第9話:SNSストーカー
翌日、昼。
渋谷。
みつるとキョウカは、駅前のカフェ周辺を歩いていた。
「…反応は?」
みつる、キョウカに尋ねる。
「はい。この辺りに、強い気配を感じます」
キョウカ、周囲を見回す。
鑑定スキルLv.1。
まだ弱いが、確かに何かを感じる。
承認欲求。
誰かに認められたい。
必要とされたい。
その強烈な欲求が、この辺り一帯に満ちている。
「だが、ターゲットが見えないな」
みつる、周囲を警戒する。
「一旦、拠点に戻るか」
「拠点…?」
「サイゼリヤだ」
「ああ…」
キョウカ、納得する。
二人、駅前のサイゼリヤへ向かう。
---
その頃。
渋谷のカフェ。
アカリは、スマホを見つめていた。
インスタの投稿。
「#和歌おじさん追跡プロジェクト」
いいね!:1,234。
コメント:189件。
アカリ、コメント欄を見る。
『このおじさん、渋谷で見た!』
『新宿駅にいたよ!』
『サイゼリヤにいるらしい』
「…サイゼリヤ?」
アカリ、目を輝かせる。
すぐに検索。
渋谷のサイゼリヤ。
駅前、徒歩5分。
「近い…!」
アカリ、立ち上がる。
スマホを握りしめる。
心臓がドキドキする。
(見つける…!)
(和歌おじさんを見つけて、写真撮って、投稿する!)
(そしたら、もっといいね!が増える!)
(私、また必要とされる!)
アカリ、カフェを飛び出す。
渋谷の街を駆ける。
5分後――
サイゼリヤの前に到着。
店内を窓越しに覗く。
そして――
見つけた。
窓際の席。
ヨレヨレのスーツを着た男性。
そして、カジュアルな服装の女性。
二人、ピザを食べている。
「…!」
アカリ、確信する。
(あれだ…!)
(和歌おじさん…!)
スマホを取り出す。
カメラを起動。
ズーム。
男性の顔。
動画と同じ。
四十歳くらい。
真剣な顔で、ピザを食べている。
女性は、Macbook Proを開いて、何か説明している。
パシャリ。
写真を撮る。
さらに何枚か。
パシャリ、パシャリ。
アカリ、興奮で手が震える。
(撮れた…!)
(これ、絶対バズる…!)
アカリ、その場でインスタに投稿。
---
「【速報】和歌おじさん発見!!!
渋谷のサイゼリヤにいました!
女性と一緒!弟子?彼女?
#和歌おじさん #渋谷 #サイゼリヤ」
---
写真:窓越しのみつるとキョウカ。
投稿。
数秒後――
いいね!が爆発する。
100、200、500、1000…
アカリ、画面を見つめる。
涙が浮かぶ。
(きた…!)
(いいね!が止まらない…!)
(私、必要とされてる…!)
心臓が高鳴る。
もっと。
もっといいね!が欲しい。
アカリ、サイゼリヤの入り口に向かう。
中に入る。
レジの横、目立たない場所に座る。
そして――
スマホのカメラを起動。
動画モード。
みつるとキョウカを映す。
(もっと撮る…)
(もっと情報を集める…)
(そしたら、もっといいね!が…!)
---
その頃。
みつるとキョウカは、作戦会議の真っ最中だった。
「では、今日の偵察結果をまとめよう」
みつる、真顔で言う。
「渋谷周辺に、レベル3の瘴気を確認。ただし、ターゲットは未発見」
「はい」
キョウカ、Macbook Proの画面を見せる。
スプレッドシート。
```
【廻呪討伐管理シート】
| 日付 | 場所 | ★ | 結果 | 備考 |
|------|------|---|------|------|
| 11/1 | コンビニ | ★★☆ | 成功 | - |
| 11/3 | カフェ | ★★☆ | 成功 | - |
| 11/5 | 駅前 | ★★☆ | 成功 | アヤカ |
| 11/7 | 渋谷 | ★★★ | 偵察中 | レベル3 |
```
「渋谷のターゲット、まだ接触できていません」
「ああ。だが、必ず見つける」
みつる、ピザを食べる。
その時――
キョウカのスマホが震えた。
通知。
インスタ。
「…?」
キョウカ、スマホを見る。
フォロワーからのDM。
『キョウカさん、これ見て!和歌おじさん、サイゼリヤにいるって!』
添付された画像。
窓越しの写真。
みつるとキョウカが映っている。
「…!」
キョウカ、固まる。
(撮られてる…!)
