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第10話:代々木公園での公開詠唱

 翌日、昼。


 代々木公園。


 晴れ。


 休日の公園は、人で賑わっていた。


 ジョギングする人々。


 子連れの親子。


 ピクニックを楽しむカップル。


 犬の散歩。


 平和な光景。


 そこに――


 みつる、キョウカ、アカリの三人が到着した。


「ここか」


 みつる、周囲を見回す。


 広い芝生。


 青々とした草。


 大地。


「完璧だ」


「完璧…?」


 アカリ、不安そうに周囲を見る。


「人、めちゃくちゃ多いですけど…」


「構わん」


 みつる、真顔で答える。


「祓いの儀式は、大地との接続が不可欠だ。芝生の上が最適なのだ」


「儀式…」


 アカリ、キョウカを見る。


「大丈夫ですよ」


 キョウカ、微笑む。


「少し…変わった方法ですけど、効果は本物です」


「変わった方法…?」


 その時――


 アカリのスマホが震えた。


 通知。


 インスタ。


 昨夜の投稿。


「明日、和歌おじさんと会います!代々木公園で!」


 いいね!:8,234。


 コメント:456件。


 アカリ、画面を見つめる。


 心臓がドキドキする。


(すごい…)


(こんなに反応がある…)


 そして――


 ふと思う。


(これ、ライブ配信したら…)


(もっとバズるんじゃ…?)


 アカリ、インスタライブを起動する。


 カメラをみつるに向ける。


 配信開始。


 視聴者数:0


 1秒後――


 10、50、100、500…


 爆発的に増えていく。


「待て」


 みつる、アカリの手を止める。


記録魔法陣カメラは、後で構わん。まずは、君を祓う」


「え…あ、でも…」


 アカリ、画面を見る。


 視聴者数:2,000。


 コメントが流れる。


『なにこれ』


『和歌おじさんだ!』


『リアルタイムで見れる!』


「でも、配信…」


「構わん」


 みつる、真顔で言う。


「見られようと、変わらない。君を救うことが優先だ」


「…はい」


 アカリ、スマホを芝生の上に置く。


 配信は続いている。


 画面には、みつるとアカリが映っている。


 視聴者数:5,000。


 キョウカ、その画面をチラリと見る。


(な、なんてこと…!)


(リアルタイムで視聴者数が…!)


 内心で焦る。


(これは社会的リスクが臨界点を超えてる!)


「では、始めるぞ」


 みつる、芝生の真ん中に立つ。


 アカリを前にする。


 距離、三メートル。


 キョウカが、アカリのそばに立つ。


「大丈夫です。私も、こうやって救われました」


「はい…」


 アカリ、頷く。


 周囲の人々が、チラリとこちらを見る。


「何やってるんだろう…?」


「変な人たち…」


 小声の囁き。


 でも、みつるは気にしない。


 深呼吸。


 スゥゥゥゥ――


 一回。


 公園の喧騒。


 子供の笑い声。


 犬の鳴き声。


 でも、みつるの意識は研ぎ澄まされていく。


 アカリのスマホ。


 画面。


 視聴者数:10,000。


 コメントが爆発する。


『なんか始まるぞ』


『深呼吸してる』


『まさか…あの和歌…?』


 二回目の深呼吸。


 スゥゥゥゥ――


 ジョギング中の男性が、立ち止まる。


「あれ…何してるんだ?」


 視聴者数:20,000。


 三回目。


 スゥゥゥゥ――


 みつる、目を閉じる。


 意識を集中。


 承認欲求。


 いいね!の数。


 フォロワーの数。


 それらに縛られた、アカリの心。


 その鎖を、断ち切る。


 視聴者数:50,000。


 そして――


 カアアアアッッッ!!!


 目ェカッぴらいたァァァ!!!


 眼球ギョロリィィィッ!!


 瞳孔全開ッ!!


 血走りまくりィィッ!!


 まぶた限界突破ァァッ!!


 汗ダラダラダラァァッ!!


 よだれダラァッ!!


 血管ビキビキィィッ!!


 公園、一斉にフリーズゥゥ!!


 ジョギング中の人、立ち止まるゥゥ!!


 子連れの親、子供を抱きしめるゥゥ!!


 犬、吠えるゥゥ!!


「うわああああッ!!」


「なにあれッ!?」


「警察呼んだ方がいいッ!?」


 パニックゥゥ!!


 スマホの画面。


 視聴者数:100,000。


 コメントが画面を埋め尽くすゥゥ!!


