第6話:深夜の公衆電話
深夜、23時。
駅前の公衆電話付近。
みつるとキョウカは、少し離れた場所から、様子を窺っていた。
「…いますね」
キョウカが、小声で言う。
公衆電話のそばに、女性が立っている。
黒いコート。
うつむいている。
スマホを握りしめている。
「ああ」
みつる、頷く。
「あれが、ターゲットか」
二人、物陰に隠れて観察する。
女性は、スマホの画面を見つめたまま、動かない。
時々、画面をタップする。
でも、すぐに落胆したような表情になる。
「…既読スルーですね」
キョウカが、呟く。
「ん?」
「スマホを何度も確認してる。でも、返信が来ない。既読はついてるけど、相手が返事をくれない状態です」
「なるほど」
みつる、真剣な顔で頷く。
「魔物は、そういう負の感情から生まれるのか」
キョウカ、女性を見つめる。
胸が痛む。
私も、あんな風だった。
完璧なプロフィール。
完璧なメッセージ。
でも、相手からの返信を待ち続ける日々。
既読がつくたびに、心臓が跳ねる。
でも、返信は来ない。
自分が悪いのか。
何か間違えたのか。
そんな不安に押し潰されそうになる。
その時――
女性の背後の黒いモヤが、キョウカの目に入った。
スマホの光に引き寄せられるように、渦巻いている。
「…!」
キョウカの脳裏に、映像がフラッシュバックする。
何本もの赤い「未読」マーク。
Macbookの画面いっぱいに並ぶ、未読メール。
深夜2時。
クライアントに送った、完璧な長文ビジネスメール。
既読がつく。
でも、返信が来ない。
次の日も。
その次の日も。
自分が何か間違えたのか。
文章が長すぎたのか。
言葉遣いが失礼だったのか。
完璧なはずなのに、返信が来ない。
キョウカ、冷や汗をかく。
(だめだ…あのモヤは、かつての私だ…!)
(あの時、私も…完璧な自分を演じるために、返信に怯えていた…)
手が震える。
「キョウカ?」
みつるが、心配そうに見る。
「あ…すみません」
キョウカ、深呼吸する。
「大丈夫です。ただ…」
女性を見る。
「…私も、同じだった」
小さく呟く。
みつる、アプリを確認する。
画面には、女性のシルエット。
『相性度:★★☆』
「レベル2。キョウカ、鑑定してみろ」
「え、私が…?」
「ああ。君にも鑑定スキルが芽生えている。試してみるといい」
キョウカ、女性を見つめる。
集中する。
すると――
脳内に、映像が浮かぶ。
スマホの画面。
LINEのトーク画面。
「既読」の文字。
でも、返信は来ない。
一日。
二日。
三日。
そして――
ブロックされる。
「…!」
キョウカ、息を呑む。
「見えた…あの人、誰かからブロックされてる…」
「やはりな」
みつる、確信する。
「俺も鑑定する」
みつる、目を細める。
女性の背後に、黒いモヤが見える。
でも、コンビニやカフェの時とは違う。
重い。
暗い。
スマホの光に引き寄せられるように、渦巻いている。
そして、みつるの視界に、ゲーム風のステータスウィンドウが浮かび上がる。
```
【対象:川瀬アヤカ】
レベル:28
状態異常:孤独(極度)、承認欲求(未充足)
依存対象:即レス、既読確認
廻呪タイプ:即レス依存型
```
「即レス依存型…」
みつる、呟く。
「返信を待ち続けることで、自分の価値を確認しようとするタイプか」
「…そうです」
キョウカ、頷く。
「あの人、きっと…誰かに必要とされたいんです」
「ならば、祓わねばならん」
みつる、立ち上がる。
「待ってください」
キョウカ、みつるの腕を掴む。
「いきなり近づいたら、怖がられます」
「…そうか」
みつる、立ち止まる。
「では、どうする」
「私が先に話しかけます。女性同士の方が、警戒されにくいですから」
「わかった」
みつる、頷く。
「頼む」
キョウカ、深呼吸する。
そして、女性に近づく。
ゆっくりと。
優しく。
「あの…大丈夫ですか?」
女性――アヤカが、顔を上げる。
涙の跡。
赤く腫れた目。
「…え?」
「すみません、心配で…こんな夜遅くに、一人で…」
「あ…大丈夫です…」
アヤカ、慌ててスマホをポケットにしまう。
「ただ…ちょっと…」
「待ってる人、います?」
キョウカの言葉に、アヤカの顔が歪む。
「…いません」
小さく呟く。
「もう…誰も…」
涙がポロリとこぼれる。
「ブロックされました…三日前に…」
「…」
キョウカ、何も言えない。
ただ、そばに立つ。
「ずっと…返信待ってたんです…既読ついてるから…返事くれるかなって…」
アヤカ、泣きながら笑う。
「でも…ブロックされて…もう…連絡取れなくて…」
「それでも、ここに来てるんですね」
