第4話:丸の内カフェ決戦
翌日、正午。
丸の内のカフェ「ルミエール」。
ガラス張りのオシャレな店内。白いテーブル。観葉植物。BGMはジャズ。
客層は、ほぼ女性。OL、主婦、大学生。ランチタイムの華やかな空気。
そこに――
自動ドアが開く。
カラーン。
みつるが入店した。
ヨレヨレのスーツ。
シワだらけ。
肩が埃っぽい。
袖がテカっている。
そして、左手の薬指に、安物の銀色の指輪。
店内の会話が、一瞬止まる。
女性客が、一斉にチラリと見る。
「…なに、あのおじさん」
「ヤバくない?」
小声の囁き。
みつる、それらを無視する。
真っ直ぐに歩く。
まるで戦場に向かうような、背筋を伸ばした歩き方。
視線は、店内をスキャンしている。
レジの店員が、不安そうにこちらを見る。
みつる、店員を無視。
メニューも見ない。
ただ、店内を見回す。
そして――見つけた。
窓際の席。
紺色のパンツスーツを着た女性。
完璧なメイク。
整えられた髪。
Macbook Proの前に座り、スマホを見ている。
「あれか」
みつる、近づく。
女性――キョウカが、顔を上げる。
一瞬、固まる。
目の前に立つ、ヨレヨレスーツのおじさん。
(これが…本物の術者の装束…?)
キョウカ、内心で戸惑う。
でも、あの動画の真剣さを思い出す。
(いや、きっと…見た目じゃないのよ。本物は、こういうものなのかも…)
無理やり納得する。
「藤堂キョウカさんか」
「…は、はい」
キョウカ、立ち上がる。
「葛城みつるさん、ですね」
「ああ」
みつる、席に座る。
背筋を伸ばしたまま。
まるで王座に座るような姿勢。
キョウカも座る。
二人、向かい合う。
沈黙。
キョウカ、スマホを置く。
「お忙しい中、ありがとうございます」
「いや、構わん」
みつる、真顔で答える。
「ギルドからの勧誘とあれば、断る理由はない」
「…ギルド?」
キョウカ、首を傾げる。
「あ、いえ…その、組織、ですよね」
「そうだ」
みつる、頷く。
「君たちの組織は、どういう規模なのか」
「組織…」
キョウカ、困惑する。
でも、話を合わせる。
「…まあ、小規模です。今のところ、私一人ですが」
「一人?」
みつる、驚く。
「では、君が代表か」
「あ、いえ…その…」
キョウカ、言葉に詰まる。
でも、みつるは気にしない。
「まあいい。本題に入ろう」
みつる、キョウカを見る。
そして――
「鑑定」
頭の中で、スキルを発動する。
みつるの視界に、ゲーム風のステータスウィンドウが浮かび上がる(脳内イメージ)。
【対象:藤堂キョウカ】
レベル:32
状態異常:自己抑制(極度)
目標閾値:高すぎる
プレッシャー値:MAX
廻呪タイプ:スペック病型
```
キョウカの背後に、何かが見える。
黒いモヤ。
でも、昨夜のコンビニの女性とは違う。
キラキラしている。
輝いているのに、黒い。
まるで――
ハイブランドのロゴのような光沢。
Macbook Proの画面の輝きのような、冷たい光。
重い。
プレッシャーのような、何か。
「…!」
みつる、目を見開く。
「これは…」
キョウカ、不安そうに尋ねる。
「どうかしましたか?」
「いや」
みつる、真顔で答える。
「君にも、憑いている」
「…え?」
「魔物だ」
キョウカ、固まる。
「魔物…?」
「ああ。君の背後に、黒い瘴気が見える」
みつる、確信したように頷く。
「鑑定の結果、『スペック病型』だ」
「スペック…病型…?」
キョウカ、呆然とする。
みつる、説明する。
「完璧を求めすぎて、自分を追い込むタイプの瘴気だ。状態異常は『自己抑制・極度』。目標閾値が高すぎる。プレッシャー値がMAXになっている」
「…!」
キョウカ、息を呑む。
すべて、図星だった。
完璧なプロフィール。
完璧な仕事。
完璧な容姿。
すべて、自分に課した枷。
「どうして…」
キョウカ、小さく呟く。
「どうして、そこまでわかるんですか」
「鑑定スキルLv.7だ」
みつる、淡々と答える。
「君の瘴気は、輝いている。だが、それは光ではなく、プレッシャーの輝きだ。ハイブランドのロゴや、高級なデバイスの光沢のように見える」
キョウカ、目に涙が浮かぶ。
「…そうです」
小さく頷く。
「私、もう…疲れました」
「そうか」
みつる、立ち上がる。
「では、祓おう」
「え…?」
キョウカ、顔を上げる。
みつる、席を離れ、キョウカの隣に立つ。
距離、二メートル。
店内の女性客が、こちらを見る。
「え、なに…?」
「あのおじさん、何してるの…?」
みつる、それらを無視する。
深呼吸。
スゥゥゥゥ――
一回。
キョウカ、困惑する。
「あの…みつるさん…?」
二回目の深呼吸。
スゥゥゥゥ――
店員が、こちらを見る。
「お客様…?」
三回目。
スゥゥゥゥ――
みつる、目を閉じる。
意識を集中。
そして――
カアアアアッッッ!!!
目ェカッぴらいたァァァ!!!
眼球ギョロリィィィッ!!
瞳孔全開ッ!!
血走りまくりィィッ!!
まぶた限界突破ァァッ!!
汗ダラダラダラァァッ!!