『やべええええ』


『目ェカッぴらいた』


『これリアルタイムで見てる』


 でも――


 みつるは止まらない。


 アカリの背後の"それ"を見据える。


 キラキラしたSNSのUIのような、黒いモヤ。


 いいね!の数字。


 フォロワーの数字。


 すべてが、彼女を縛っている。


 みつる、朗々と――


「玉の緒よォォォ――――ッッ!!」


 公園に響き渡る大音量ォォ!!


 犬が一斉に吠え出すゥゥ!!


 子供が泣き出すゥゥ!!


 視聴者数:200,000。


「絶えなば絶えねェェェ――ッッ!!」


 ジョギング中の人が、スマホを取り出すゥゥ!!


 撮影開始ィィ!!


 視聴者数:300,000。


「ながらへばァァァ――ッッ!!」


 アカリ、涙ポロポロォォ!!


「な、なんで…私…泣いてるのォォ!?」


 キョウカ、アカリの手を握る。


「大丈夫です!」


 視聴者数:500,000。


「忍ぶることのォォォ――ッッ!!」


 黒いモヤがウネェェェ!!


 いいね!の数字が砕け散るゥゥ!!


 フォロワーの呪縛が解けるゥゥ!!


 視聴者数:700,000。


「弱りもぞするゥゥゥゥゥッッッ!!!」


 そして――


「喝破ァァァァァァッッッ!!!」


 ドゴォォォンッッッ!!!


 その瞬間――


 アカリのスマホの画面が、フリーズした。


 真っ暗になる。


 配信、強制終了。


 視聴者数:0。


 いいね!の呪いが、物理的に断ち切られた。


 効果音は、みつるの脳内だけだ。


 でも――


 公園中の人々が、その瞬間を見ていた。


 四十歳の男が、目ェカッぴらいて和歌を詠んだ瞬間を。


 みつる、ふぅゅゅゅ…と息を吐く。


 汗ダラダラダラァァ…


 目を閉じる。


 額の汗を拭う。


「…祓えた、か」


 アプリを確認する。


『討伐完了!経験値+150』


『レベルアップ!Lv.3になりました』


「よし」


 みつる、周囲を見回す。


 大量のスマホが、こちらを向いている。


 撮影している。


 拡散している。


(情報術式の中心を祓ったことで、拡散は一時的に収まるだろう)


 みつる、内心で確信する。


(これが、情報戦の勝利だ)


(Lv.3になったことで、新たな情報術式を覚えるかもしれんな…!)


