表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

7/12

第7話:二度目の接触+詠唱

 翌夜、23時。


 同じ場所。


 駅前の公衆電話付近。


 みつるとキョウカは、再び物陰から様子を窺っていた。


「…来ましたね」


 キョウカが、小声で言う。


 公衆電話のそばに、昨夜と同じ女性――アヤカが立っている。


 黒いコート。


 うつむいている。


 スマホを握りしめている。


「やはりな」


 みつる、頷く。


「彼女は、ここに来ずにはいられないのだろう」


 キョウカ、アヤカを見つめる。


 胸が痛む。


 私も、そうだった。


 返信が来ないとわかっていても、スマホを確認せずにはいられなかった。


 もう連絡が取れないとわかっていても、同じ場所に立ち続けた。


「今夜は、慎重に行く」


 みつる、キョウカを見る。


「君が先に話しかけろ。俺は、詠唱の準備をする」


「はい」


 キョウカ、深呼吸する。


 そして、ゆっくりとアヤカに近づく。


「あの…」


 アヤカ、顔を上げる。


 昨夜の女性だ。


「…あなた…昨日の…」


「はい。すみません、昨夜は驚かせてしまって」


 キョウカ、優しく微笑む。


「今日も、ここに来てるんですね」


「…はい」


 アヤカ、うつむく。


「なんか…ここに来ないと…落ち着かなくて…」


「わかります」


 キョウカ、そばに立つ。


「私も、そうでした」


「…え?」


「返信が来ないとわかっていても、スマホを確認せずにはいられなかった」


 キョウカ、自分のスマホを取り出す。


「既読がつくたびに、心臓が跳ねて。でも、返信が来なくて」


「…」


 アヤカ、キョウカを見る。


「私、ブロックされたんです」


 小さく呟く。


「三日前に…好きな人に…」


「辛かったですね」


「はい…でも…多分…私が悪いんです」


 アヤカ、涙ぐむ。


「返信遅れたり…LINEの返事が短かったり…そういうの、積み重なって…」


「違います」


 キョウカ、はっきりと言う。


「あなたは悪くない」


「…え?」


「返信が遅れたって、短かったって、それはあなたが悪いわけじゃない」


 キョウカ、アヤカの手を握る。


「あなたは、十分頑張ってた」


「…」


 アヤカ、涙が溢れる。


「でも…もう…誰も…私のこと…」


「いますよ」


 キョウカ、微笑む。


「私がいます。そして…」


 振り返る。


 みつるが、少し離れた場所に立っている。


「あの人も、あなたを救いに来たんです」


「…え?」


 アヤカ、みつるを見る。


 昨夜の、あの男性。


「祓い師?とか…言ってた…」


「はい」


 キョウカ、真剣な顔で頷く。


「変な人に見えるかもしれませんが…本物なんです」


「本物…?」


「ええ。私も、救われました」


 キョウカ、アヤカの手を握ったまま言う。


「あなたも、きっと楽になります」


「…」


 アヤカ、みつるを見る。


 怖い。


 でも――


 この女性の目は、嘘をついていない。


「…お願いします」


 小さく呟く。


「楽に…なりたいです…」


 みつる、前に出る。


 距離、三メートル。


「川瀬アヤカ」


 みつる、真顔で言う。


「君の名は、鑑定で知った」


「…はい」


「君は、『即レス依存型』の瘴気に憑かれている」


 みつる、目を細める。


 アヤカの背後に、黒いモヤが見える。


 スマホの光に引き寄せられるように、渦巻いている。


「これから、それを祓う」


「…はい」


 アヤカ、頷く。


 もう、怖くなかった。


 何かが、変わる気がした。


 みつる、距離を詰める。


 二メートル。


 キョウカが、アヤカのそばに立つ。


 みつる、仁王立ち。


 深呼吸。


 スゥゥゥゥ――


 一回。


 夜の静寂。


 遠くで、車の音。


 でも、ここだけは静かだった。


 二回目の深呼吸。


 スゥゥゥゥ――


 アヤカ、みつるを見つめる。


 この人は、本気だ。


 何を信じているのかはわからないけれど、本気で私を救おうとしている。


 三回目。


 スゥゥゥゥ――


 みつる、目を閉じる。


 意識を集中。


 孤独。


 誰も私を待っていない。


 誰も私を必要としていない。


 それでも、生きていく。


 その覚悟を、和歌に込める。


 そして――


 カアアアアッッッ!!!


 目ェカッぴらいたァァァ!!!


 眼球ギョロリィィィッ!!


