、影としての実態を保てなくなってしまうからだ。
いい案だと思ったけど、そもそも動きを留める程度なら、電気でも一瞬だけ出来るため、必要性は薄い。
ただ、相手の体内に侵入するという性質上、魔法の発動を妨害出来るという点では評価出来る。
次――
「軋め」
影のある大地がひび割れ、魔獣の体を飲み込んでいく。
ギシギシという音と共に、魔獣の後ろ脚の骨が折れ、悲鳴を上げる。
(影を使った疑似的な土魔法。うん、結構使えるな。これは)
「おっと」
骨を折られたことに怒ったのか、魔獣は次々と風の刃を俺の方へと放ってくる。
影鎧があるため、傷をつけられることは無いが、魔獣のためにも、これで終わりにしよう。
「地表にて轟け――『影雷』」
地表を黒い雷が這い、魔獣の体を包み込むように走った。
雷鳴ではない。影でもない。その中間のような、耳の奥を震わせる低い振動が大地を満たす。
魔術回路を使用してもなお、通常の言語を詠唱に組み込まざるを得なかった特異な魔術。
影に雷の性質を加えた魔術だが、これが他の魔術より優れた点は複数ある。
一つ、射程範囲。
普通の雷魔法では、空気という絶縁体のせいで、射程があまり長くない。
しかし、この影雷はあくまで影。絶縁体のような物質は気にする必要が無く、射程が大幅に長くなった。
二つ、回避の困難さ。
影雷は地表を這う影のため、地に足を着ける生物なら、回避することはほぼ不可能だと言っていい。
そして、影雷は実態を持たない魔法のため、魔抗のような技の影響は受けず、相手は闘気によるガードのような、自身の身体を直接強化することしか、防ぐ手段が無い。
例を挙げると、この影鎧も貫通することが出来るだろう。
三つ、速度。
影雷は、影であるが雷の性質も併せ持つ。つまり、対象へと向かう速度は雷と同速であり、他の影魔法とは一線を画す。
また、今では使うことが出来ないが、この影雷に他の影魔法の性質を付与できたのなら、さらに脅威度が増すだろう。
「威力も十分。これで終わり、と」
影雷が直撃した魔獣は、全身から黒い煙を上げ、確認するまでも無く、絶命していた。
今回使ったのは、影鎧を除けば魔法だけ。防御時以外は、闘気も使用してなければ、鍛えた剣術も使っていない。
また、影魔法もまだ使ってない魔法は残っているし、生まれてすぐから使用している雷魔法なんて、十分の一も力を引き出していない。
(なんか、拍子抜けだな)
今まで、父親に連敗に次ぐ連敗を重ねて来た。
そのせいで、初めての魔獣との戦闘が、少し物足りないと思ってしまう。
「ま、これはかなり下位の魔獣だったからだろ。もう少し上位の魔獣だったら、話が変わってくるか」
この魔獣は闘気を使えない様子だったが、位が上の魔獣は闘気を使ってくるという。
もしそんな魔獣と出会ってしまえば、全力を出さない限り、勝つことは出来ないだろう。
「闘気への回答を生み出さないといけないな。……あと、――沈め――」
魔獣の死体を影空間へと移動させる。
この一年で、影空間はより広くなり、停止という概念の付与に成功した。
命が無い者に限るが、この空間の中に入った物は、状態の変動が停止する。だから、魔獣の死体をこの中に入れてしまえば、腐ることは永久にない。
「それじゃあ、帰るか」
きっと魔獣の死体を見せれば妹も喜んでくれるはずだ。
そんな思いを胸に、俺は帰路に就いた。




