1話
トート村の朝はいつもと変わらず平和だった。
グリンフィード共和国の外れにある小さなこの村では、パンの匂い、井戸の音、子どもたちの笑い声が響いていた。
この村の人間であるレスターは、幼馴染であるエルフ族の少女ルシェルと共に魔導機のアルカナム・ブレイザーの整備をしていた。
レスターは整備の最終工程である起動確認をしながら、幼馴染に質問を投げかける。
「ルシェル、今日のABの整備はこれで終わりだっけ?」
「そうだよ。今日はそんなに傷んでいなかったから楽に終わったね」
レスターと共に起動確認をしていたルシェルは、目の前の整備していたアルカナム・ブレイザーのアーケインを見上げながら質問に答えた。
レスター達の目の前にあるのは、この村が唯一所有している民間用の汎用型ABのアーケイン。生活魔法も外敵駆除用の攻撃魔法も扱えるABである。
村で唯一稼動しているこのABは、村の生命線といっても差し支えないため、こうして村の住人であるレスターとルシェルは頻繁にメンテナンスをしているわけである。
今日は農作業で使われたアーケインだったが、だいぶ年季が入ってるからか最近動きが悪いと報告を受けているため、それの点検も兼ねていた。動きが悪いのは、中のパーツが摩耗していることが原因だった。パーツを交換すれば解決する問題ではあるのだが、トート村にはそのようなものはなく、とりあえず応急処置で緩和するくらいしか出来ない。パーツを手に入れるには定期的に村へ来る行商人へ発注する必要がある。そのためすぐに修理が出来るということは無いのだ。
「とりあえず起動自体は問題ないから村の仕事に影響はないかも。マーカスさんが言っていた右腕の関節部分の稼働はまぁ、我慢するってことでいいでしょ」
「えー、それマーカスさんに怒られない?レスターと一緒に怒られるのは嫌だよ私」
「仕方ないだろ、こんな辺境の村に直せるだけの部品がないんだから。この前行商の人が来たばっかだから、それを考えると大分後になるだろ」
マーカスとは、この村の村長をしている人物で、アーケインの整備をレスター達に依頼したのも彼である。この村には多種多様な種族が寄り合って出来た村でもあるため、種族間での仲裁役などを昔からやってきたルーカスには、レスター達含めて村の住人は頭が上がらないのである。
そんな彼に不義理をすることが出来ないのが分かっているため、ルシェルもレスターの言い分に深く追求することは無かった。
「なら私はルーカスさんにアーケインの整備が終わったって報告しとくね」
「おー頼んだ。俺はどうしようかな」
「どうせいつものところに行くんでしょう?あとでお昼ご飯持っていくから待っててね」
「分かった。じゃあまた後で」
そういって足早にその場を去っていったレスターの背を目で追いながらルシェルは溜息を吐く。
行先の見当はついているため、ルシェルは早速ルーカスへと整備の報告をすることにした。
そして、目的地へと駆け足で向かうレスターは、村の入り口からもっとも離れた場所にある祠にある膝をつき鎮座している巨人、この村で守り神と呼ばれているABへと視線を向けていた。
レスターが向かった先――村に佇む巨躯。
それはこの村の“守り神”だった。
レスターは、いつものように守り神の装甲を指でなぞる。定期的に整備をしているから、そこまで劣化していることは無いだろうが確認は必要だ。
金属とも石ともつかない材質の外装は、風雨に晒されながらも傷一つ付かず、内部構造は今なお完全には解明できていない。特に胸部に存在するコックピット部分がまるで分からないのである。
理由は単純で、何故かコックピットが開かないからだ。特殊なセキュリティ魔法が掛けられているのか、無理やり開けることも敵わない。
一般的にABのコックピットは緊急時用に外部から開けられる機構があるはずなのだが、それも見当たらない。完全にお手上げ状態であった。
ただひとつ確かなのは――
この守り神はまだ生きていること。
内部構造を調べてみても、多少の劣化はあれど起動そのものに影響が出るような状態ではなかった。一部交換が出来そうなパーツも既に交換してある。それでも動かないとなると、内部システムの問題としか考えられない。
レスターはその膝元に座り込み、携えてきた工具箱を置くと、慣れた手つきで外装の隙間を覗き込み始めた。
「今日も動く気は無さそうだな……。起動さえしてくれれば、村だってもっと楽になるのに」
毎日確認しているから、内部の状態が変わっていないことも理解している。しかし、いつかは何かが変化していないかと期待を込めては確認してしまっていた。
守り神はただ、静かにそこに立っている。
起動反応は何年も前から無い。
それでも、レスターには分かる。
この機体は、ただ朽ちゆく鉄塊ではない。
