2話
昼食を食べ終えたレスターは、マーカス宅へと向かっていた。
「マーカスさんが何の用あるんだろ?俺何かしたかな・・・。駄目だ、心当たりしかない」
「なんの心当たりだ?」
「うわぁ!?」
いきなり後ろから声を掛けられたレスターは素っ頓狂な声を上げてしまった。
怪訝な顔でレスターに視線を向けるのはマーカス。この村の村長をしている人間だ。昔は冒険者を生業にしていたためか、頬に傷跡があり、迫力のある顔をしている。
そんなマーカスに対して、レスターは誤魔化しの表情を浮かべながら用件を尋ねた。
「ルシェルから俺に用があると聞きましたけど」
「あぁ、ここで話す内容でもないから家に上がってくれ」
マーカスは自分の家を指し、レスターを中へと招く。大きな木造家屋で代々村長の家としてこの村にある立派な家だ。
招かれるまま、マーカス宅へお邪魔したレスターは、応接室の席へと腰かけた。マーカスはレスターの向かい側に座る。
「まずはよく来てくれたレスター。アーケインの整備も感謝する」
「気にしないでよ、機械いじりが好きなのは知ってるでしょ」
「そうだな。お前は昔から守り神様の手入れもしてくれているからな。どうだ、何か新発見とかはあったか?」
「何も変わりないよ。相変わらず動く気配もない」
レスターの回答にマーカスは、そうか…と少し残念そうで、それでいてそうだろうな…という納得を含めた反応をする。
「さて、レスターへの用件だが、まずはこれを見てくれ」
促されて二人が家の中へ入ると、地図の広げられた机の前にマーカスが腰を下ろし、真剣な視線を向けてきた。
「単刀直入に言う。周辺の森で“帝国兵らしき影”が目撃された」
「帝国兵…あのグランタード帝国の?」
レスターの表情が一気に固まる。
帝国。それはこの世界で一番規模の大きい国で、グランタード帝国という。近年では周辺国へ侵攻を続けている巨大国家でもある。
今もグリンフィード共和国辺境での小規模な侵略行為は絶えない。そのため、この村の近くで目撃されたということは、次はここが標的になっているかもしれないということだった。
「確証はまだない。だが、わざわざこんな辺境に帝国兵が来る理由なんて無い。となると侵略の可能性が高いとみている」
マーカスの声が重く響く。レスターも事の重大さに息をのんでいた。この村には帝国軍に応戦するほどの戦力はない。侵略なんてされたら成すすべもない。
「それで俺を?」
「そうだ。念のため、アーケインを“戦闘可能状態”にしておいてほしい」
「戦闘可能状態…にですか」
アーケインは普段、魔力節約のため最低限の出力で使用されている。そのため消耗を抑えることが出来ていたのだが、戦闘可能状態ということは、それらの制限を解除するということだ。
つまり――。
「レスター、お前が点検したばかりだと聞いている。だからこそ、任せたい。
村を守るためだ。すぐに動ける状態にしておいてくれ。武装についても全部使うつもりの方向でいい」
「了解。それならすぐに取り掛かるよ。本当にやっていいんですね?」
レスターは、大任を任されたことをうれしく思いつつも、マーカスに念のため確認を取る。アーケインは村の要でもある。年季が入っている分、戦闘状態にしたら最悪大破する可能性すらある。そうなればこの村の運営が暫く厳しくなるのも事実なのだ。
「構わん。ここで何もせず村に被害が及ぶ方がまずい。杞憂になればそれに越したことは無いのだがな…」
マーカスの言葉からは、まるでそう願っているのに叶わないのだろうという諦めの感情が見えた。レスターはそんなマーカスを見て事態の重さに対する認識を改め、警戒レベルを強くした。
「それなら早く終わらせないとね。いつ襲ってくるかわからないんだし、気合い入れて取り掛かるとするよ」
「苦労をかけてすまないな。両親も不在の状況で負担をかけてしまって悪いが頼んだぞ」
「母さんも父さんも、この村のために王都にまで出て働いているんです。俺だってこの村のために出来ることを尽くしますよ。だから気にしないでください」
レスターの両親は王都の方でトート村に纏わる行政の仕事をしている。そのため、二人は基本トート村にはおらず、月に一度数日間帰宅する。そういったスケジュールで仕事をしていた。レスターを一人残すのが不安だった二人はマーカスに気にかけてほしいとお願いしていた。だからこそマーカスはレスターのことを人一倍気にかけてはいたのだが、そんなレスターに負担をかけてしまうことに申し訳なさを感じているマーカスを慮ったレスターは心配は不要だということを伝える。
「とりあえずルシェルにも手伝いをお願いするつもりだ。夕方になったら俺が進捗の確認ついでに夕飯を持っていこう」
「それは凄い助かるよ。心置きなく集中してやれそうだ」
レスターは拳を握って気合を入れ、マーカスに見送られながらその場をあとにした。マーカスはそれを見届け、自身もやるべきことをするために準備を進めた。
ただの警戒で終われば良い。杞憂になってくれれば御の字。そう思うマーカスを他所に
しかして――森の奥で目撃された影は、確実にトート村へと近づいていた。




