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第3話:メッセージバトル

 翌朝。


 みつるがスマホを開くと、通知が大量に来ていた。


『フォロワーが100人増えました』


『あなたの投稿がリポストされました(234件)』


『メンションが届いています(89件)』


「…ん?」


 みつる、画面を確認する。


 Xのアプリ。開いた覚えはないが、アカウントが存在している。


 タイムラインを見ると――


『コンビニで和歌を叫ぶ謎のおっさんwww』


 動画。


 昨夜のコンビニの映像。


 目ェカッぴらいて詠唱する、みつる。


 再生回数:47万回。


「…これは」


 みつる、真顔で画面を見つめる。


「俺の戦闘シーンが、記録魔法陣(防犯カメラ)によって拡散されたのか」


 コメント欄を見る。


『やべえwww』


『狂ってる』


『でも和歌は綺麗』


『何がしたいのこの人』


 そして――


『ガチで通報案件』


『警察呼んだ方がいい』


『危険人物では』


「…!」


 みつる、眉をひそめる。


「通報…?」


 画面を凝視する。


「なるほど。魔物側の差し金か」


 みつる、確信したように頷く。


「俺を潰すための情報戦というわけか。祓い師を妨害しようとする勢力がいるのは、当然といえば当然だな」


 スマホを置く。


「フン。構わん。俺は俺の道を行くだけだ」


 コーヒーを淹れる。


 朝の静けさ。


 無職の朝は、やることがない。


---


 その頃。


 都内某所、外資系コンサルティングファームのオフィス。


 デスクに向かう女性がいた。


 藤堂キョウカ、三十二歳。


 紺色のパンツスーツ。完璧なメイク。ハイヒール。


 デスクには、整理されたファイル、Macbook Pro、そして高級なペンが並んでいる。


 キョウカは、スマホでXを見ていた。


 昼休み。


 タイムラインに流れてきた動画。


『コンビニで和歌を叫ぶ謎のおっさん』


「…?」


 再生する。


 目ェカッぴらいて詠唱するおじさん。


 周囲のドン引き。


 女性の涙。


「天の原 ふりさけみれば春日なる

 三笠の山に いでし月かも」


 キョウカ、動画を止める。


 もう一度、最初から見る。


 おじさんの真剣な顔。


 女性の涙。


 そして、女性が最後に言った言葉。


『心が…すごく軽いんです…』


「…」


 キョウカ、スマホを置く。


 デスクの上のコーヒーを飲む。


 冷めている。


 キョウカは、ここ数年、ずっと疲れていた。


 完璧なプロフィール。


 完璧な仕事。


 完璧な容姿。


 マッチングアプリのプロフィールは、隙がない。


 年収、学歴、趣味、すべて完璧。


 でも、マッチングしない。


 いや、マッチングはする。


 でも、続かない。


 相手が求めるのは「完璧なキョウカ」で、「疲れたキョウカ」ではない。


 キョウカは、もう限界だった。


 ピザが食べたい。


 誰かに甘えたい。


 完璧なんて、捨てたい。


 でも、捨てられない。


 そんな時、この動画を見た。


 おじさんは、狂っている。


 でも、本気だった。


 そして、女性は救われた。


 あの女性の『心が軽い』という感覚。


 それが、偽りの自分に疲れた私にも必要なんじゃないか。


「…」


 キョウカ、スマホを操作する。


 Google検索。


「ピザ 宅配」


 画像が表示される。


 チーズたっぷりのピザ。


 マルゲリータ。


 クアトロフォルマッジ。


 見ているだけで、涎が出そうになる。


「…食べたい」


 小さく呟く。


 でも、今日の夕食は、サラダとプロテイン。


 完璧な体型を維持するために。


 キョウカ、スマホを置く。


 そして、もう一度、動画を見る。


 動画のアカウントを確認。


 投稿者は、撮影した高校生カップルの男。


 でも、動画の中のおじさんのアカウントは?


 コメント欄を探す。


 そして、見つけた。


『本人のアカウントらしい』


 リンク。


 タップ。


 みつるのアカウント。


 プロフィール:「鑑定Lv.7、歴史知識、ゲーム脳」


 投稿:ほぼゼロ。


 フォロワー:134人(急増中)。


「…鑑定Lv.7?」


 キョウカ、画面を凝視する。


「ゲーム脳…?」


 意味が分からない。


 でも、確信した。


「この人、本物だ」


 何の本物かは分からない。


 でも、あの動画の真剣さ。


 あの女性の涙。


 そして、この謎のプロフィール。


 全てが、キョウカの心を揺さぶった。


「…連絡してみよう」


 キョウカ、Xのダイレクトメッセージを開く。


 そして、ビジネスメールのように、丁寧に文章を書き始めた。


---


 件名:【緊急】貴殿の「スキルツリー」、拝見いたしました。


---


 突然のご連絡、失礼いたします。


 藤堂キョウカと申します。


 昨夜、貴殿の「戦闘記録」を拝見いたしました。

 (コンビニでの詠唱シーン)


 率直に申し上げます。

 貴殿は、本物の「術者」ではないでしょうか。


 私も、同じような「何か」を感じたことがあります。


 プロフィールの「鑑定Lv.7」とは、

 どのような原理で発動するスキルなのでしょうか?

