影
次の日。俺はさっそく新たな魔法の習得に取り掛かろうとしてた。
でも、中々うまくいかない。
新たな魔法のとして習得する魔法は、出来れば雷魔法の弱点を補う物であってほしいと思っていたのだが、それが選択肢を狭めてしまっている。
(……やっぱり簡単じゃないよな)
雷魔法は強い。威力も速度も申し分ない。
けれど――弱点もはっきりしている。
持続力も無く、防御に適した手段がほとんど無かったのだ。
そもそも、電気は物質ではない。そのせいで、電気を作っただけでは一瞬で消えてしまい、作り続けないと存在し続けることすらできない。
それに加え、壁や鎧のような防御手段としても使えない。
相手に魔法を使われた場合は、雷で迎撃するか、闘気で弾くか――その二択しかない。
どちらも瞬発力はあるが、持続性がないんだ。
(けど、土魔法や水魔法のような魔法だと、雷魔法の機動力を殺すことになるんだよな……)
かといって、風や火のような魔法だと、雷のように防御力が少なくなる。
(一工程で使える魔術であってほしいし、本当にどうしようか?)
闘気と雷魔法を組み合わせた時の速度は、自分でも驚くほどだった。
六歳にも満たない体で、父さんの反応を上回れるほどの加速が出せる。
このまま成長すれば、間違いなく俺の最大の武器になる。
(だからこそ――絶対に殺しちゃいけない)
長々とした詠唱なんてしていたら、その一瞬で速度が死ぬ。
雷の強みは考えるより先に動けることだ。
詠唱で足を止めるなんて、雷の利点を自分で潰すようなものだった。
「はぁ……何かいいの、無いかなぁ」
思わず空に向かってため息を吐く。
輝かしい青空が広がっていて、雲がゆっくりと流れていく。
俺はそのまま草の上に寝転んだ。
背中に伝わる土の感触が、少しだけ気持ちを落ち着かせてくれる。
(雷の速度は絶対に捨てられない。けど、防御も欲しい。どうすりゃいいんだよ……)
青空はどこまでも広くて、悩んでいる自分が馬鹿みたいに思えてくる。
でも、悩まずにはいられなかった。
俺が考え込んでいる間にも、雲はどんどん形を変えながら流れていき、さっきまで照りつけていた太陽の光を、ゆっくりと遮っていく。
影が俺の体を覆う。
その一瞬の暗さが、胸の奥の不安と妙に重なった。
(リリアたちを守るためには、このままじゃ駄目なんだよ)
よりイメージしやすく、より扱いやすい物。
自分の過去を振り返りながら、ゆっくりと考えを掘り下げていく。
電気、闘気、魔力……そして、死。
今まで俺が確かに感じたものたち。
特に、死の瞬間に広がったあの暗闇だけは、今でも鮮明に思い出せる。
(あれは……光が消えて、世界が沈んでいく感覚だった)
温度も、音も、色もなくなる。
ただ、深く、静かで、冷たい闇だけが残る。
(闇って……意外と形があるんだよな)
光があれば影ができる。
影は物じゃないのに、確かにそこにある。
雷のように一瞬で消えない。
風のように流れていくわけでもない。
水や土みたいに重くもない。
(……影って、案外扱えるんじゃないか?)
どれだけ速く動いても、影は俺に付いてくる。
けど、形があるだけで、雷以上に実態が無い。
もし、実態を持たせることが出来れば、きっとうまく使うことが出来る。
(魔法はイメージに従う。俺の雷魔法の身体強化だって、実際の法則では無くイメージに従っているんだ。だから、影に実態を持たせることだってできるはずだ)
俺は起き上がって、自分の影に魔力を流していく。
けれど、中々うまくいかない。これだと影に魔力を流しているんじゃなくて、影がある地面に魔力を流しているだけだ。
これじゃあ、影魔法じゃなくて、土魔法になってしまう。
(ちっ、中々うまくいかない。やはり、これは無理なのか? ……いや、解釈を発展させろ。俺自身の影は、人体の一部と言えるんだから)
雷魔法が使えるようになったのは、電気が人体に存在すると解釈したからなんだ。
影も人体の一部だと認識することさえできれば、影を手足のように扱えるはずだ。
影は――手
影は――足
影は――体
認識を変えろ。
常識は魔法の真理ではない。イメージこそが魔法の真理なのだから。
そして、バチンと言う音と共に、俺の魔力回路が何かと繋がった。
(もしかして……)
試しに、繋がったところに魔力を流してみる。すると、俺の影が揺らめき、俺の輪郭とは異なる形に変わった。
(成功した……?)