 満足げに頷く。


 アカリは、芝生の上に座り込んでいた。


 涙が止まらない。


 でも、不思議と心が軽い。


 スマホを取り出す。


 画面は真っ暗。


 配信は終了している。


 でも――


 もう、辛くなかった。


「玉の緒よ…絶えなば絶えね…」


 小さく呟く。


 キョウカが、そばに座る。


「この歌、知ってますか?」


 アカリ、首を横に振る。


「式子内親王という人の歌です」


 キョウカ、優しく説明する。


「命の糸が切れるなら切れてしまえ。このまま生き続けたら、隠している恋心が耐えきれなくなる、という歌です」


「…」


「でも、これは恋だけじゃない。我慢し続けること、演じ続けることの苦しさを詠んでいるんです」


 キョウカ、微笑む。


「もう、我慢しなくていい。演じなくていい」


「…」


 アカリ、涙を拭う。


「いいね!…なんて…」


 小さく呟く。


「どうでもいい…」


 キョウカ、頷く。


「どうでもいいんです」


「フォロワーの数も…」


「どうでもいいんです」


「本当の私を…見てほしい…」


「それでいいんです」


 アカリ、スマホを見る。


 そして――


 ポケットに仕舞い込む。


 もう、すぐに取り出さない。


「…ありがとうございました」


 アカリ、みつるを見上げる。


「あなたは…本当に…誰なんですか…?」


「俺は、祓い師だ」


 みつる、真顔で答える。


 その時――


 周囲の人々が、ザワザワと動き出す。


「今のなんだったの…?」


「動画撮った?」


「撮った撮った!」


「これ、絶対バズるわ…」


 スマホを構える人々。


 SNSに投稿する人々。


「#和歌おじさん」


「#代々木公園」


「#ヤバい人」


 ハッシュタグが飛び交う。


 アカリ、立ち上がる。


「あの…」


 みつるとキョウカを見る。


「私…もっと知りたいです」


「何を?」


「この…祓いの術のこと」


 アカリ、真剣な顔で言う。


「私、フォロワー8万人います。影響力、あります」


「…ほう」


「この和歌の力を…もっとたくさんの人に伝えたいです」


 アカリ、拳を握りしめる。


「この力は、誰かを救うために使わなきゃいけない」


 涙が浮かぶ。


「そうでなければ、いいね!の呪いから解放された私に、存在価値がない!」


 みつる、アカリを見る。


 そして――


「わかった。ギルドメンバーとして、迎え入れよう」


「ありがとうございます!」


 アカリ、深々と頭を下げる。


「君は、広報担当だ」


 みつる、真剣な顔で言う。


「この世界での戦いを、多くの人に伝えろ」


「はい!」


 アカリ、力強く頷く。


 三人、公園を後にする。


 背後では――


 大量のスマホが、彼らを撮影していた。


 この動画が、史上最大のバズを生むことになるとは――


 この時の彼らは、まだ知らなかった。



その夜、みつるは詠唱日記を開いた。


【詠唱日記 9日目】

代々木公園にて、

アカリの祓いに成功した。

『いいね!中毒型』。

レベル3。


今までで最高難度の瘴気だった。

式子内親王の歌で祓う。


「玉の緒よ 絶えなば絶えね ながらへば

 忍ぶることの 弱りもぞする」


我慢し続けること、演じ続けることの苦しさ。

それを断ち切る歌だ。

アカリは、いいね!とフォロワーの呪縛から解放された。


詠唱中、彼女の記録魔法陣スマホ

リアルタイムで70万人に配信していた。

情報戦の中心を祓ったことで、

拡散術式は一時的に収まるだろう。


これが、情報戦の勝利だ。

そして、俺はLv.3に到達した。

新たな情報術式を覚えるかもしれない。


アカリは、ギルドメンバーとして加入した。

広報担当として、祓い師活動を広める使命を持つ。

フォロワー8万人の影響力。


これは、強力な武器になる。

ギルドは、3人体制になった。


みつる(戦闘担当)

キョウカ(マネジメント担当)

アカリ(広報担当)


この世界での戦いは、新たな段階に入った。

(公園で大勢の前で詠唱した。

 多くの記録魔法陣が、俺を撮影していた。


 だが、恐れはしない。

 俺たちの戦いは、正しい)


 キョウカも、日記を書いていた。


【祓い師活動記録 Day 9】

代々木公園で、アカリさんを祓った。

昼間の公園。

大勢の前。


みつるさん、目ェカッぴらいた。

周囲、完全にパニック。

でも、アカリさんは救われた。


「玉の緒よ 絶えなば絶えね ながらへば

 忍ぶることの 弱りもぞする」


我慢を、解放する歌。

アカリさんは、ライブ配信してた。

視聴者70万人。


リアルタイムで、社会的リスクが臨界点を超えた。

でも、「喝破!」と共に、

スマホの画面がフリーズして、配信終了。


物理的に、いいね!の呪いが断ち切られた。

アカリさん、ギルド加入。

広報担当。


フォロワー8万人の影響力を、

祓い師活動に使うって。

承認欲求が、使命感に変わった。


これは、すごいことかもしれない。

ギルドは3人体制。


みつるさん:戦闘担当(目ェカッぴらき詠唱)

私:マネジメント担当スプレッドシート

アカリさん:広報担当(SNS)


なんか、本格的になってきた。

みつるさんは「情報戦の勝利」って言ってたけど、

正直、さらにバズっただけだと思う。


でも、まあいい。

(今日もピザ食べた。

 でも、代々木公園の後は、

 さすがに食欲なかった。

 あの騒ぎ、すごすぎた)


 アカリも、その夜、日記を書いていた。

 といっても、スマホのメモアプリ。


【私の新しい人生 Day 1】


今日、私は生まれ変わった。

代々木公園で、

和歌おじさん(みつるさん)に、

祓ってもらった。


「玉の緒よ 絶えなば絶えね」


この歌、一生忘れない。

いいね!の数、

フォロワーの数、

そんなもの、どうでもよくなった。


本当の私を見てほしい。

でも――

フォロワー8万人の影響力は、

捨てちゃいけない。


この力を、誰かを救うために使う。

それが、解放された私の使命。

ギルドメンバーになった。


広報担当。

みつるさんの祓い師活動を、

もっとたくさんの人に伝える。


でも、バズりたいからじゃない。

誰かを救いたいから。

それが、私の新しい存在価値。


明日から、頑張る。

(スマホ、あんまり見なくなった。

 でも、使命のためには使う。

 これが、健全な距離感なのかも)


---


(第10話・終)

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