「はい…なんか…ここに来れば…返事が来るような気がして…」
アヤカ、スマホを取り出す。
画面を見る。
通知、ゼロ。
「…来ないんですけどね」
その時――
みつるが、キョウカの後ろから現れた。
「君は」
アヤカ、ビクッと肩を震わせる。
「だ、誰…?」
「俺は、祓い師だ」
みつる、真顔で言う。
「君を苦しめている魔物を、祓いに来た」
「ま、魔物…?」
アヤカ、困惑する。
そして――
怖くなった。
見知らぬ男が、深夜に、「魔物を祓う」と言っている。
「あの…すみません…」
アヤカ、後ずさる。
「待て」
みつる、手を伸ばす。
「今から祓う。動くな」
「い、いやです!」
アヤカ、走り出す。
駅の方へ。
人がいる場所へ。
恐怖で走りながらも――
無意識に、スマホの画面を見ていた。
「誰かからLINEが来ていないか?」
その習慣は、命の危険を感じる時でさえ、彼女から離れない。
画面を見る。
通知、ゼロ。
また画面を見る。
通知、ゼロ。
走りながら、何度も何度も、スマホを確認する。
彼女にとって、命の危険よりも、既読スルーの不安の方が日常的だった。
「あっ…!」
キョウカ、追おうとする。
「待て」
みつる、キョウカを止める。
「追うな。今は、怖がらせてしまった」
「…すみません」
キョウカ、申し訳なさそうに頭を下げる。
「いや、君のせいではない」
みつる、アヤカが消えた方向を見る。
そして、目を閉じる。
静かに、小さく呟く。
「俺の戦略に、一点の誤りがあった」
深呼吸。
「…この失敗を、喝破ォ」
キョウカ、みつるを見る。
「みつるさん…?」
「接近のタイミングを誤った。魔物との距離、相手の心理状態、すべてを見誤った」
みつる、目を開ける。
「だが、次は成功させる」
みつる、ポケットからスマホを取り出す。
アプリを確認する。
アヤカのシルエット。
まだ、近くにいる。
「…また来よう」
みつる、キョウカを見る。
「明日も、ここに来る。彼女は、きっとまた来る」
「はい」
キョウカ、頷く。
「今度こそ、祓います」
二人、駅前を後にする。
公衆電話だけが、静かに佇んでいた。
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その夜、みつるは詠唱日記を開いた。
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【詠唱日記 5日目】
深夜、駅前の公衆電話付近にて、
新たなターゲットを発見した。
川瀬アヤカという女性。
『即レス依存型』の瘴気に憑かれていた。
鑑定の結果、
状態異常は「孤独・極度」「承認欲求・未充足」。
彼女は、誰かからの返信を待ち続け、
ブロックされた後も、同じ場所に立ち続けている。
今夜は、接触に失敗した。
俺の接近が早すぎて、彼女を怖がらせてしまった。
この失敗を、喝破する。
明日も、ここに来る。
彼女は、きっとまた来る。
そして、必ず祓う。
(キョウカが「私も同じだった」と呟いた。
彼女の手が震えていた。
彼女も、かつて同じ苦しみを味わっていたのだろう。
だからこそ、今度こそ成功させねばならない)
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キョウカも、日記を書いていた。
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【祓い師活動記録 Day 5】
深夜、駅前で新しいターゲットに接触。
川瀬アヤカさん。28歳。
既読スルーからのブロック。
それでも、返信を待ち続けている。
私も、あんな風だった。
完璧なメッセージを送って、
既読がつくたびに心臓が跳ねて、
でも返信が来なくて。
深夜2時に送ったビジネスメール。
完璧なはずなのに、返信が来ない。
自分が悪いのかって、
何度も何度も考えて。
あのモヤを見た瞬間、
かつての自分がフラッシュバックした。
手が震えた。
でも、だからこそ。
彼女を救いたい。
今夜は失敗した。
みつるさんの登場が唐突すぎて、
彼女を怖がらせてしまった。
でも、アヤカさんは逃げながらも、
スマホを何度も見ていた。
命の危険を感じながらも、
既読スルーの不安から逃れられない。
それが、『即レス依存型』の恐ろしさ。
明日もう一度。
今度こそ、救う。
(深夜の公衆電話、寒かった。
でも、アヤカさんはもっと寒かったはず。
心が)
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(第6話・終)