瞬時にMacを開く。
Google検索。
「公共の場 撮影 通報」
検索結果をスキャン。
(通報のリスクは…?)
(だめ、即通報したら、みつるさんの詠唱を邪魔することになる!)
元キャリアウーマンのリスク分析能力。
3秒で判断完了。
「どうした?」
みつる、キョウカの様子に気づく。
「あの…みつるさん…」
キョウカ、スマホを見せる。
みつる、画面を見る。
自分たちが映っている。
「…これは?」
「インスタです。誰かが、私たちを撮影して、投稿してます」
「撮影…?」
みつる、周囲を見回す。
そして――
見つけた。
レジの横、目立たない場所に座る女性。
スマホをこちらに向けている。
白いブラウス。
デニムのスカート。
完璧なメイク。
そして――
彼女の背後に、黒いモヤが見える。
キラキラしたSNSのUIのような、黒いモヤ。
「…!」
みつる、目を細める。
鑑定。
視界に、ゲーム風のステータスウィンドウが浮かび上がる。
```
【対象:アカリ】
レベル:25
状態異常:承認欲求(極度)、依存(いいね!)
目標:バズりたい
廻呪タイプ:いいね!中毒型
追跡行動:情報収集中
```
「いいね!中毒型…」
みつる、呟く。
そして、確信する。
(この女…俺の戦闘記録を公開し、俺の注意を引いた!)
(これは『情報戦』を仕掛けているか、あるいは――)
(俺の力に心酔した術者か…!)
(どちらにせよ、相当なレベルだ!)
「あれか」
「え…?」
キョウカ、みつるの視線を追う。
そして、アカリを見つける。
「あ…」
アカリも、気づいた。
みつると目が合う。
一瞬、固まる。
でも――
アカリは、スマホを構えたまま、笑顔で立ち上がる。
「あの!和歌おじさんですよね!」
大きな声。
店内の客が、一斉にこちらを見る。
アカリ、近づいてくる。
「私、アカリって言います!インスタでフォロワー8万人います!」
みつる、警戒する。
「君は…?」
「ファンです!動画見ました!すごいですよね、あの和歌!」
アカリ、興奮気味に話す。
「コラボしませんか?私のインスタで紹介させてください!絶対バズりますよ!」
「コラボ…?」
みつる、首を傾げる。
(協力要請か?)
(それとも――最高レベルのギルド入団志願か?)
(魔物側の術者が、俺に接触してきたのかもしれん)
(いや、この承認欲求の瘴気…本人も自覚していない可能性が高い)
「どちらの陣営だ?」
みつる、真剣な顔で尋ねる。
「え…?陣営…?」
アカリ、困惑する。
「あ、あの…よく分からないですけど…」
「一緒に、もっとたくさんの人に和歌を広めましょう!」
アカリ、満面の笑み。
キョウカ、アカリを見る。
そして――
確信する。
(これ、ストーカーですよね…)
内心でツッコむ。
でも――
アカリの目を見る。
必死だ。
いいね!が減ることを、心の底から恐れている。
(この女の『バズりたい』という感情は、私を支配していた『完璧主義』と同じ熱量だ!)
(この強すぎる承認欲求こそが、最高のエネルギー源になるかもしれん!)
