実践!
「お父さん! ちょっといい?」
勢いよく部屋に飛び込んだ俺に、父さんは目を瞬かせた。
「シス、どうかしたのか?」
「ちょっと、相手になってほしいの!」
言った瞬間、父さんの眉がわずかに動いた。
俺の声が、いつもより少しだけ高ぶっていたからだろう。
「相手になってほしい? それってどういうことだ?」
「模擬戦相手になってほしいの! 魔法が使えるようになったから!」
「魔法? あぁ、母さんが言ってたやつのことか。いいぞ、俺でいいのならいくらでも相手になるから」
よし、これで俺の魔法がどれだけ通用するのかが理解できる。
結果は予想もつかない未知のことなんだけど、それがとっても楽しみだった。
俺と父親は二人とも外に出て、お互いに木剣を持って向かい合う。
「準備はいいか?」
「うん、いいよ」
「じゃ、始め!」
父親が始めと言った瞬間、電気を纏って地面を蹴った。
ぱち、ぱち、と体表の雷が跳ねる。
それらの電気が身体能力を強化させて、今の歳では考えられないほどの速さと力を生み出していく。
「へぇ、これがシスの魔法か。闘気じゃなくて魔法でこれほどの強化するなんて、さすが俺の息子だな!」
俺の魔法を見て、父親が褒めてくれる。
でも、俺の魔法は、この程度ではない。
「Hlaupa――」
体内で電気が駆け巡る。
「――Sikt――」
その電気がどんどん溜まっていき、視覚でわかるほど膨張する。
「なっ――」
それを見て、父親は驚きの声を上げる。
でも、もう遅い。
「――Correr」
詠唱の最後の音が喉を震わせた瞬間、世界が一度だけ白く塗りつぶされた。
轟音が遅れて鼓膜を叩く。
地面を蹴った足元から、雷が爆ぜるように前方へと走り出した。
視界の端で、父親の表情が強張る。
驚愕と、ほんの少しの恐怖。
けれど、父親も反応できないわけではない。
すぐに木剣で俺の突進を防ごうとする。
木剣と木剣がぶつかる。
――そして、父親の木剣が勢いよく打ち上げられた。
「――っ!」
父親が息を呑む。
木剣は弾かれたというより、叩き上げられたと言った方が正しい。
雷の勢いが、父さんの腕の力を一瞬で上回ったのだ。
「くっ……!」
父さんの足が半歩、後ろへ滑る。
衝撃で手首が痺れたのか、木剣を握る指がわずかに震えていた。
――今だ!
「mitto」
腕を構え、電撃を前方へ押し出す。
ぱちん、と空気が弾けた。
次の瞬間、雷光が一直線に走り、視界が白く染まる。
太く眩い電撃が、父親の体に直撃したのだ。
(どうだ……?)
強力な魔法と言っても、まだ五歳にもならない子供の魔力だ。殺傷力に関して言えば、無に等しい。
でも、雷撃は雷撃。きっと軽いやけどくらいはしているはずだ。
(やりすぎたかな……)
まだ砂煙が舞っていて、どうなったのかはわからない。
胸の奥が、じわりと冷たくなる。 風が吹き、砂煙がゆっくりと晴れていく。
その向こうに――影が立っていた。
「ははっ、すげぇな! その歳でここまで強力な魔法が使えるなんて!」
無傷――父親は、傷一つもついていなかった。
ありえない。
いくら子供の魔法だったとはいえ、そんなことはありえないはずだ。
なのに、実際はそうなっている。
「なんで……」
「これで終わりか?」
「いいや、まだっ!」
再び、電気を纏い、父親に斬りかかる。
でも、一度見せてしまったからなのか、同じ動きは二度と通用せず、当たることすらない。
(……読まれてる)
父さんの動きが、さっきとはまるで違う。
雷で強化された俺の速度を、完全に見切っている。木剣を振るたびに、空気の流れが変わる。足の運び、重心の移動、視線の揺れ――全部が俺の攻撃の先を捉えていた。
(なんで……? さっきは当たったのに)
このままだと、じり貧だ。永遠に躱され続けて、魔力切れで自滅する。
だから、勝負を決めるのなら、一気に行くしかない。
強化された身体能力を使って一瞬で距離を取り、地面に手を添える。
さっきは効果が無かった。だから、工夫をどんどん増やしていけ。
「mitto――difusión」