「……お前はまだ、生きてる。でなきゃ、未だに魔物が寄り付かない効能があるのにも理由が付かない」
独り言のように呟きながら、レスターは守り神の腹部装甲の一部を外し、内部の魔力導線の清掃を始める。
起きる気配こそないが、魔力の流れは今でも微弱に循環している。ただそれがどのように作用しているかまでは不明だ。
まるで心臓の鼓動のように。いつか目覚めようとしているかのようにも思える。
「はぁ……やっぱり不思議だよな。装甲とかの構造は普及している三層型のタイプだけど、こんな材質の奴やこの構造の奴は見たことも聞いたことも無い。三層型ってことはやっぱり軍用か?けど内部の構造は共和国性のものではないし、異国で製造された機体なのかな……。うーん、わからん」
色々と考察しながら、独り言のように、そうぼやいた瞬間――
「レスター? やっぱりここにいた。お弁当持ってきたよ」
軽やかな足音と共に、ルシェルが現れこちらを見ていた。
両手には布に包まれた昼食のバスケット。
ほんのり湯気が立っている。
「ほら、言ったでしょ? お昼持ってくって。
……って、また守り神のことで独り言言ってたでしょ」
「いいだろ別に。それにもし守り神が動いたらこの村だってもっと楽になるかもしれないんだし」
「守り神は動かないでしょ。相変わらず守り神のことになると変なこと言いだすよね」
ルシェルの言葉に少し不貞腐れながら、守り神の外した装甲を付け直し、ルシェルの近くへ寄る。
朗らかな表情で、ルシェルはレスターの隣に腰を下ろす。
そんな二人に陽光が差し込み、守り神の巨体に柔らかな影を落としていた。
「しかしまぁ、今日も綺麗にしてるね。レスターがいなかったら、この子絶対錆びだらけだよ」
「錆びないって何度も言ってるだろ。材質が特殊なんだよ。そもそも魔力が流れてる限り、金属疲労も起きにくいし、たぶん装甲に魔力が染みてるからか劣化もしないんだよ」
「はいはい、そういう話は良いからご飯食べよ?」
ルシェルは笑いながら昼食を並べ始める。
パンとスープ、それから少しの野菜とチーズ。
少し質素だけど、ありふれた村の日常の昼食だ。
「「いただきます」」
二人は守り神の前で静かに食事を取った。
遠くから村の子どもたちの声が聞こえ、風が村の地表を撫でていく。
レスターはスープを飲みながら、守り神を見上げた。
「――いつか、こいつが動く時が来る気がするんだ」
「レスターのそういうところ、嫌いじゃないけど……ほどほどにしないと、村のみんなに呆れられちゃうよ?」
「いいんだよ。俺はこれが生きがいみたいなところがあるし」
そう言って笑うレスターの横顔を、ルシェルは少しだけ複雑な表情で見つめた。
ルシェルにとって、レスターは大切な幼馴染だ。そんな彼とは姉と弟のような関係みたいな過ごし方をしてきた。レスターは昔から守り神に妙に拘っている。もし、守り神が動く、そんな時が来たら……。
彼はどこか遠くへと行ってしまうのではないか、そんな不安を抱いているがうまく言葉にできないルシェルは、ただその感情を表情に表す事しか出来ていなかった。
そんな折、遠くから聞こえていた村の子供たちの声が、少し騒がしくなっていることに二人は気が付いた。
「この声、またあいつら喧嘩してるのか」
「しょうがないなぁ。私あの子たち叱りに行ってくる」
「程々にしときなよ。ルシェルが本気で怒ったらあいつら泣くぞ」
「大丈夫よ。レスターと違って良い子で素直な子たちなんだから」
ルシェルは少し意地悪そうな顔をしながら、レスターにそう言った。レスターは昔やんちゃし過ぎてルシェルに本気で怒られた経験があり、心当たりしかないためバツの悪い表情をする。
それを見たルシェルは、先ほどの憂いと一変して笑みを浮かべた。
「それじゃあ私は行くからね。レスターもあまり熱中しすぎないようにね。あ、そうだ。マーカスさんがレスターに用事があるみたいだから、後でマーカスさんのところに行ってきてね」
「えー。俺なんかマーカスさんに怒られるようなことしたかなぁ。あれはまだバレてないと思うんだけど……」
「何をしたのよ……。それは聞かなかったことにするから。なんか真剣な顔をしていたから早めに行ったほうが良いかもよ?」
ルシェルはそれだけ言って、片づけたバスケットを片手に、足元に風魔法を展開してこの場を後にした。やがて遠くから子供たちを叱るルシェルの声と子供たちの泣いた声が聞こえた。気の毒に……。
明日は我が身かもしれないと思いながら、レスターは工具類を片付ける。最低限の点検はしたからだ。このままマーカスの家へと向かう準備をする。
その場を後にする前に、レスターは再度守り神の方へ視線を向ける。守り神は変わらず俯いたままだった。
「さて、マーカスさんの用事を済ませようかな。説教じゃないといいけど……」
そう呟きながらレスターはマーカスの家へと歩を進めた。




