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歌姫薄幸エルフ、契約解除されて追放されたのでこれからは愛する人の前で歌を歌います!

作者: 秋犬

「歌姫レミィ・クレイトヴァン! 貴様とは今月限りで契約解除だ!」


 荘厳な海上都市エレオールの市長、クラフト・トレインは冷たくレミィに言い放った。毎月定例のコンサートが終わった後に、コンサートホールの会議室に呼び出されたレミィはあまりにも突然の話に驚いた。


「契約解除、ですか……」


 薄い金髪に水色の瞳を持つレミィは、長命種のエルフであった。その場に集まったエレオールの役員たちは顔を見合わせ、レミィの方を見ないで頷き合った。


「もう誇り高いエレオールの市民は貴様の歌声に飽き飽きしている。どんなに素晴らしい声でも、何百年も同じ歌ばかり聴かされてうんざりだ。ここいらで発展のためにあんたには隠居してもらう」


 クラフト市長の声が冷たく響き渡る。その後、クラフト市長が手招きをすると会議室に派手な髪色の女が3人入ってきた。エルフの正装である白の法衣を着たレミィと反対に、いずれも髪色とお揃いの原色の派手な衣装を着ていてスカート丈はとても短かった。


「その代わり、来月からはこの『レッドベリーシスターズ』が定例のコンサートを担当する」


 クラフトに促され、3人はレミィと役員たちの前で自己紹介をする。


「長女のベリーでぇす☆」

「次女のプラムでぇす☆」

「三女のバナナでぇす☆」

「せーの!」

「3人そろってぇ~↑、レッドベリーシスターズでぇす☆☆☆」


 きゅるん、とばっちりポーズを決めたレッドベリーシスターズに役員たちは拍手喝采であった。


「なんと可愛らしい!」

「これならあの大ホールが盛り上がるに違いない!」

「かび臭い祈りの歌などより断然面白そうだ!」


 ぱちぱちと拍手が飛び交う中、「あの赤髪のベリーって子はクラフト市長の娘だ」「お父上の急死された先代市長と違ってちっとも勉強しないぼんくらだと思っていたけど、ちゃんとエレオールのために考えていたのだな」などヒソヒソ噂話も飛び出した。


「そういうわけでレミィ、お前はクビだ。これからは移転してやった聖堂で好きなだけ祈りの歌でも何でも歌うといい」


 役員たちはすっかりレッドベリーシスターズに夢中であった。レミィは深く息を吸い込むと、クラフト市長に告げた。


「それでは、数百年の長きに渡って歌い続けた任を降ります。今まで私の歌を聞いてくださってありがとうございました」


 そう言って深く頭を下げると、レミィは会議室を後にした。会議室ではレッドベリーシスターズの次回の出し物についての打ち合わせで異様に盛り上がっていた。


 レミィが慣れ親しんだコンサートホールを出ると、よく晴れた青空と海風が心地よかった。一度コンサートホールを振り向いてから歩き始めたレミィの後ろから、一人の若者が追いかけてきた。


「待ってくださいレミィさん! 契約解除って本当ですか!?」

「ラルフ。追いかけてきてくれたのね」

「当たり前じゃないですか、僕はレミィさんのためにバンドやってるんですからね!」


 追いかけてきたのは、レミィのコンサートでバンドを務めるラルフ・ホーガンだった。筋金入りのレミィのファンで、レミィのためなら何でもする覚悟のある男だった。


「あらあら、もう私はここで歌えないのよ。来月からはレッドなんちゃらのお仕事、頑張ってね」

「違うんです! 僕はレミィさんの後ろじゃないと嫌なんです!」

「でも……」


 ラルフの手には殴り書きの辞表があった。


「僕はレミィさんについていきます。レミィさんの歌声なら、どこでだってやっていけます。そう思ってるファンも大勢いるはずです!」


 ラルフの熱に押されて、レミィは目頭を押さえた。


「そんな……私なんかのために」

「なんかとはなんですか! 僕はレミィさんの歌がないと生きていけないんです!」


 気がつけば、ラルフは涙を流すレミィを抱きしめていた。


「お願いします、歌ってください。どんな歌でも、僕が最後まで聞きます」

「ありがとう……じゃあ、今はこのままで……」


 レミィはラルフの腕の中でしばらく泣き崩れた。数百年務めた責任ある任を貶められるよう急に解かれて、悔しくないことはなかった。それよりも、レミィには気がかりなことがあった。


