第2話:コンビニにて【メンヘラ型】廻呪を撃破
スマホが震える。
通知音。
みつるは歩きながら画面を確認した。
『近くに素敵な女性がいます!今すぐチェック!』
「…やはりな」
地図が表示される。現在地から徒歩五分。コンビニの位置にピンが立っている。
「討伐ポイントが示された」
みつる、足を速める。
夜の住宅街。街灯の明かり。誰もいない道。
「この世界の魔物は、人目につかない場所に潜んでいるのか。いや、違うな。人が多い場所でこそ、負の感情は集まる」
角を曲がる。
コンビニが見えた。
蛍光灯の白い光。24時間営業の看板。駐車場には車が数台。
みつる、入口の自動ドアをくぐる。
カラーン。
店内は静かだった。レジに店員が一人。客は数人。BGMが流れている。「♪恋するフォーチュンクッキー」。
みつる、アプリを確認する。
画面に矢印。店内の奥を指している。
「あちらか」
店内を進む。
弁当コーナー、雑誌コーナー、そして――
アイスコーナー。
そこに、女性が立っていた。
二十代後半。黒いコート。うつむいている。スマホを握りしめている。
そして、彼女の背後に――
黒いモヤのようなものが、揺らめいている。
「あれか」
みつる、アプリを確認する。
画面に女性のシルエット。
『相性度:★★☆』
「レベル2。予想通りだ」
女性が小さく呟く。
「…既読スルー…やっぱり私なんて…」
みつる、目を細める。
「鑑定」
頭の中で、スキルを発動する。
女性の背後のモヤが、みつるの目にはっきりと見えてくる。
黒い。
重い。
渦を巻いている。
そして――
(見える…!あの黒いモヤは『郷愁と承認欲求の瘴気』…!)
みつる、確信する。
「なるほど。遠く離れた何かを求め、認められたいと願う心が、魔物を呼び寄せているのか」
ならば、使うべき歌は決まった。
「早く祓わねば」
近づく。
距離、三メートル。
二メートル。
女性が気づく。顔を上げる。
「すまない」
みつる、声をかける。
女性、ビクッと肩を震わせる。
「は、はい…?」
警戒の色。当然だろう。深夜のコンビニで、見知らぬ男が話しかけてきたのだから。
「動かないでほしい」
みつる、真顔で言う。
「今から祓う」
「え…?」
女性、困惑する。
みつる、女性の前、ちょうど二メートルの距離で立ち止まる。
仁王立ち。
レジにいた店員が、こちらを見る。
カップルの男が「やべえwww」と笑いかける。
みつる、それらを無視する。
深呼吸。
スゥゥゥゥ――
一回。
目を閉じる。
意識を集中。
脳裏に、記憶が蘇る。
あの異世界。
辺境伯としての日々。
魔王軍との戦い。
剣を振るい、呪文を唱え――
二回目の深呼吸。
スゥゥゥゥ――
戦場の記憶。
仲間たちの叫び。
勝利の凱歌。
そして、エルフのヒロインの笑顔――
♪「恋するフォーチュンクッキー」♪
コンビニのBGM。
記憶が途切れる。
みつる、目を開ける。
目の前は、コンビニのアイスコーナー。
蛍光灯の白い光。
困惑した女性。
そして、祓うべき瘴気。
三回目の深呼吸。
スゥゥゥゥ――
この世界の"型"を、身体が思い出す。
店員が、そっとスマホを取り出す。110番の画面。
カップルの男が、スマホを向ける。撮影体勢。
女性が「え…えぇ…?」と戸惑う。
みつる、目を閉じる。
そして――
カアアアアッッッ!!!
目ェカッぴらいたァァァ!!!
眼球ギョロリィィィッ!!
瞳孔全開ッ!!
血走りまくりィィッ!!
まぶた限界突破ァァッ!!
汗ダラダラダラァァッ!!
よだれダラァッ!!
血管ビキビキィィッ!!
女性「ひっ…!」
店員「!!!」(固まる)
カップルの男「うわっ!?」
みつる、女性の背後の"それ"を見据える。
そして、朗々と――
「天の原ァァァァ――――ッッ!!」
コンビニに響き渡る大音量ォォ!!
「恋するフォーチュンクッキー」かき消されたァァッ!!
店内の客、全員フリーズゥゥ!!
「ふりさけみればァァァ――ッッ!!」
店員、110番プッシュゥゥ!!
「う、うわああああッ!!」
「春日なるゥゥゥ――ッッ!!」
女性、涙ポロポロォォ!!
「な、なんで…泣いてるのォォ!?」
「三笠の山にィィィ――ッッ!!」
黒いモヤがウネェェェ!!
悶絶するように揺らめくゥゥ!!
「いでし月かもォォォォォッッッ!!!」
「喝破ァァァァァァッッッ!!!」
ドゴォォォンッッッ!!!
効果音は、みつるの脳内だけだ。
みつる、ふぅゅゅゅ…と息を吐く。
汗ダラダラダラァァ…
目を閉じる。
額の汗を拭う。
「…祓えた、か」
アプリを確認する。
『討伐完了!経験値+50』
「よし」
女性は、ポカーンとした顔で立ち尽くしている。
でも涙が止まらない。頬を濡らし続けている。
「あ…あの…」
みつる、振り返る。
満足げな笑み。
「無理はするなよ」
女性、呆然としたまま頷く。
「は、はい…」
そして、自分の胸に手を当てる。
「心が…すごく軽いんです…」
「それは良かった」
みつる、キリッとした表情で頷く。
「では、俺はこれで」
堂々と、コンビニを後にする。
カラーン…
自動ドアが閉まる。
店内、完全なる沈黙。
シィィン…
店員は受話器を握ったまま固まっている。
カップルの男は、撮影した動画を見返している。
「…マジでヤバいの撮れたwww」
彼女が、ボソリと呟く。
「…でも、なんか、綺麗な言葉だった」
彼氏「は?」
彼女「なんでもない」
彼氏、スマホを操作する。
「とりあえずXにアップしとこwww」
警備員が駆けつけてくる。
「どうしました!?」
店員「あ、いえ…もう…」
女性が首を振る。
「大丈夫です。何も…」
説明できない。
ただ、確かに何かが変わった。
防犯カメラには、すべてが記録されていた。
目をカッぴらいて和歌を詠む、四十歳の男。
完全に、通報案件だった。
そして、この動画が、翌日『コンビニで和歌を叫ぶ謎のおっさん』としてバズるとは、この時の誰も知る由もなかった――。
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帰宅後、みつるは日記を開いた。
詠唱日記。
廻呪を祓った日だけ記録する、特別なノート。
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【詠唱日記 1日目】
異世界での初陣を飾った。
コンビニのアイスコーナーにて、
黒い瘴気をまとった女性を発見。
鑑定の結果、『郷愁と承認欲求の瘴気』と判明。
阿倍仲麻呂の歌で祓う。
「天の原 ふりさけみれば春日なる
三笠の山に いでし月かも」
遠く離れた故郷の月を想う歌だ。
彼女も誰かに想いを馳せていたのだろう。
祓われた彼女は涙を流し、礼を述べた。
俺は「無理はするなよ」としか返せなかった。
周囲のNPCたちの視線が刺さったが、
これが祓い師の宿命というものだろう。
(店を出た後、遠くでパトカーのサイレンが聞こえた。
この世界、治安が悪いのかもしれない)
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(第2話・終)