 瞳孔全開ッ!!


 血走りまくりィィッ!!


 まぶた限界突破ァァッ!!


 汗ダラダラダラァァッ!!


 よだれダラァッ!!


 血管ビキビキィィッ!!


 アヤカ「ひっ…!」(一瞬怯える)


 キョウカ、アヤカの手を強く握る。


「大丈夫です!」


 キョウカ(内心):(この詠唱は、私を救った光だ!)


 でも――


 みつるの血走った顔を見る。


 キョウカ(内心):(…やっぱり、この人ヤバい)


 冷静なツッコミ。


 でも、信じる。


 この人の本気が、人を救うことを。


 みつる、アヤカの背後の"それ"を見据える。


 深夜の静寂に――


 朗々と――


「山里はァァァァ――――ッッ!!」


 駅前に響き渡る大音量ォォ!!


 深夜の静けさを破るゥゥ!!


 アヤカの体が、ビクンと震える。


 でも――


 不思議と、怖くない。


「冬ぞさびしさァァァ――ッッ!!」


 遠くを歩いていた人が、振り返るゥゥ!!


「な、何…?」


 アヤカ、胸に手を当てる。


 何か、熱いものが込み上げてくる。


「まさりけるゥゥゥ――ッッ!!」


 アヤカ、涙ポロポロォォ!!


「な、なんで…泣いてるのォォ!?」


 キョウカ、優しく手を握る。


 大丈夫。


 これは、救いの涙。


「人目も草もォォォ――ッッ!!」


 黒いモヤがウネェェェ!!


 スマホの光から離れようとするゥゥ!!


 アヤカ、スマホを握っていた手が――


 緩む。


(私の指が…スマホから…離れていく…!)


 物理的な解放感。


 体が、軽くなる。


 ずっと握りしめていた、鎖が――


 砕け散る。


「かれぬと思へばァァァァァッッッ!!!」


 そして――


「喝破ァァァァァァッッッ!!!」


 ドゴォォォンッッッ!!!


