ヒーローには言えないこと
はじめて書いた短編です。
明るめのヒーローものにしてみました。
軽く読んでもらえたら嬉しいです。
放課後の教室に、夕日が差し込んでいた。
窓際の席で、桜が頬杖をついて外を眺めている。
その横顔はいつも通り穏やかで、見ているだけで心が落ち着く。
——僕が“ヒーロー”だから、じゃない。
昔から、ただ単純に彼女の笑顔が好きなんだ。
「彼方、また空見てるの?」
「見てないよ、きみの顔だよ」
「ふふ、なにそれ。ヒーローショーの決め台詞?」
笑ってそう言う彼女に、つい苦笑いで返す。
まさか、その“ヒーローショー”が僕の本業だなんて、誰も思わないだろう。
……いや、本当は一人だけ、知っているかもしれない。
次の日の昼休み。
屋上で弁当を食べながら、スマホの通知を見ていた。
『ブラッククロウの下っ端が市内に出現。高校周辺に注意』
まさか、うちの高校じゃないだろう。
「彼方〜、屋上にいたの?」
声がして振り返ると、桜がお弁当を持ってやってきた。
「一緒に食べよ」
当たり前みたいに隣に座る。
その瞬間、校庭の向こうで爆音。
——やっぱり来た。悪の組織の奴らだ。
「今の音、なに?」
「た、体育の新しい授業とか」
「爆発する体育はないでしょ」
焦ってる間に、スマホが震えた。
【至急出動せよ】
まずい。完全にタイミングが最悪だ。
「彼方、さっきからスマホうるさいよ?」
「い、いや、バグってるだけ!」
「ふーん……あ、これ落ちてた」
桜が拾い上げたのは——ヒーロー用の通信イヤピース。
「これ……ヒーローの通信機?」
「ち、違うよ! Bluetoothだ!」
「……彼方って、もしかして——」
「ま、まさか! そんなわけない!」
心臓が爆発するかと思った。
世界を救うより、幼なじみに正体を隠す方がよっぽど難しい。
帰り道。
夕焼けが街をオレンジに染めていた。
しばらく沈黙が続いたあと、桜がぽつりと口を開く。
「ねぇ、彼方。……やっぱり、ヒーローでしょ?」
足が止まる。
もう誤魔化せないらしい。
「……どうしてそう思うの?」
「だって、いつも怪我してるし、スマホずっと震えてるし」
苦笑しながら彼女は続ける。
「でもね、別に責めてるわけじゃないよ。
彼方が誰かのために頑張ってるの、知ってるから」
その言葉に、胸が少し痛くなる。
——だって、彼女の父親こそが“悪の組織ブラッククロウ”のボスだから。
けれど、桜はそれを知らない。
知る必要も、たぶんない。
「ありがとね、桜」
「ううん。私は彼方の事ずっと応援してるから」
「ありがとう、僕も街を守る為頑張るよ」
桜は小さく笑ってうなずく。
その笑顔を見た瞬間、僕は思った。
——この笑顔を守れるなら、正義でも悪でも構わない。
夕焼けの中、ふたりは並んで歩いた。
言葉は交わさなくても、心は少しだけ近づいていた。
そして僕は空を見上げながら、そっとつぶやいた。
「ヒーローには、言えないこともあるんだよ」
風が通り抜け、夕日の光が彼女の髪を照らす。
そのきらめきが、どんな勲章よりも綺麗に見えた。
——たとえ世界がどう変わっても、
この瞬間だけは、守りたいと思った。
最後まで読んでくださってありがとうございます。
少しでも楽しんでもらえたなら嬉しいです。