第5話:弟子加入・次のターゲットへの布石
数日後。
みつるのスマホに、メッセージが届いた。
Xのダイレクトメッセージ。
キョウカからだ。
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みつるさん
ギルド活動について、相談があります。
明日、お時間いただけますでしょうか。
場所は、駅前のファミレス「サイゼリヤ」でいかがでしょうか。
17時、お待ちしています。
藤堂キョウカ
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「ギルド活動、か」
みつる、頷く。
「弟子として、真剣に取り組む気があるのだな」
返信する。
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了解。明日17時、そちらへ向かう。
葛城みつる
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送信。
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翌日、17時。
駅前のサイゼリヤ。
みつるが店内に入ると、すぐに見つけた。
窓際の席に座る、女性。
でも――
あの完璧なスーツ姿ではなく、カジュアルな服装。
白いTシャツ。
デニムのジャケット。
ジーンズ。
髪も、きっちり結んでいない。
少し、ラフに下ろしている。
そして、テーブルには――
ピザ。
マルゲリータ。
すでに一切れ食べている。
「…キョウカか?」
みつる、声をかける。
キョウカ、顔を上げる。
口にピザを頬張ったまま。
「んっ…!みふるふぁん!」
慌てて飲み込む。
「すみません、お腹空いてて…」
「いや、構わん」
みつる、席に座る。
(これが、ギルドメンバーのエネルギー補給の儀式か)
真顔で納得する。
キョウカ、少し恥ずかしそうに笑う。
「あの日から、毎日ピザ食べてるんです」
「それはいいことだ」
みつる、真剣な顔で頷く。
「解放された証拠だ。戦士には、適切な栄養補給が必要だ」
「ありがとうございます」
キョウカ、もう一切れピザを取る。
「みつるさんも、どうぞ」
「では、遠慮なく」
みつる、ピザを一切れ取る。
その時――
ガヤガヤと、店内の音が聞こえてくる。
ドリンクバーで氷が落ちる音。
カラン、カラン。
後ろの席の学生たちの会話。
「マジで数学やばいって」
「赤点確定じゃん」
みつる、耳を澄ます。
(周囲の環境音…ギルド拠点は賑やかだな)
(あの氷の音は、警戒システムか?)
(後ろの若者たちの会話…NPCの情報交換だろう)
真剣な顔で、周囲を観察する。
キョウカ、そんなみつるを見て、微笑む。
(相変わらず、真剣…)
二人、ピザを食べる。
奇妙な光景。
ギルドの作戦会議が、ファミレスでピザを食べながら行われている。
キョウカ、ピザを飲み込んで、本題に入る。
「それで、相談なんですが」
Macbook Proを開く。
画面には、スプレッドシート。
「これ、見てください」
みつる、画面を覗き込む。
スプレッドシートには、こう書かれていた。
```
【廻呪討伐管理シート】
| 日付 | 場所 | ★ | 時間帯 | 結果 | 使用した歌 |
|------|------|---|--------|------|-----------|
| 11/1 | コンビニ | ★★☆ | 23:00 | 成功 | 天の原... |
| 11/3 | カフェ | ★★☆ | 12:00 | 成功 | わびぬれば... |
```
「…!」
みつる、画面を凝視する。
そして、内心で確信する。
(異世界の辺境伯時代、こういう『兵站管理』が最も重要だった)
(領地経営では、資源配分、人員配置、戦闘記録の管理が生命線だった)
(キョウカは、その才能がある…!)
「素晴らしい」
みつる、感心したように頷く。
「これは…討伐記録の管理シートか」
「はい」
キョウカ、説明する。
「みつるさんのアプリの使い方、もっと効率化できると思って」
画面をスクロール。
別のシートが表示される。
```
【ターゲット分析】
エリア別出現率:
- コンビニ:40%
- カフェ:30%
- 駅周辺:20%
- その他:10%
時間帯別:
- 深夜(22-2時):50%
- 昼間(11-14時):30%
- 夕方(17-20時):20%
★の数と難易度:
- ★☆☆:初級
- ★★☆:中級
- ★★★:上級
```
「…完璧だ」
みつる、真剣な表情で言う。
「君の管理能力は、組織運営に不可欠だ」
(辺境伯時代、こういう分析ができる参謀がいれば、戦は圧倒的に有利になった)
(キョウカは、ギルドの要になる)
「さすがギルドマスター候補だ」
「ギルドマスター候補…?」
キョウカ、首を傾げる。
でも、まあいいか。
「それで、もう一つ聞きたいことが」
キョウカ、画面を閉じる。
「あの…これ、もしかして…」
スマホを取り出す。
『タ・テム・エ』のアプリを表示。
「マッチングアプリでは…?」
「…!」
みつる、驚いた顔をする。
「よく気づいたな」
「え、やっぱり…?」
キョウカ、困惑する。
「当然だ」
みつる、真顔で説明する。
「魔物は、恋愛の負の感情から生まれる。マッチングアプリは、その負の感情が集まる場所だ」
「…なるほど」
キョウカ、納得したフリをする。
「つまり、このアプリは、魔物を検知するために開発されたシステムなんですね」
「その通りだ」
みつる、頷く。
キョウカ、スマホを見る。
(いや、絶対に普通のマッチングアプリだよね…)
内心でツッコむ。
でも、口には出さない。
(まあ、効果は本物だし、いいか)
諦めた。
キョウカは、このおじさんの勘違いに付き合うことにした。
「わかりました。では、このアプリを使って、次のターゲットを探しましょう」
「頼もしいな」
みつる、満足げに頷く。
その時――
キョウカの手が、ピクリと震えた。
「…あ」
スマホを握りしめる。
「どうした?」
みつる、キョウカを見る。
キョウカ、自分の手を見つめる。
「なんか…感じます」
「感じる?」
「はい…誰かが、すごく辛そうな気配…」
キョウカの脳内に、映像が浮かぶ。
Macbookの通知音。
ピン、ピン、ピン。
でも、開いても何もない。
プレゼン資料が羅列される。
でも、どれも「未読」「保留」「却下」。
そして――
夜の街。
公衆電話。
スマホを握りしめる女性。
「…!」
キョウカ、目を見開く。
「夜の街…公衆電話…スマホを握りしめてる人…?」
(これが…私の『リスク予測能力』…?)
