妹
そして、しばらく月日が経ち、六歳の誕生日が近づいてきた。
あれからは、魔法の練習だけでは無く、父親から剣の扱い方や闘気について教わっていた。
剣については、才能があったらしく、どんどん成長していったし、闘気についても魔力回路が邪魔をしていたせいで、中々感知することが出来なかったのだが、とうとう使えるようになった。
じゃあ、何でこんな語りをしているのかというと、とっても重要なことが起きた日だったからなんだ。
それは、世間一般から見てもそうだし、俺から見ても、重要で……同時に何よりも重要なことが発覚した日でもあったんだ。
「シス! 妹が出来たのよ!」
母親がそう言って、手に抱えた赤子を俺の方に見せてくる。
そう、今日は俺に妹が出来た素晴らしい日だったのだ。
母親は、数か月前からお腹が大きくなっていて、父さんも「そろそろだな」なんて言っていたけれど―― 実際に目の前にすると、胸の奥がぎゅっと熱くなる。
「……ちっちゃい」
思わず声が漏れた。
母さんの腕の中で眠っている赤子は、本当に小さくて、俺の手の平よりも細い指をしていた。
妹が出来たことはすごくうれしい。
でも、それ以上に怖かったんだ。
俺の前世にも、妹はいた。その妹は、とってもかわいくて、俺が生きている理由にもなっていた。
もちろん、妹も俺のことを慕ってくれていて、互いに支え合って生きていた……そのはずだったんだ。
でも、妹は自殺した。自殺した場所には遺書が残されていて、俺が自殺する前に読んでみたのだけど、そこには俺に対する謝罪が永遠と書かれていたのだ。
大学に行きたかったはずなのに、わたしの学費のために高校を中退させてごめん。友達が一人もいない学校生活を遅らせてごめん。そんな謝罪が、永遠に。
(なんで……)
あの時の気持ちは、今でも胸の奥に刺さったままだ。
妹は俺を責めていなかった。
むしろ、全部自分のせいだと思い込んでいた。
でも、本当は違う。
(守れなかった……)
その事実だけが、前世の俺の心を壊した。
だからこそ――今、母さんの腕の中で眠るこの小さな命を見ていると、胸がぎゅっと締め付けられる。
この妹と、前世の妹は別人だ。
そんなことは、百も承知。でも。つい重ねてしまう。
この子には、死を経験してほしくない。アレはとっても辛くて、冷たくて、暗い物だから。
(絶対に……)
「シス?」
母さんが不思議そうに俺を見つめる。
気づけば、俺は赤子を見つめたまま、拳をぎゅっと握りしめていた。
「……ううん、なんでもないよ」
そう言いながら、そっと妹の顔を覗き込む。
小さな鼻。小さな口。かすかに動くまつげ。
前世の妹とは違う。
でも、同じように小さくて、同じように温かい。
(今度こそ……守りたい)
「お兄ちゃんになったんだから、妹のことは守らないとな!」
「うん、当然のことだよ」
当然のこと。
妹が死ぬくらいなら、俺自身が死んでやる。
死の辛さを知っている俺だからこそ、こう言い切ることが出来る。
「そう言えば、この子、何て名前なの?」
まだ妹の名前を聞いて無かった。
どうせなら、最初に話しかける時は、名前を読んであげたい。
「そうね。この子の名前はリリアよ。花の名前から取ったの。強くて、でも優しい子に育ってほしいって思ってね」
母さんがそっと微笑みながら言った。
「リリア……」
どこかで聞いたことがあるような名前。なんで、そんな印象を抱いたのかはわからないけど、今はそんなことがどうでもよかった。
柔らかくて、温かくて、守りたくなる名前。何度でも、その名前を呼びたい。
「リリア、僕がお兄ちゃんだよ。これから、よろしくね」
そう言うと、リリアは優しく俺の手を握り返してくれた。
暖かくて、優しくて、柔らかい。そんな小さな手で。
(もっと強くならなきゃ。リリアを守っていけるように)
その想いを胸に誓って、俺は強くなろうとした。
そして――。
――――――――――――――――――――――――
その日の夜
俺は眠りをつくことができなくて、みんなが寝た夜中に家の天井で星を見上げていた。
どうやってここに来たのかって? 電気と闘気を纏えば、この程度のこと簡単にできる。
夜風が頬を撫でる。昼間の温かさとは違う、ひんやりとした空気。
俺が生まれた家は、木造の二階建てで、のどかな田舎風景が広がっている。
他の家は、一面の小麦畑の中に、二~三軒見える程度で、かなりの田舎だった。
そんな場所で見る星空は、前世では見たことも無いほど綺麗な景色であり、俺はよくこうして天井に登っては、ぼんやりと眺めていた。
……いや、ぼんやりは嘘だな。魔法のことを考えながら、ずっと宇宙を見上げていた。
でも、今日は違う。
何か大切なことを見逃しているような気がして、心が落ち着かなかったんだ。
(リリア、リリア……どこかで聞いたことがあるんだよな)
胸の奥がざわつく。
昼間からずっと感じていた違和感が、名前を思い返すたびに強くなる。
(前世の妹の名前は……違う。じゃあ、どこだ?)
星を見上げながら、ゆっくりと記憶を辿る。
前世の記憶は、全部が鮮明なわけじゃない。
でも、妹が関わった部分は、全部覚えてる。
『――ちゃん! この…………』
あと一歩、あと一歩でわかるような気がする。
『お兄ちゃん! このゲームやってみない?』
『ゲーム? 何これ?』
『新作だよ! ほら、ヒロインの名前が――』
そこまで思い出した瞬間、胸の奥がどくんと跳ねた。
(……そうだ)
前世の妹がよく遊んでいたゲーム。
俺は時間が無くて、結局できなかったけど、妹がいろいろ教えてくれて、いつかやってみたいなと思っていた作品。
『リリアっていうの! 可愛いでしょ?』
その声が、夜空の下で鮮明に蘇った。
(……リリア)
前世の妹が、目を輝かせながら語っていたあの名前。
確かに、あのゲームには魔法や闘気と言った物が存在していたはずだ。なんで、なんで今まで気づかなかった。
この世界は、あのゲームの中の世界かもしれないなんて。
そして、胸がぞくりと冷たくなる。
ゲームの内容は、妹が語った部分しか知らない。
でも、その断片の中に、忘れられない言葉があった。
『このヒロインって辛い過去を背負っているんだよね。このゲームって、七人の魔王がいるんだけど、本編が始まる一年前に、そのうちの一人が攻めてきて両親と兄を失ったんだ』
(……両親と、兄)
ゲームの設定。
妹が語っていた悲劇。
そして――今日、生まれた俺の妹。
(リリア……)
名前が一致しているだけじゃない。
設定も、雰囲気も、世界の構造も、あまりにも似すぎている。
(このままじゃ……俺が死ぬ)
詳しい年代は覚えていないが、確定している未来だ。
しかも、俺だけじゃない。両親も死ぬ。
一度死んだ俺は、その苦しさを知っている。
それを両親に味わわせるなんて、絶対にできない。
「たぶん、このままだと駄目だ」
本編まで十数年ほどだろう。
それまでに、魔王に勝てるほど強くならなければならない。
雷魔法だけでは足りない。
剣も、闘気も、もっと磨く必要がある。
(妹を取り残したくない)
大切な人を失う辛さを知っているからこそ――
(俺は強くなるしかない)
「もっと、もっと強くならなきゃ」
満天の星空の下で、俺はそう誓った。