よだれダラァッ!!
血管ビキビキィィッ!!
店内、一斉にフリーズゥゥ!!
「きゃあああああッ!!」
「なにあれッ!?」
「店員さんッ!!」
みつる、キョウカの背後の"それ"を見据える。
そして、朗々と――
「わびぬればァァァァ――――ッッ!!」
カフェに響き渡る大音量ォォ!!
ジャズのBGMかき消されたァァッ!!
女性客、全員パニックゥゥ!!
「今はた同じィィィ――ッッ!!」
店員、レジから飛び出すゥゥ!!
「お、お客様ッ!!」
「難波なるゥゥゥ――ッッ!!」
キョウカ、涙ポロポロォォ!!
「な、なんで…私…泣いてるのォォ!?」
「みをつくしてもォォォ――ッッ!!」
黒いキラキラしたモヤがウネェェェ!!
ハイブランドのロゴが砕け散るゥゥ!!
Macbookの光沢が消えるゥゥ!!
「逢はむとぞ思ふゥゥゥゥゥッッッ!!!」
「喝破ァァァァァァッッッ!!!」
ドゴォォォンッッッ!!!
効果音は、みつるの脳内だけだ。
みつる、ふぅゅゅゅ…と息を吐く。
汗ダラダラダラァァ…
目を閉じる。
額の汗を拭う。
「…祓えた、か」
アプリを確認する。
『討伐完了!経験値+100』
「レベル2にしては、手強かったな」
キョウカは、椅子に座ったまま、涙を流し続けている。
でも、顔は――笑っている。
「あ…ああ…」
声が震える。
「もう…無理…」
キョウカ、両手で顔を覆う。
「もう無理!!完璧なんて無理!!」
叫ぶ。
「ピザ食いたい!!誰かに甘えたい!!もうスーツ着たくない!!」
店内、完全なる沈黙。
女性客、ポカーン。
店員、受話器を握ったまま固まる。
キョウカ、泣きながら笑う。
「なんで…こんなに…心が軽いの…」
みつる、満足げに頷く。
「それでいい」
キョウカ、顔を上げる。
涙と笑顔。
「ありがとうございます…」
「礼には及ばん」
みつる、キリッとした表情。
「では、俺はこれで」
「え…!待ってください!」
キョウカ、立ち上がる。
「私を…弟子にしてください!」
「…弟子?」
みつる、首を傾げる。
「君も、祓い師になりたいのか」
「はい!」
キョウカ、真剣な表情で頷く。
「あなたのような力が欲しいです!」
みつる、しばらく考える。
そして――
「わかった。ギルドメンバーとして、迎え入れよう」
「ありがとうございます!」
キョウカ、深々と頭を下げる。
店員が、ようやく動く。
「あ、あの…お客様…」
みつる、振り返る。
「すまない、騒がせた」
そして、堂々と退店。
カラーン。
---
キョウカは、その場に残った。
まだ涙が止まらない。
でも、笑っている。
Macbook Proを開く。
Google検索。
「阿倍仲麻呂」
検索結果。
遣唐使。奈良時代の学者。百人一首七番。
「元良親王」
検索結果。
平安時代の皇族。百人一首二十一番。
キョウカ、画面を見つめる。
「わびぬれば 今はた同じ 難波なる
みをつくしても 逢はむとぞ思ふ」
意味を調べる。
『評判を気にして悩むなら、いっそ全てを捨てて本心で生きよう』
「…」
キョウカ、涙を拭く。
そして、新しいドキュメントを開く。
タイトル:『祓いの術・体系化プロジェクト(仮)』
キョウカの指が、キーボードを叩く。
```
1. 詠唱の原理
- 和歌(5-7-5-7-7)を使用
- 羞恥を超えた真心が必要
- 相手の状態に応じた歌を選ぶ
2. 鑑定スキル
- 相手の「廻呪」を見抜く能力
- レベルにより精度が変わる
3. ビジネス化の可能性
- 需要:婚活疲労者、承認欲求過多者
- 供給:術者の育成
- マネタイズ:?
キョウカ、タイピングを止める。
「…私、何やってるんだろう」
でも、笑う。
「でも…面白いかも」
元キャリアウーマンのスキルが、目覚める。
分析。
体系化。
マネジメント。
これが、祓い師として活きるかもしれない。
キョウカ、Macbookを閉じる。
そして、スマホでピザのデリバリーサイトを開く。
「まずは、ピザね」
マルゲリータ、Lサイズ。
注文。
完了。
キョウカ、立ち上がる。
店を出る。
新しい人生が、始まった。
その夜、みつるは詠唱日記を開いた。
【詠唱日記 3日目】
丸の内のカフェにて、
藤堂キョウカという女性を祓った。
彼女は『スペック病型』の瘴気に憑かれていた。
鑑定の結果、状態異常は「自己抑制・極度」。
完璧を求めすぎて、自分を追い込んでいたのだろう。
元良親王の歌で祓う。
「わびぬれば 今はた同じ 難波なる
みをつくしても 逢はむとぞ思ふ」
評判を気にして悩むなら、
いっそ全てを捨てて本心で生きよう、という歌だ。
彼女は泣きながら笑い、
「ピザが食いたい」と叫んだ。
素直でいい。
彼女は俺の弟子になりたいと言った。
ギルドメンバーとして迎え入れることにした。
この世界での戦いは、まだ始まったばかりだ。
(カフェの女性客が、全員固まっていた。
この世界の人々は、祓いの儀式を見慣れていないようだ)
(第4話・終)




