第8話:情報戦の始まり
数日後。
キョウカのスマホに、メッセージが届いた。
LINEの通知。
送り主は――川瀬アヤカ。
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キョウカさん、こんにちは。
アヤカです。
あれから、少しずつですが、変わってきました。
スマホ、あまり見なくなりました。
朝起きて、すぐに通知確認する癖、なくなりました。
公衆電話の前にも、行かなくなりました。
昨日、久しぶりに友達とランチしました。
スマホをバッグに入れたまま、2時間話せました。
これ、私にとってすごいことなんです。
「山里は 冬ぞさびしさ まさりける」
この歌、毎日口ずさんでいます。
孤独でいい。
誰も来なくてもいい。
そう思えるようになりました。
キョウカさん、みつるさん、
本当にありがとうございました。
アヤカ
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キョウカ、スマホを見つめる。
涙が浮かぶ。
「…良かった」
小さく呟く。
カフェのテーブルの向かいに、みつるが座っている。
今日も、サイゼリヤでの作戦会議。
「どうした?」
みつる、キョウカを見る。
「アヤカさんから、メッセージが来ました」
キョウカ、スマホを見せる。
みつる、メッセージを読む。
「…そうか」
頷く。
そして――
左手の薬指に輝く、安物の銀色の指輪を見つめる。
学生時代に買った、ただのアクセサリー。
でも、みつるにとっては「異世界で手に入れた魔法の指輪」だ。
(やはり、この『儀式』は、この世界でも真に機能する)
みつる、内心で確信する。
(俺は辺境伯時代の知識を、この世界で正しく運用しているのだ…!)
指輪を見つめたまま、小さく呟く。
「喝破」
自分の信念を、肯定する。
「みつるさん?」
キョウカ、不思議そうに見る。
「いや」
みつる、顔を上げる。
「彼女は、もう大丈夫だな」
「はい」
キョウカ、微笑む。
「私たちの祓いは、確かに効果があったんですね」
「当然だ」
みつる、ピザを一切れ取る。
「祓い師の使命は、人を救うことだ。それが果たせた」
二人、ピザを食べる。
静かな時間。
その時――
みつるのスマホが震えた。
通知。
でも、アプリ『タ・テム・エ』ではない。
X(旧Twitter)。
「…ん?」
みつる、スマホを見る。
通知が大量に来ている。
『あなたがタグ付けされました』
『あなたの投稿がリポストされました(1,234件)』
『メンションが届いています(456件)』
「なんだ、これは…?」
みつる、Xのアプリを開く。
タイムラインを見ると――
『深夜の公衆電話で和歌を詠む謎のおじさんPart2 wwww』
動画。
深夜の駅前。
目ェカッぴらいて詠唱する、みつる。
泣き崩れる女性。
再生回数:123万回。
「…!」
みつる、画面を凝視する。
「またか…」
キョウカ、覗き込む。
「あ…防犯カメラに撮られてましたね…」
「やはり、『拡散術式』が作動したか」
みつる、真剣な顔で頷く。
コメント欄を見る。
『またやってるwww』
『この人、ガチで何者?』
『和歌は本当に綺麗なんだよな…』
『泣いてる女性、救われてるように見える』
『でも顔が怖すぎる』
そして――
『#和歌おじさん』
ハッシュタグ。
トレンド入り。
みつる、スマホを置く。
「情報戦が、始まったな」
そして――
みつる、目を細める。
鑑定。
スマホの画面を見つめる。
タイムラインの向こうに、何かが見える。
情報術式が、急速に自分の存在へ集束している。
これは、単なる無差別の拡散ではない。
術式の中心に――
強い承認欲求の瘴気が見える。
キラキラと輝く、黒いモヤ。
「…!」
みつる、確信する。
「これは、単なる拡散ではない」
「え…?」
キョウカ、首を傾げる。
「術式の中心に、強い承認欲求の瘴気が見える」
みつる、真剣な顔で言う。
「誰かが、意図的に俺たちを追跡しようとしている」
「追跡…?」
キョウカ、困惑する。
(いや、ただバズってるだけだよね…)
内心でツッコむ。
でも、口には出さない。
「だが、恐れはしない」
みつる、キリッとした表情。
「俺たちの戦いは、正しい。拡散されようと、変わらない」
「はい」
キョウカ、頷く。
その時――
みつるのスマホが、また震えた。
今度は、アプリ『タ・テム・エ』。
『近くに素敵な女性がいます!今すぐチェック!』
「…!」
みつる、アプリを開く。
女性のシルエット。
『相性度:★★★』
「レベル3…!」
みつる、画面を見つめる。
「今までで最高難度だ」
場所:渋谷、カフェ周辺
時間:昼間、13時頃
「渋谷…」
キョウカ、画面を見る。
「昼間ですね。今までと違う」
「ああ。そして――」
みつる、画面を凝視する。
「おそらく、この反応は…先ほど感知した承認欲求の瘴気と同一だ」
「…!」
キョウカ、驚く。
「じゃあ…」
「追跡者が、ターゲットということか」
みつる、立ち上がる。
「今から向かうぞ」
「はい!」
キョウカも立ち上がる。
二人、サイゼリヤを出る。
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その頃。
渋谷のオシャレなカフェ。
窓際の席に、女性が座っていた。
アカリ、二十五歳。
インフルエンサー。
フォロワー数:8万人。
白いブラウス。
デニムのスカート。
完璧なメイク。
テーブルには、映えるラテアート。
スマホでパシャリ。
写真を撮る。
インスタにアップ。
「#渋谷カフェ #ラテアート #おしゃれさんと繋がりたい」
投稿。
数秒後――
いいね!が付く。
1、2、3、4、5…
でも――
伸びが悪い。
10分経っても、30いいね!。
アカリ、画面を見つめる。
不安が込み上げる。
昨日の投稿を確認する。
いいね!:52。
一昨日:48。
その前:41。
どんどん減っている。
「…」
アカリ、スマホを握りしめる。
(もう、私には価値がない…?)