いや、まだ早い。もっと試してみないと。
思考をカット。
魔力回路に明け渡せ。
イメージさえすれば、後は最善の行動をしてくれるはずだ。
「ぐっ……」
いつもと異なる感覚が脳裏を蝕む。
それは当然だ。影という存在しないものを、現実世界に押し出そうとしているのだから、並大抵の負担で済むはずがない。
思考は明け渡すが、自我は保て。
意識の中心だけは絶対に手放すな。
「っ……ぐ、あ……!」
痛みとも異なる感覚が、俺の体を苦しめる。
でも、まだだ。まだ終わっていない。
「――オ――」
口が詠唱を作り始める。
自分の意思とは関係なく、喉が震え、声が漏れ出す。
「――降ろせ――」
その言葉と共に、影という闇が空気を押しのけるように震えながら浮かび上がる。
光を吸い込み、周囲の色を奪いながら、ゆっくりと太さを増していく。
「はぁっ……はぁっ……」
魔力回路から、ようやく思考を取り戻す。
それと同時に、世界の輪郭がゆっくりと戻ってきて、肺に入る空気の冷たさがやけに鮮明だった。
「これが、影……」
空中に浮かび上がった闇に手を伸ばす。
それは、固くも無く、柔らかくも無く、温かくも冷たくも無い。この世にあるはずのない物体。
でも、確かにそこに存在し、俺の意志で動かせる。
上限が無いわけではないが、明らかに自分の身体よりも大きな影を作ることも出来るし、もちろんその逆も出来る。
さらに、何が良いのかと言えば、最初に詠唱さえしてしまえば、その後は詠唱無しで自由自在に形を変えることが出来るという手んだ。
これなら、電気による高速戦闘にも対処できる。
(これで……いや、まだこれだけだと足りない。電気とは違って、この世に存在しない物なんだから、もっとあるはずのない性質をつけ足せるはずだ)
影に触れながら、もう一度魔力回路に思考を明け渡す……必要は無かった。
この影は俺の体に慣れ親しんでおり、魔力回路を使わなくとも、どの詠唱を使えば、どのような効果が付け足せるのか理解できる。
「沈め」
影に触れた部分から、どんどん体が沈み込んでいく。
けれど、抗おうとはしない。これが俺のイメージと同じ効果を持つ魔法なら、この先はきっと――
「ここが……」
影に沈み込んだ先、そこには小さな、けれど小さすぎない空間があった。
これは、今の魔力だけだと、この大きさの空間しか作ることが出来ないが、魔力量が多くなれば、もっと大きな空間を作ることが出来るだろう。
「うっ……」
少し眩暈のような感覚が頭を揺らした。
この空間を作ること自体は、あまり魔力を消費しない。けれど、この中に自分自身が入るのは、かなりの速度で魔力を消費し続けていた。
(負担が大きすぎるな……)
戦闘中にこの空間の中に入るのは、あまりお勧めできない。
けれど、この中に戦闘中に使う道具などを置いておくのはいいアイデアだろう。
ここなら、一瞬で道具を取り出すことも出来るし、本来なら持てない量も持ち運ぶことが出来る。
あと、本当にいざという時だけだけど、シェルターが変わりとしても使えるだろう。
この空間――影空間とでも言うべき場所は、おそらく外界の影響を一切受けず、この中にいる限りは、外からの攻撃を受けないからだ。
かといって、魔力消費量や出入り口が俺の影がある場所だけという弱点もあり、使いにくいことには変わりないのだが。
(でも、こういうことも出来るってことは、影の利便性はかなり高いってことだよな。それなら、研究をする価値がある)
そんなことを思いながら、俺は影空間から出た。
視界が反転し、足元に草の感触が戻る。
太陽の位置はほとんど変わっていなかった。
(……時間の流れは、外と同じか)
少しだけ肩の力が抜けた。
もし影空間だけ時間が速かったり遅かったりしたら、使いどころが一気に難しくなる。
だが、外界と同じ時間が流れるなら、戦闘中の一瞬の退避にも使える。
「でも、今日の練習はこれで終わりか……」
影空間の中にいた時間は一分に満たない。
しかし、たったのそれだけの時間で魔力は尽きかけており、後は電気を纏うくらいしか出来ることが無かった。これでは、魔法の練習なんて出来やしない。
「はぁ、闘気の練習でもしとくか」
出来ることなら、今の感覚が残っている内に、もっと影魔法を拡張させたかったのだが、それは出来そうもない。
俺は、失望半分期待半分で立ち上がり、闘気の練習を始めていった。