 効果音は、みつるの脳内だけだ。


 でも――


 アヤカには、確かに何かが聞こえた。


 何かが、砕け散る音。


 自分を縛っていた、重い鎖が、断ち切られる音。


 みつる、ふぅゅゅゅ…と息を吐く。


 汗ダラダラダラァァ…


 目を閉じる。


 額の汗を拭う。


「…祓えた、か」


 アプリを確認する。


『討伐完了!経験値+100』


「よし」


 アヤカは、その場に座り込んでいた。


 涙が止まらない。


 でも、不思議と心が軽い。


 スマホを見る。


 通知、ゼロ。


 でも――


 もう、辛くなかった。


「山里は…冬ぞさびしさ…まさりける…」


 小さく呟く。


「人目も草も…かれぬと思へば…」


 キョウカが、そばに座る。


「この歌、知ってますか?」


 アヤカ、首を横に振る。


「源宗于という人の歌です」


 キョウカ、優しく説明する。


「山里は、冬になると人も来ないし、草も枯れる。すべてが『枯れて』しまう。でも、それでいいんだって」


「…それでいい…?」


「はい。誰も来なくても、何もなくても、それはそれで受け入れようって」


 キョウカ、微笑む。


「孤独を、肯定する歌なんです」


「…」


 アヤカ、涙を拭う。


「もう…誰も私を待ってない…」


 小さく呟く。


「それでいいんだ…」


 キョウカ、頷く。


「それでいいんです」


「誰からも連絡来なくても…」


「それでいいんです」


「スマホ、見なくても…」


「それでいいんです」


 アヤカ、立ち上がる。


 公衆電話を見つめる。


「もう…ここに来なくてもいいんですね」


「はい」


 キョウカ、微笑む。


「もう、大丈夫です」


 アヤカ、スマホを取り出す。


 画面を見る。


 通知、ゼロ。


 そして――


 スマホを、バッグの奥深くに仕舞い込む。


 もう、すぐに取り出せない場所に。


「…ありがとうございました」


 アヤカ、みつるを見上げる。


「あなたは…誰なんですか…?」


「俺は、祓い師だ」


 みつる、真顔で答える。


「魔物を祓い、人を救う者だ」


「魔物…」


 アヤカ、首を傾げる。


 でも、まあいい。


 何かが、確かに祓われた。


 それは間違いない。


「本当に、ありがとうございました」


 アヤカ、キョウカを見る。


「あなたも、ありがとうございました」


「いえ」


 キョウカ、微笑む。


「また、辛くなったら…いつでも連絡してください」


 スマホで連絡先を交換する。


 アヤカ、駅の方へ歩き出す。


 途中で振り返る。


「あの…もう一つだけ」


「はい?」


「あの歌…もう一度、教えてもらえますか?」


 キョウカ、優しく微笑む。


「山里は 冬ぞさびしさ まさりける

 人目も草も かれぬと思へば」


 アヤカ、小さく復唱する。


「山里は…冬ぞさびしさ…」


 そして、微笑んだ。


「覚えました。ありがとうございます」


 アヤカ、駅へと消えていった。


 みつるとキョウカ、その後ろ姿を見送る。


「…良かったですね」


 キョウカ、呟く。


「ああ」


 みつる、頷く。


 そして――


 みつる、周囲を見回す。


 目を細める。


 鑑定。


 公衆電話の上。


 防犯カメラ。


 そして――


 視界に、ゲーム風の警告が浮かび上がる。


```

【警告:拡散術式検知】

周辺監視装置:3台

記録魔法陣:作動中

拡散リスク:高

```


「…!」


 みつる、キョウカを見る。


「キョウカ」


「はい?」


「この世界の『戦闘記録』の拡散力は、我々が思っている以上に強力かもしれん」


「え…?」


 キョウカ、周囲を見回す。


 防犯カメラ。


「あ…」


「無数の『拡散術式』が見える」


 みつる、真剣な顔で言う。


「今後、『情報戦』に備えろ」


「情報戦…?」


 キョウカ、困惑する。


 でも、まあいい。


 みつるの勘違いに付き合うのは、もう慣れた。


「わかりました。気をつけます」


 二人、駅前を後にする。


 公衆電話の上の防犯カメラが、すべてを記録していた。


 深夜、目ェカッぴらいて和歌を詠む、四十歳の男。


 そして、泣き崩れる女性。


 この映像が、また別の形でバズることになる。


 そして――


 ある一人のインフルエンサーの目に留まることになるとは――


 この時の彼らは、知る由もなかった。


---


 その夜、みつるは詠唱日記を開いた。


---


【詠唱日記 6日目】


深夜、駅前の公衆電話付近にて、

川瀬アヤカの祓いに成功した。


昨夜の失敗を活かし、

キョウカに先行接触させる作戦が功を奏した。


源宗于の歌で祓う。


「山里は 冬ぞさびしさ まさりける

 人目も草も かれぬと思へば」


孤独を肯定する歌だ。


誰も来ない、何もない。

でも、それでいい。


彼女は、その言葉を受け入れた。


涙を流し、そして微笑んだ。


キョウカの共感が、彼女の心を開いた。

そして、俺の詠唱が、彼女を解放した。


これが、ギルドの力だ。


だが、警戒すべき事態が発生した。


周囲に『拡散術式』を検知。

記録魔法陣(防犯カメラ)が、戦闘を記録していた。


今後、『情報戦』が激化する可能性がある。


ギルドメンバーには、警戒を強めるよう指示した。


(アヤカが去る時、歌を覚えたいと言った。

 彼女は、きっと何度もその歌を口ずさむだろう。

 それが、彼女の支えになることを願う)


(拡散術式…厄介だな。

 だが、恐れはしない。

 俺たちの戦いは、正しい)


---


 キョウカも、日記を書いていた。


---


【祓い師活動記録 Day 6】


今夜、アヤカさんを救うことができた。


昨夜の失敗を活かして、

私が先に話しかける作戦。


彼女の手は、冷たかった。

でも、震えていた。


「楽になりたい」


その言葉が、すべてだった。


みつるさんの詠唱。


目ェカッぴらいた瞬間、

「やっぱりヤバい」って思った。


でも、この詠唱が私を救った光だって、

信じてる。


「山里は 冬ぞさびしさ まさりける

 人目も草も かれぬと思へば」


孤独を肯定する歌。


誰も来なくても、それでいい。


アヤカさんは、その言葉を受け入れた。


スマホをバッグの奥深くに仕舞い込んで、

「もう、ここに来なくてもいいんですね」って。


去り際、彼女は微笑んでいた。


私も、かつてあんな風に救われた。


だから、今度は私が誰かを救う側になれた。


それが、嬉しかった。


あと、みつるさんが「情報戦」とか言い出した。


防犯カメラのこと、「拡散術式」って呼んでる。


もう、慣れた。


(連絡先を交換した。

 また辛くなったら、いつでも連絡してって。

 今度は、友達として支えたい)


---


(第7話・終)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