詠唱の二音目が喉を震わせた瞬間、地面に触れていた指先から雷が走った。
付け足した効果は拡散。さっきは直線状に飛んで行ったが、今の魔法は一気に広がって、父親の周りを包み込むように収縮する。
これならきっと――
「へぇ、やるな」
しかし、父親はこの魔法を見て、驚きもせず、改めて木剣を握り直した。
そんなもので、魔法なんて防げないはずなのに。
「まぁ、見とけよ。これが、魔抗という技だ!」
その言葉と共に、父親は木剣を大きく振り抜いた。
――瞬間、空気が揺れた。
雷撃が父親の周囲を包み込むはずだった。
だが、木剣が振られた軌道を中心に、まるで見えない壁が生まれたように、雷が弾かれ、散らされ、霧のように消えていく。
「……え?」
俺の目の前で、雷が消された。
拡散した雷撃は、触れれば確実に痺れを与えるはず。
だからこそ、勝負を決めるつもりで撃った。
なのに――
「ついでに、応用も見せてやるよ」
上段からの振り下ろし。
ただの木剣の一撃――のはずだった。
だが、違う。
振り下ろされた軌道に沿って、空気が震え――次の瞬間、俺の足元の地面が裂けた。
「っ……!」
衝撃が遅れて胸に響く。
父さんの剣が触れてもいないのに、地面が抉れ、砂が跳ね上がる。
(これ……魔法じゃないのに……!)
結果を言えば、俺は父親に手も足も出なかった。
どうしようもない惨敗。
何をしたところで、通用するイメージが湧かなかった。
「ははっ、シスも強いが。まだまだな」
「……お父さん、今のどういうこと?」
体を起こして、父親に質問する。
父さんは木剣を肩に担ぎ、少しだけ息を整えてから答えた。
「今のは魔抗って技で、一定以上闘気を鍛えた者のみが使える技だな。本来の用途と言えば、魔法の打ち消しだな。これさえ使えば、大抵の魔法を撃ち消せるし、使い方を変えれば今みたいに遠くの相手にも、攻撃することが出来る」
「魔抗……でも、最初に使った電撃は、そんな技を使う暇が無かったはずだよ」
「ああ、それは単純に、俺の闘気の鎧を貫けなかっただけだな。闘気は鎧のように使うことが出来るから、並大抵の魔法は効かなくなるんだよ。……もちろん、闘気を鍛えないといけないがな」
今の闘気……初めて見たけど、あれは魔法とはまるで違う。
魔力の流れでもない。詠唱の形でもない。学問も工夫も無い、ただの力の奔流だった。
「そんなの、理不尽じゃん」
「そうだぞ、鍛えた人の闘気は理不尽なんだ。魔法なら、強力な代わりに弱点などが合って、番狂わせが起きたりするが、闘気に関しては足切りしてくる。だから、とても理不尽だ。とは言え、かなり上位の魔法なんて、初見殺し過ぎて、どうしようもなかったりするわけなんだがな」
確かに、前もそんなことを言っていた。
その言葉の意味が、今ようやく理解できた気がする。
「それに、シスの魔法も中々だったぞ。あれぐらいの威力を出すには、本来三小節くらいかかるはずなんだが、シスの場合は一節しか使わない魔法もあって、しかもかなり短い小節になってるんだからな。闘気使いからしたら、あれは厄介すぎる。詠唱の隙ってものが無に等しいんだからな」
そう言いながら、父親が頭を優しく撫でてくる。
大雑把で、されど優しさが込められている撫で方。
(……悔しいのに)
胸の奥が、じんわりと温かくなる。
さっきまで全力でぶつかり合っていた相手の手とは思えないほど、その掌は穏やかだった。
「シス。強くなりたいなら、今日みたいにどんどん挑んでこい。俺はいくらでも相手になる」
「……ほんとに?」
「ああ。お前の魔法は、俺が思ってる以上に伸びる。だから、止まるな」
父さんはそう言って、俺の額に軽く拳をこつんと当てた。
痛くはない。ただ、まっすぐな気持ちだけが伝わってくる。
(負けたのに……嬉しい)
悔しさと嬉しさが混ざって、胸の奥がぐちゃぐちゃになる。
でも、その感情が嫌じゃなかった。
「次は……もっと強くなるから」
「おう。楽しみにしてるぞ、シス」
父さんの笑顔は、雷よりも眩しかった。
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