五、南紀白浜から来たハガキ
若旦那の言う通り、翌日すぐに警察の人が姿を見せた。もっともそれは警察署ではなく、実家から少し離れたところにある若旦那の家の、こじんまりとした洋間で行われたのだが――。
「大倉さん、ありがとうございました。おかげで捜査の方も一歩前進です。さっき教えていただいた、喫茶店でお会いになった学生さんたちへは、また後日お話を伺うことにしましょう」
「これでひとつ、若旦那に貸しが出来たってことになるな。まあ、せいぜい頑張れよ――」
「それじゃ先輩、お先に失礼します」
来ていたうちの一人、所轄の右京署の若い刑事さんが先に出て行くと、あとには若旦那たちと僕、そして、何かと若旦那が世話になっているという、京都府警本部の強面の警部さんが残った。柔道部にでもいそうな、ごつい体躯の警部を前にどことなく落ち着かないまま視線をくれていると、
「まあ楽にしなさい。オレの方はさっきと違って、さほど深刻な話ではないから……」
「は、はい」
お見通しだったか、と肩の力を抜くと、僕は同居人の彼が淹れてくれたアイスティーへ口を付けた。
「だいたいの話は昨日遅くにこいつから聞きましたが、なんというか……不思議な話だ」
警部さんのちょっと困ったような表情に、吹き出しそうになるのを我慢していると、それまで沈黙を保っていた若旦那が口を開いた。
「同じ京都市内で、というところまでは流せても、同じような黄色い西瓜が、ってなると、偶然として片づけるには無理がありますわなあ」
箱に入った最後の一本をくわえると、若旦那はロングピースの包みを丸めて袂へしまい、代わりに出したライターをあてがった。
「――で、警部さん。例の件……二つの西瓜のタネの鑑定、どうにか実現出来ませんやろか」
「それなんだがな。ここだけの話、かなり実現の可能性は高い」
「ほう?」
身を乗り出す若旦那につられて、お給仕をしていた同居人の彼、そして僕も同じように警部さんへ顔を寄せる。
「あのホトケ、もしかしたら行方知れずのうちの家族かもしれない、という問い合わせがずいぶん来てるらしい。で、過去の行方不明者の一覧と付き合わせる関係で府警のほうへも応援要請が来てる。こうなれば、関係資料である例の西瓜のほうにも鑑定の必要性が出てこようというものさ。なに、捜査会議の席でなんとかねじ込んでみるよ――」
「すんまへんなあ、いつもいつもわがまま言うて……」
「気にするな。その何倍も、お前さんの知恵に府警は助けられてるんだから。大倉さんも、昨日の出来事ではファインプレーでしたよ」
「ど、どうも……」
賞罰なしで通っているので、どうもこうやって褒められるというのはむずがゆい感じがする。
「まあ、とりあえずあとの差配はオレたち玄人に任せて、ゆっくり夏休みを楽しめ。勤めに出ると、こういう時間も貴重になってくるからな」
「警部さんがそういうと、イヤにオモミがあるから困るなあ……友達おらへんかったん? 大学の時」
「こいつめ!」
警部さんの放った軽い肘鉄に若旦那がオーバーなリアクションを見せ、洋間は笑いに包まれた。考えてみれば、祖父の葬儀いらい、あまりおかしい、という感情とも縁がなかった。こちらに気を使って、ということでもないだろうけれど、他愛もないそんな光景が、今の僕にはひどくありがたかった。
それからしばらく、警部さんの言うとおりに穏やかな日々が流れていった。新盆も無事にすみ、テレビ越しで五山の送り火を見届けると、八月ももう後半へと差し掛かってきた。
その間、若旦那から来たのは捜査の進展報告ではなく、旅行先の南紀白浜から投函された絵はがき一枚きりだった。
「向こうものんびりしてるんだし……こっちも遊ばなきゃ損だよなあ」
海水浴と山遊びに興じているらしい若旦那につられて、ずいぶん前に買った水着を出すと、僕は知り合い二、三人へ声をかけて中書島のプールへと出かけることにした。もっとも、はしゃぎすぎて滅多に使わない筋肉を酷使したせいか、次の日は筋肉痛がひどかったのだが――。
さて、そうこうするうちに約束通り、若旦那から連絡があった。お土産を受け取りに久々に「トリオ」へ入ると、珍しくアロハシャツを着込んだ若旦那が日に焼けた顔を僕の方へと向けた。
「いいなあ、南紀白浜に泊まりで海水浴だなんて……。こっちなんか日帰りの市民プールだよ。さすが、いいとこのボンは違うねえ」
「まあまあ、そう言ってくれなさんな。いちおうこれ、事件の解決報酬ってことで依頼者からプレゼントされた旅行でな。つまるとこ、労働に対する正当なる対価っちゅうわけ。結構面倒なヤマやったんよ?」
「あ、なるほど……」
てっきり親にでもねだった旅行なのかと思ったが、そういう訳でないのなら事情は変わってくる。勝手な憶測をわびつつ、名産の梅を使ったお菓子の詰め合わせを受け取ると、他愛もない雑談へと会話は移った。
「そういや、留守の間になんかあらへんかった? 警部さんにはこっちからも手紙出したけど、音沙汰なしやし……」
「そういえば……なんもないなあ」
それきり、僕と若旦那の間を妙な沈黙が支配した。ここからどう話を紡いだものか――考えあぐねているうちに、あれよあれよとアイスコーヒーの氷が溶けてしまった。
「――どやろ、このあと暇やったら府警本部に顔出してみるけ? ボクなら顔パスみたいなもんやし、会うのは簡単よ」
断る理由が見あたらず、僕は若旦那が一本吸い終わるのを待って、往来で拾ったタクシーで御所の南にある府警本部へと急いだ。
正門の前でタクシーを降り、車寄せのほうに向かって若旦那と歩き出した時だった。背後でゆるやかに車の止まる音がしたかと思うと、
「おおい、どうしたんだあ……」
覚えのある声に振り返ると、セダン型のパトロールカーの後部座席から、この前会った警部さんが顔をのぞかせている。どこかへ用事があって、その帰りがけらしい。
「警部、ちょうどええとこに戻ってきましたなあ。旅行のお土産渡す方々、例の件の進捗が伺いたくって――」
「――なに、お前もか」
そう言い切らないうちに、警部さんはドアを開け放ち、パトカー駐車場へ回すように命じてこちらへと降り立った。
「ちょうどいい、お前さんの方にもいろいろ伝えたい話があったんだ。――結構ややこしい話になってきたぞ、例の西瓜の件」
「え、ええっ?」
元が険しい顔立ちの人が困ったような表情をのぞかせるとどうなるのか。その好例が、今僕の目の前に控えていた。