「でも、本当にレミィさんの歌なんかいらないって思っている人はたくさんいるのも事実なんです……」


 ラルフは苦々しく呟いた。海上都市エレオールは、元々不安定な湿地に住んでいた人々がある日海の上に建造した都市だった。海上都市ということで限られた物資の中で人々は慎ましく暮らし、毎月聖堂で行われるレミィの祈りの歌を楽しみにしていた。そんな暮らしが何百年も続いていた。


 しかし、市長がクラフトに替わったことでエレオールは変わった。もっと発展させるためにと街の真ん中にあった聖堂を移転してメインシンボルとなるコンサートホールを建設した。これは市民の楽しみがレミィの歌声であったためで、本当はカジノホテルを建設したかったらしいという噂もあった。古い街並みはギラギラした都市となり、今やエレオールはキラキラと輝く大都会であった。


 そんな変化があったため、何百年も変わらないレミィの歌声をいらないという声も増えてきた。そのため、今回の定例コンサートの担当の変更はエレオールが作られて以来初の出来事となった。


「ええ、でも急にみんな私がいなくなったら寂しいでしょう。次の定例コンサートの日、私のお別れコンサートをエレオールの外で開きましょう」

「つ、次の定例コンサートの日じゃないとダメなんですか? 他の日にしても……」


 ラルフはドキリとした。エルフであるレミィは時々人間と違う思考をすることがある。彼女の意図の読めなさは今に始まったことではないが、これでは当てつけにも程があると思った。


「ううん。絶対その日じゃないとダメなの。お願い、力を貸して」


 レミィに微笑まれ、ラルフは真っ赤になりながら頷いた。そして2人でお別れコンサートのチラシを作り、エレオールの外にある陸上の広場を会場に指定した。


「でも、エレオールの外まで来てくれますかね……?」

「毎月私の歌を聞いてくれた人たちのことを信じて、ね?」


 そう言いながら、レミィとラルフは準備を進めた。ラルフの他に、急で不当な契約解除に不満を持ったバンドメンバーたちも一斉にレミィに従った。これに構わず、クラフト市長はレッドベリーシスターズの舞台を成功させることに躍起になった。