心臓が痛い。
呼吸が苦しい。
(フォロワー、減ってる…)
(いいね!も減ってる…)
(私、もう…必要とされてない…?)
その時――
タイムラインに、動画が流れてきた。
『深夜の公衆電話で和歌を詠む謎のおじさんPart2』
「…?」
アカリ、動画を再生する。
目ェカッぴらいて詠唱するおじさん。
泣き崩れる女性。
「山里は 冬ぞさびしさ まさりける
人目も草も かれぬと思へば」
アカリ、動画を最後まで見る。
再生回数:123万回。
いいね!:2.5万。
リポスト:1万。
「…!」
アカリ、目を輝かせる。
(これ…バズってる!)
動画をもう一度見る。
おじさんの真剣な顔。
女性の涙。
そして――
コメント欄。
『#和歌おじさん』
「和歌おじさん…」
アカリ、ハッシュタグを検索する。
過去の動画が出てくる。
Part1:コンビニでの詠唱。
Part2:深夜の公衆電話。
(このおじさん…何者…?)
アカリ、画面を凝視する。
そして――
確信する。
(このおじさんを追えば、きっと私はまた『必要』とされる!)
心臓が高鳴る。
(いいね!が増える!)
(フォロワーが増える!)
(私に、また価値が生まれる!)
アカリ、立ち上がる。
カフェのラテを一気に飲む。
「#和歌おじさん追跡プロジェクト、始動!」
スマホを握りしめる。
でも――
アカリ自身も気づいていなかった。
自分の背後に、黒いモヤが渦巻いていることに。
キラキラしたSNSのUIのような、黒いモヤ。
いいね!の数。
フォロワーの数。
承認欲求。
それが、もはや彼女の生存本能にまで置き換わっていた。
アカリ、カフェを出る。
渋谷の街へ。
和歌おじさんを探すために。
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その夜、みつるは詠唱日記を開いた。
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【詠唱日記 7日目】
アヤカから、感謝のメッセージが届いた。
彼女は、スマホ依存から解放され、
友人と2時間話せたという。
素晴らしい。
祓い師の仕事は、一時の救済ではなく、
その後の人生を変えることだ。
彼女の人生が、変わった。
それが、何よりの報酬だ。
俺の指輪を見つめた。
この『儀式』は、この世界でも真に機能する。
俺の信念は、間違っていなかった。
喝破。
だが、警戒すべき事態が拡大している。
深夜の戦闘記録が、さらに拡散された。
『#和歌おじさん』というハッシュタグまで作られた。
情報戦が、本格化している。
さらに、鑑定の結果、
術式の中心に強い承認欲求の瘴気を感知した。
誰かが、意図的に俺たちを追跡しようとしている。
そして、新たなターゲットを検知。
渋谷、レベル3。
今までで最高難度だ。
おそらく、追跡者とターゲットは同一人物。
明日、渋谷へ向かう。
キョウカと共に。
(拡散される戦闘記録。
敵の注意を引く。
だが、恐れはしない。
俺たちの戦いは、正しい)
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キョウカも、日記を書いていた。
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【祓い師活動記録 Day 7】
アヤカさんから、メッセージが来た。
「変わってきました」って。
泣いた。
嬉しかった。
私たちの祓いは、確かに効果があった。
みつるさんが指輪を見つめて、
小さく「喝破」って呟いてた。
何を喝破したのかは分からないけど、
きっと、彼なりの確信があったんだと思う。
また動画がバズった。
再生123万回。
みつるさんは「情報戦」って言ってて、
さらに「承認欲求の瘴気を感知した」って。
追跡者がいるらしい。
正直、よく分からない。
でも、みつるさんが真剣なのは分かる。
明日、渋谷へ。
レベル3のターゲット。
今までで一番強い廻呪らしい。
しかも、追跡者と同一人物かもしれない。
ちょっと不安。
でも、みつるさんがいれば大丈夫。
たぶん。
(今日もピザ食べた。
ドリンクバーのコーラ、3杯飲んだ。
完璧なキャリアウーマンだった頃の私、
想像もできなかったな)
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一方、アカリのスマホには――
インスタの投稿。
「#和歌おじさん追跡プロジェクト始動!
みんな、情報求む!
このおじさん、どこにいる?
私が見つける!」
写真:動画のスクショ。
いいね!が、次々と付く。
100、200、300、500、800…
アカリ、画面を見つめる。
心臓がドキドキする。
(きた…!)
(いいね!が増えてる…!)
(私、まだ必要とされてる…!)
涙が浮かぶ。
嬉しい。
もっと。
もっといいね!が欲しい。
そして、彼女の背後の黒いモヤが――
さらに濃く、大きく、渦巻いていく。
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(第8話・終)