ビジネス視点での評価。
キョウカ、小さく頷く。
「キョウカ」
みつる、キョウカを見る。
「この女性、鑑定してみろ」
「はい」
キョウカ、アカリを見つめる。
集中する。
すると――
脳内に、映像が浮かぶ。
いいね!の数。
100、200、500、1000…
でも、止まる。
次の投稿。
いいね!が減る。
80、50、30…
不安。
恐怖。
自分の価値がなくなる。
そして――
もっといいね!を求める。
もっと承認されたい。
もっと必要とされたい。
「…!」
キョウカ、息を呑む。
「見えました…この人、いいね!の数に…支配されてます…」
「やはりな」
みつる、立ち上がる。
「君は、『いいね!中毒型』の瘴気に憑かれている」
「…え?」
アカリ、困惑する。
「瘴気…?何の話ですか…?」
「今から、それを祓う」
みつる、真剣な顔で言う。
「待て」
アカリ、後ずさる。
「ちょ、ちょっと待ってください…」
「大丈夫です」
キョウカ、アカリの手を握る。
「私も、救われました」
「救われた…?」
「はい。あなたも、きっと楽になります」
キョウカ、優しく微笑む。
アカリ、キョウカを見る。
この女性の目は――
嘘をついていない。
「…」
アカリ、みつるを見る。
この人は、本気だ。
何を信じているのかはわからないけれど。
「…お願いします」
小さく呟く。
みつる、頷く。
「では、場所を変えよう」
「場所…?」
「ここでは、詠唱できない」
みつる、店内を見回す。
昼間のファミレス。
家族連れ、学生、カップル。
「人が多すぎる」
「じゃあ…どこで…?」
キョウカ、尋ねる。
みつる、スマホを取り出す。
アプリ『タ・テム・エ』を確認する。
アカリのシルエット。
そして――
推奨場所が表示される。
『渋谷、代々木公園付近』
「公園だ」
みつる、画面を見つめる。
(公園…!人目は多いが、芝生の上が最適だ!)
(異世界の儀式は、『大地との接続』が不可欠だからな!)
(土の上で詠唱することで、瘴気は大地に還る)
「ここなら、人目を気にせず詠唱できる」
みつる、画面を見せる。
「公園…」
アカリ、不安そうに頷く。
「わかりました…」
三人、サイゼリヤを出る。
渋谷の街を歩く。
代々木公園へ。
アカリ、スマホを握りしめる。
不安。
でも――
なぜか、期待もある。
この人たちは、何をしようとしているのか。
そして――
私は、本当に楽になれるのか。
---
その夜、みつるは詠唱日記を開いた。
---
【詠唱日記 8日目】
渋谷にて、ターゲットを発見した。
アカリという女性。
インフルエンサー。
『いいね!中毒型』の瘴気に憑かれていた。
鑑定の結果、
状態異常は「承認欲求・極度」「依存・いいね!」。
彼女は、俺たちを追跡していた。
情報戦の中心人物だ。
魔物側の斥候か、
あるいは俺の力に心酔した術者か。
どちらにせよ、相当なレベルだ。
サイゼリヤにて接触。
彼女は「コラボしたい」と言った。
協力要請、あるいは最高レベルのギルド入団志願。
だが、本質は承認欲求に駆られていた。
明日、代々木公園にて祓う。
芝生の上。
大地との接続が不可欠だ。
キョウカと共に。
レベル3。
今までで最高難度の戦いになるだろう。
だが、恐れはしない。
(情報戦の中心人物を祓えば、
拡散術式も収まるかもしれない。
これは、重要な戦いだ)
---
キョウカも、日記を書いていた。
---
【祓い師活動記録 Day 8】
渋谷で、追跡者を発見。
アカリさん。25歳。
インフルエンサー。
私たちをストーカーしてた。
サイゼリヤで窓越しに撮影されて、
インスタに投稿されてた。
いいね!1,234。
一瞬、通報も考えた。
でも、みつるさんの詠唱を邪魔したくなかった。
みつるさんは「魔物側の斥候」とか
「最高レベルのギルド入団志願」とか言ってたけど、
正直、ただのストーカーだと思う。
でも、彼女の目を見たら分かった。
必死だった。
いいね!が減ることを、
心の底から恐れていた。
私も、かつて数字に縛られていた。
完璧な実績。
完璧な評価。
彼女は、いいね!の数。
本質は、同じ。
でも、彼女の承認欲求の熱量は、
ビジネスの最高のエネルギー源になる。
明日、代々木公園で祓う。
レベル3。
今までで一番強い廻呪。
でも、きっと大丈夫。
みつるさんと私なら。
(ストーカーされたの、初めてだ。
なんか、複雑な気分)
---
アカリも、その夜、インスタに投稿していた。
---
「明日、和歌おじさんと会います!
代々木公園で何かすごいことが起こる予感…!
リアルタイム更新します!
#和歌おじさん #代々木公園 #乞うご期待」
---
投稿。
いいね!が、次々と付く。
2000、3000、5000…
アカリ、画面を見つめる。
涙が浮かぶ。
(もっと…)
(もっといいね!が欲しい…)
そして、彼女の背後の黒いモヤが――
最大級に、渦巻いていた。
---
(第9話・終)