キョウカ、内心で納得する。
(ビジネスで培った、相手の状況を読む力が、こういう形で発揮されてるのかも…)
「!」
みつる、確信する。
「鑑定スキルが芽生えたか!」
「鑑定スキル…?」
キョウカ、首を傾げる。
「これが、スキルなんですか?」
「そうだ。君も祓い師としての能力が開花し始めている」
みつる、嬉しそうに頷く。
「おそらく、鑑定スキルLv.1だな」
「レベル…?」
キョウカ、困惑する。
でも、まあいいか。
その時、みつるのスマホが震えた。
通知。
『タ・テム・エ』のアプリ。
『近くに素敵な女性がいます!今すぐチェック!』
みつる、アプリを開く。
女性のシルエット。
『相性度:★★☆』
場所:駅前、公衆電話付近
時間:深夜23時頃
「…!」
みつる、画面を見せる。
「キョウカ、君が感じたのはこれか」
キョウカ、画面を見る。
「深夜…公衆電話…?」
不安そうな顔。
「危険では…?」
「魔物は、夜に活性化する」
みつる、真剣な顔で言う。
「だが、それを祓うのが俺たちの使命だ」
「…はい」
キョウカ、頷く。
「では、明日の深夜、偵察に行こう」
「私も同行します」
キョウカ、即答する。
「危険だが…いいだろう」
みつる、キョウカの決意を認める。
「ギルドメンバーとして、共に戦おう」
「はい!」
キョウカ、力強く頷く。
二人、ピザを食べ終える。
後ろの席の学生が「テスト終わったら遊ぼうぜ」と笑っている。
ドリンクバーの氷が、また落ちる。
カラン、カラン。
みつる、その音を聞きながら、頷く。
(この拠点も、悪くない)
奇妙なギルドの、奇妙な作戦会議が終わった。
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その夜、みつるは詠唱日記を開いた。
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【詠唱日記 4日目】
本日、討伐任務はなし。
だが、重要な進展があった。
藤堂キョウカが、ギルドメンバーとして
本格的に活動を開始した。
彼女は、討伐記録を管理シートにまとめ、
ターゲットの出現パターンを分析した。
素晴らしいマネジメント能力だ。
辺境伯時代、こういう兵站管理ができる参謀を
常に求めていた。
彼女は、ギルドマスターの素質がある。
さらに、彼女に鑑定スキルが芽生えた。
レベル1とはいえ、遠くの魔物の気配を感じ取れる。
明日、深夜に新たな討伐任務が待っている。
公衆電話付近で、レベル2の魔物。
キョウカと共に、挑む。
この世界での戦いは、一人ではなくなった。
仲間がいる。
それは、心強いことだ。
(ファミレスでの作戦会議。
ピザを食べながらの戦略会議。
この世界のギルドは、カジュアルだが、
それもまた良い)
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キョウカも、その夜、日記を書いていた。
といっても、Macbook Proのドキュメント。
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【祓い師活動記録 Day 4】
今日、みつるさんと作戦会議。
スプレッドシートで討伐記録を管理することにした。
データ分析は得意だから、これなら役に立てる。
みつるさんは、相変わらずの勘違い全開。
「ギルドマスター候補」とか言われた。
でも、まあいい。
効果は本物だし、私も救われたし。
それに、なんか…楽しい。
完璧なキャリアウーマンを演じてた時より、
ずっと楽しい。
あと、なんか変な能力が芽生えた。
辛そうな人の気配が、脳内にビジュアルで浮かぶ。
みつるさんは「鑑定スキルLv.1」って言ってたけど、
たぶん、これ私のリスク予測能力だと思う。
ビジネスで培ったスキルが、こういう形で役立つなんて。
明日、深夜に新しいターゲット。
公衆電話付近の女性。
同行することにした。
ちょっと怖いけど、
みつるさんがいれば大丈夫…だと思う。
たぶん。
(今日もピザ食べた。サイゼリヤ最高)
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深夜、駅前。
公衆電話のそばに、女性が立っていた。
スマホを握りしめ、画面を見つめている。
既読がつかない。
返信が来ない。
もう、三日目。
女性――川瀬アヤカは、スマホを握りしめたまま、動けなかった。
そして、彼女の背後に――
黒いモヤが、静かに渦巻いていた。
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(第5話・終)