「祈りの歌なんて古臭い。可愛い歌に可憐なダンス、レーザービームにバズーカの派手な演出。これがなくて何がエンタメだ」


 クラフト市長の耳にも、レミィのお別れコンサートの噂は届いていた。しかし、レッドベリーシスターズの準備にかまけてレミィの真の意図に気付くことはなかった。


***


 定例コンサートの当日がやってきた。


「客席がまばらじゃないか」

「それが、皆あちらのお別れコンサートへ行っているようで……」


 役員たちは慌てた。思いのほか、市民たちはレミィのコンサートに出かけてしまってレッドベリーシスターズを見に集まったのは身内ばかりであった。


「ふん。どうせこの『もう二度と聞けない歌声を聞く最後のチャンス!』という煽りに釣られたのであろう。こんな状況も今月だけだ。来月にはきちんと客が戻ってくる」


 クラフト市長は冷静であった。このコンサートを成功させて、海上都市エレオールをもっと発展させたかった。


「日が落ちたぞ。開演時間だ、始めようか」


 それまで荘厳という言葉が相応しかった舞台に、可愛らしい音楽が流れはじめた。そしてレッドベリーシスターズの面々が袖から音楽に合わせて現れた。


「長女のベリーでぇす☆」

「次女のプラムでぇす☆」

「三女のバナナでぇす☆」

「せーの!」

「3人そろってぇ~↑、レッドベリーシスターズでぇす☆☆☆」


 決めポーズも決まったところで、レッドベリーシスターズのコンサートは始まった。


「ベリーちゃん、可愛い!」

「プラムちゃん、きれい!」

「バナナちゃん、おいしそう!」


 客席から一応あがる歓声に、レッドベリーシスターズはにっこり応える。


「わあー↑、応援ありがと~☆」

「それじゃあ1曲目、いっくよお~☆」


 それから、それなりにコンサートは進んだ。観客は少ないながらも、それなりに盛り上がった。派手な衣装に派手な演出。派手なレーザービームに派手なバズーカ。ぐるぐる回る照明にキラキラした効果音。クラフト市長の提供する「エンタメの洪水」を体現したステージだった。


 しかし間もなく最後の曲、というところで舞台が大きく揺れた。


「あれ? こんな演出あったっけ?」

「演出じゃないよ! 本当に地面が揺れてるよ!!」


 コンサートホール全体がぐらぐらと揺れていた。観客もスタッフも驚き、急いで外に避難するが揺れは収まらない。


「ねえ、一体どうなってるの!?」

「あっ、道路が割れる!!」


 轟音と共に地面が割れ、コンサートホールの下に設置されていた浮遊安定装置が見えた。


「大変! 安定装置の魔力が枯渇してるよ!」

「早く安定装置を復活させなければ、このまま全部沈んでしまう!」


 人々はクラフト市長を見た。浮遊安定装置の起動方法は代々の市長しか知らない秘密であった。


「し、知らなかったんだ! エレオールがこんな風に浮いていたなんて!」

「この馬鹿市長!!」


 残った人々は浮遊安定装置にしがみついたクラフト市長に罵声を浴びせながら、一斉に避難を開始した。電源が消失し、真っ暗になった都市から人々は一刻も早く逃げだそうとした。その間にも都市はどんどん海の中に沈み、ついに立派なコンサートホールも海中深く姿を消した。


「コンサートホールが、なくなっちゃったあ~☆」


 レッドベリーシスターズは救助艇の上で泣いた。幸いなことに、レミィのコンサートに行った市民が多数であったために避難や救助は迅速に行うことができた。ほぼ全ての市民の無事は確認できたが、浮遊安定装置をなんとか起動させようとしたクラフト市長の姿はどこを探しても見つからなかった。


***


 夜の闇の中でエレオールの沈む轟音を聞いて、レミィのコンサートにやってきていた観客は息を飲んだ。それまでライトアップされて光り輝いていたエレオールのコンサートホールが急に真っ暗になり、凄まじい音と共に姿を消す様子はとても恐ろしいものだった。


「……皆さん。私は初代エレオールの市長から浮遊安定装置に魔力を注ぎ続けるよう依頼を受けました。それで、今日まで私の魔力の籠もった歌声でエレオールを浮上させ続けていました」


 魔力で大きさが増幅されたレミィの静かな声が、観客の元に届いた。


「私の歌声を必要としなくなったエレオールは本日役目を終えたわけですが、こうして皆さんが私の元へ集まってくれたことが、何より嬉しくて仕方がありません」


 舞台の上で涙を流すレミィに、元エレオール市民たちが声をかけた。


「だってあんたの歌が聞きたかったから!」

「あの新しい市長はいけ好かなくて嫌いだったんだ!」

「これからもレミィの歌、聞けるよね!!??」


 温かい声援を受けて、レミィは前を向いた。後ろではラルフが嬉しそうにバンドメンバーと合図をしていた。


「それでは聞いてください。これからの皆さんのために、祈りの歌を」


 照明がレミィを照らし出し、幻想的な雰囲気のゆったりとしたバラードが会場に響いた。魔力の籠もっていないレミィの歌声だったが、観客たちは静かにレミィの歌声に聞き入った。


「やっぱり歌は、好きな人の前で歌うものだよ」


 観客の誰かがそう呟いた。その呟きはレミィの美しい歌声と共に、夜の風に溶けて消えていった。


〈了〉

最後までお読みいただきありがとうございます。

応援のお言葉や★を頂けると嬉しいです!

それでは、またどこかでお会いしましょう(´▽`)

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