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「家に帰らぬ者」

作者: 赤馬

赤馬です。「家に帰らぬ者」を手に取っていただき、ありがとう! どこか人間臭い物語を書きたいと、今回は「帰れない理由」をテーマにしてみました。古い時代の無人駅で、様々な人生が交錯する一夜の物語。ちょっと切なく、ちょっと不気味な雰囲気を楽しんでもらえたら嬉しいです。さあ、待合室のベンチに座って、彼らの話を聞いてみてください!



その駅は、都から遠く離れた山間の小さな無人駅だった。名もないホームに、ぽつんと古びた待合室があり、夜になると、どこからともなく「家に帰らぬ者」たちが集まるという。誰も彼もが、帰らない理由、帰れない理由を抱え、薄暗い待合室の木のベンチに腰かけ、互いにぽつぽつと語り合うのだ。ある冷たい秋の夜、待合室には四人の男女がいた。一人は着流しの男、名を佐吉。目が落ち窪み、酒の匂いを漂わせている。もう一人は若い娘、おりん。白粉の剥げた顔に、どこか怯えたような目つき。次は老いた行商人、善兵衛。背中に重そうな荷物を背負ったまま。そして最後は、名も告げぬ中年の男。黒い着物に身を包み、ただ黙って壁にもたれていた。


佐吉が、酒瓶を傾けながら口を開いた。「俺はな、女房に愛想つかされた。帰っても、罵られるだけだ。だったら、この駅で酒飲んでた方がマシってもんよ。」おりんが小さく震えながら呟いた。「あたしは…実家に帰っても、親が借金の肩代わりを迫るだけ。姉貴はもう売られた。あたしまで、そうなるのは嫌だ…。」善兵衛は荷物を下ろし、ため息をついた。「わしはな、商いで失敗した。家に帰れば、息子に顔向けできん。せめて一文でも稼いでから…と、こうやって彷徨ってる。」三人の視線が、黙ったままの男に集まった。男はしばらく無言だったが、やがて低く、掠れた声で言った。「俺は…家がねえ。どこにも、帰る場所がねえんだ。」待合室に沈黙が落ちた。外では、夜風が枯れ葉をホームに散らし、遠くで汽笛が鳴った。佐吉が突然立ち上がり、酒瓶を握り潰すように持って言った。「くそくらえ! 罵られてもいい、俺は帰る! 女房の顔、見たくなってきたぜ!」彼はふらふらとホームを去り、闇に消えた。おりんは唇を噛み、目を潤ませながら立ち上がった。「あたしも…親に何と言われても、話してみる。姉貴を、なんとか助けたい…。」彼女もまた、駅を後にした。善兵衛は荷物を背負い直し、苦笑しながら言った。「わしも、息子に謝ってみるか。荷物を置いて、身軽にならんとな。」彼は重い足取りで去り、待合室には名もなき男だけが残った。男は壁にもたれたまま、じっと闇を見つめていた。


やがて、どこからともなく別の男が現れ、待合室に腰かけた。新しい男は、ぼろぼろの僧衣をまとい、顔は見えないほどやつれていた。「お前も、帰らねえのか?」と、僧が尋ねた。名もなき男は、かすかに笑った。「帰る場所がねえって言ったろ。家があった頃は、あったんだ。だがな、俺が家を焼いた。家族も、全部、俺の手で…。」僧は目を細め、静かに言った。「なら、お前はここが家だな。この駅が。」男は答えず、ただ首を振った。その瞬間、待合室の灯りがチラリと揺れ、僧の姿が消えた。いや、最初からいなかったのかもしれない。男は立ち上がり、ホームの端に立った。遠くで、また汽笛が鳴る。だが、列車は来ない。この駅には、列車など停まらないのだ。翌朝、村の者が駅を覗くと、待合室は空だった。誰もいない。だが、ベンチには奇妙な焦げ跡が残り、まるで誰かがそこに焼き付いたかのようだった。村人たちは囁き合った。「あれは、家に帰らぬ者の幽霊だ。きっと、また夜になれば現れる。」それからも、夜の駅には帰らぬ者たちが集まり、理由を語り、時に帰っていく。だが、あの名もなき男だけは、決して去らなかったという。ある者は言う。「彼は今も駅にいる。家を焼いた罪を抱え、永遠に。」(了)



赤馬です。「家に帰らぬ者」を最後まで読んでくれて、ありがとう! この物語は、誰もが持つ「帰れない何か」を描きたくて生まれました。名もなき男の過去、皆さんはどう想像しましたか? 駅の焦げ跡に、何かを感じたなら幸いです。日常の片隅にある不思議な一瞬を、ほんの少しでも味わってもらえたら嬉しいです。感想や評価、いただけたら励みになります。また次の物語で、お会いしましょう!



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