 また、「歴史知識」「ゲーム脳」との関連性についても、

 ご教示いただけますと幸いです。


 つきましては、一度「作戦会議」のお時間をいただけないでしょうか。


 ご都合の良い日時をお知らせください。


 何卒、よろしくお願いいたします。


 藤堂キョウカ


---


 送信。


 キョウカ、スマホを置く。


 心臓がドキドキしている。


「…私、何やってるんだろう」


 でも、送ってしまった。


 返信が来るかどうかは、わからない。


---


 その日の夕方。


 みつる、スマホが震えるのに気づく。


 通知。


 Xのダイレクトメッセージ。


「…ん?」


 開く。


 長文のメッセージ。


 件名:【緊急】貴殿の「スキルツリー」、拝見いたしました。


「!」


 みつる、画面に食いつく。


 読む。


 術者。


 戦闘記録。


 鑑定Lv.7の原理。


 歴史知識、ゲーム脳との関連性。


 作戦会議。


「これは…!」


 みつる、確信する。


「ギルド勧誘だ!」


 この世界にも、祓い師の組織がある。


 そして、この「藤堂キョウカ」という人物は、そのギルドのスカウト担当なのだろう。


「俺のスキルについて、具体的に質問してきている。つまり、組織として正式に評価しようとしているわけか」


 みつる、感心したように頷く。


「礼儀正しいギルドだな。この世界の祓い師組織は、ビジネスライクに運営されているのかもしれない」


 みつる、返信を書き始める。


---


 了解した。


 作戦会議、参加する。


 スキルの詳細については、直接説明しよう。


 日時は、そちらに任せる。


 葛城みつる


---


 送信。


 シンプルだが、真剣な返信。


 キョウカのスマホが震える。


 返信が来た。


 開く。


『了解した。作戦会議、参加する。』


「…!」


 キョウカ、思わず立ち上がる。


 周囲の同僚が、チラリと見る。


 キョウカ、慌てて座る。


 返信を書く。


---


 ありがとうございます。


 それでは、明日12時、丸の内のカフェ「ルミエール」でいかがでしょうか。


 場所:https://maps.google.com/...


 私は、紺色のスーツを着ています。


 藤堂キョウカ


---


 送信。


 みつる、すぐに返信する。


---


 了解。


 明日12時、そちらへ向かう。


 葛城みつる


---


 キョウカ、スマホを握りしめる。


「…明日、会える」


 心臓がドキドキしている。


 この人は、本当に「本物」なのか。


 それとも、ただの変な人なのか。


 でも、確かめたい。


 キョウカは、その夜、何度もクローゼットを開けて、明日着る服を選んだ。


 完璧なスーツ。


 いや、違う。


 もう少し、カジュアルな方がいいか。


 でも、やっぱりスーツ。


 結局、紺色のパンツスーツに決めた。


 完璧なキョウカで、会いに行く。


---


 みつるは、その夜、クローゼットを開けた。


 中には、久しぶりに着るスーツがある。


 ヨレヨレ。


 シワだらけ。


 ブラック企業時代の遺物。


「…作戦会議か」


 みつる、スーツを取り出す。


「ギルドとの初対面だ。正装で臨むべきだろう」


 スーツを広げる。


 肩が埃っぽい。


 袖がテカっている。


 でも、これしかない。


「まあ、いい。俺の実力は、服装ではなく戦闘で証明する」


 みつる、スーツをハンガーにかける。


 そして、引き出しから、小さな指輪を取り出す。


 銀色。


 安物。


 学生時代に買った、ただのアクセサリー。


 でも、みつるにとっては「異世界で手に入れた魔法の指輪」だ。


「これを身につけていけば、魔力が安定する」


 指にはめる。


 ピッタリ。


「よし」


 みつる、鏡を見る。


 四十歳の無職の男。


 ヨレヨレのスーツ。


 安物の指輪。


 完璧な戦闘態勢だ(本人視点)。


---


 みつるは、詠唱日記を開いた。


---


【詠唱日記 2日目】


本日、討伐任務はなし。


だが、重要な連絡が入った。


「藤堂キョウカ」という人物から、

ギルド勧誘のメッセージ。


俺のスキルについて、具体的な質問があった。

組織として正式に評価しようとしているのだろう。


明日、作戦会議に参加する。


この世界の祓い師組織は、

ビジネスライクで礼儀正しい。


ただし、油断はしない。

ギルドには、裏がある場合もある。


まずは、相手の真意を見極める。


(久しぶりにスーツを着る。

 異世界の指輪も身につけた。

 準備は万全だ)


---


(第3話・終)

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