八、事件も済んで日も暮れて
長かった夏休みが明けて、いよいよ後期の授業が幕を開けた九月末。うっすらと秋の涼しい空気が顔にまとわりつきだした頃、僕は若旦那の運転するシトロエンで市営墓地の一角にある共同墓――紆余曲折の末、実家のある九州との分骨という形で共同墓地へ収まることになった一ノ瀬助手のお墓参りへと出かけることになった。
「――ねえ、例の件、いちおう大倉さんには教えた方がいいんじゃないかな?」
「例の件? なんのこと若旦那」
お供えの花とお菓子をおいて帰ろうとした矢先、桶と柄杓を持っていた同居人の彼が妙なことを口走った。その不思議な言い草に首を傾げていると、若旦那はああ、あれ、とどこかソラとぼけたような表情を覗かせた。
「ほれ、一ノ瀬助手の発見に一役買った、野生の『ひざし』。あれの生えてた理由が遺体の見聞でわかったんよ。奴さん、差し歯に種を埋め込んでたんや」
「え、ええっ?」
なんとも意外な答えに呆気にとられるこちらをよそに、若旦那は話を続ける。
「どうも、そいつが経年劣化で割れたところから芽が出て膨らんで、っちゅう寸法らしいねんな。思い出を忍ばせるにしちゃあちょっと手が混んでどるが、まさか……」
「まさか……?」
だが、そこから先の結論は若旦那の口から出ることはなかった。ただ、彼はにっこり笑って、
「どないな悪人かて、死ねば等しく仏様や。あとのことは閻魔さまにでも任せて、ボクらはおいとましようや」
それで話が沙汰止みと決まると、あとは駐車場に向けて帰るばかりとなった。なんとなくそこで弾みがついたのか、僕は若旦那たちに例の畑のその後を打ち明けることにした。山間で管理も手間だから手放す代わりに、例の『ひざし』はよそへ畑を借りて、一家でまた栽培してみようということになったのだ。
「うまくいったら、また来年あの黄色い西瓜が食べられるはずだよ。まあ、うっすら期待してて」
「そいつァよかった。なにせあれを食べられたのは身内以外じゃボク一人だけやったしな。どーも悪い気がしてたんや」
若旦那の言葉に、同居人の彼はそんなに食い意地張ってないよ、とちょっと不機嫌そうな顔をしてみせる。
――じいちゃん、今度は僕が、『ひざし』を育てるからね。
決意がさらに固くなったことを再確認すると、僕はふたたび、若旦那の運転するシトロエンの車中へ収まった。傾き始めた夕焼け空の下をしばらく走っていると、通っていた学校の近くで長い渋滞にひっかかった。これは動き出すまでかかるな、と三人で話し合っていると、すぐ隣の歩道を聞き覚えのあるかけ声とともに、馴染みのあるロゴを刷り込んだユニフォームの一団が走り抜けていった。
「――あれ、オークラちゃんのいた部とちゃうか?」
問いかけにそうだよ、と答えると、若旦那は眉をハの字にして、
「ようやるわあ。そろそろ衣替えやのに、あないに薄手のユニフォームで走り込みなんて……」
「うちの学校、文武両道がモットーでね。中等部、高等部と六年上がってく生徒は並の学生よりタフに出来てるんだ」
「なるほどなあ。となるとオークラちゃん、きみもさぞかしモテたやろねえ。背はあるし、美丈夫やし……」
ようやく信号が変わり、ゆっくり速度を増すシトロエンの後部座席に軽いGが加わる。
「そこはせめて、美丈夫じゃなくて宝塚みたい、って言ってほしいなあ。たしかに、バレンタインデーはお姉さま、お姉さまってやって来るおっかけから逃げるのが大変だったよ」
「おやおや、日頃自分のことを僕僕言うとる子がなにを言い出すかと思ったら……」
こればかりは若旦那に軍配を上げざるを得ない。小さなころから、男子と遊んでいる方が気楽でずいぶん生傷を作っていたのを見かね、親が半ば強引に女子校を選ばせたのだから――。
しかし、子供の頃のやんちゃな根っこがそのまま残っていたおかげで、若旦那へ気楽に相談が出来たのだから、何がどうなるかはつくづくわからない。遠いビルの谷間にゆっくり落ちる夕焼けを前にして僕――大倉歩美は過ぎゆく夏の名残のような夜風をゆっくり賞翫することにしたのだった。




