三、若旦那、捜査を開始する
「……今まで大変やったやろぉ、そないな経験、人に打ち明けられんとずっと胸の内に閉まってて」
「えっ、あ、ああ……」
話が終わり、しばらく腕組みをして考え込んでいた若旦那がおもむろに口を開いたので、僕はちょっとまごつきながら返事をかえした。いつの間にか日も暮れて、あたりの景色には夏の夕闇特有のけだるいような色味が差している。
「ほかならぬ身内のことやというのに、今の今までよう黙ってられたもんやで。その精神力だけでも、オークラの普段の気の強いのがわかるで」
「それ、褒めてるつもり?」
「さあて、取り方は人それぞれやけど……」
食べ終わった西瓜の皮が早くも干からびだしているのを見ると、若旦那は袂から洒落た鼻紙入れを取り出し、白い平皿の上へ指を這わせた。見れば、二、三粒の種が若旦那の指に挟みこまれている。
「――これと、もしまだあるんやったら、西瓜の残りも拝借してよろしいかな?」
「別にいいけど……種なんて持って行ってどうするのさ」
「もちろん、そもそものこの西瓜の出どころを調べるためよぉ。おそらくそれが、すべての始まりと見て間違いなさそやし……。それに、サンプルは多いに越したことないしねえ」
そう言って、若旦那は綺麗に四つ折りにした鼻紙を懐へ差した長財布へそっとしまい込む。普段から仕草の整った男だとは思っていたが、こうしてまじまじと見ることがあろうとは夢にも思わなかった。
「とりあえず、農学部の誰か暇そうなのに頼んで調べてもらうわ。どういう謂れの西瓜なンかの鑑定は専門家に任して、こちらはしばしお休みと、こういうこと。それでもかまへんかな?」
「うーん、まあ、それが一番よさそうな方法かなあ……」
僕ひとりでどうにもならないからこそ、ほかならぬ若旦那を呼んだわけである。ここはすべてを彼に任せることに決めて、僕はひとまず、冷蔵庫に控えている丸々とした西瓜を運ぶ準備を始めた。
ビニール風呂敷に西瓜を包み、家の戸締りを済ませると、僕は若旦那の愛車に乗って祖父の家を発った。年代物のフランス車、シトロエン2CVのぽこぽこというエンジン音が遠ざかる景色に向かって流れてゆく。冷房もない、ドアの隅の三角窓から流れ込む夕風に吹かれるうちに、いつの間にやら、僕は深い眠りの中へと落ち込んでしまっていた――。
「――もしもーし、オークラちゃんやあい」
肩をゆさぶられて目を覚ますと、いつの間にか家の最寄りである烏丸今出川の裏小路にシトロエンは停まっていた。すっかり日は落ちて、遠目に見える往来からは店の看板の刺さるような明かりがこちらの目へと飛び込んでくる。夏の夕焼けはこんなに落ちるのが早かったかと驚いていると、
「すまんなあ、あんまりよう寝とるからしばらくほっといたんよ。ぼちぼち七時やで」
帯に挟んだ懐中時計を抜く若旦那に、僕はそんなに寝ていたのか、とさらに驚く羽目になった。
「そんなことなら、派手に起こしてくれればよかったのに。若旦那、そっちは時間大丈夫なの?」
「なあに大丈夫。家で同居人がメシを前にツノ生やして待っとるくらいや」
「それは結構大ごとなんじゃないかなぁ……」
「まったくその通りや、早く帰らんと今日が命日になる」
冗談交じりにスターターを回すと、若旦那はヘッドランプのスイッチを入れて帰り支度を始めた。大急ぎで車を降り、あとはよろしくとだけ伝えると、
「任せときぃ。そいじゃ、おやすみぃ……」
助手席の窓越しに軽く手を振り、若旦那はリバースに入れたギヤで細い小路を器用に、後ろ向きで出て行ったのだった。どこかで市営バスの寝ぼけたような警笛が、雑居ビルの壁面にこだまして空へと上がっていった。




