J・Vの秘密の恋
ウィリアムと恋人になってからは、夢のような毎日だった。
ただ、二人で話し合って僕たちの関係は誰にも秘密にした。
きっと理解してもらえないから。
ウィリアムは少し納得していない様子だったけれど、「まあお試し期間だしな」と最後は受け入れてくれた。
僕たちは元々仲が良く、学園で一緒にいても不自然ではなかった。
だから、ずっと彼の隣で過ごした。
友達の頃とは違い、僕を見るウィリアムの目に甘さがある気がして、そのたびに恋人なんだと胸が高鳴った。
人がいない教室で、こっそり手を繋いだこともあった。
夕方の裏庭で、木陰に隠れて抱きしめ合ったこともあった。
そして、僕の部屋ではキスも――
でも、それ以上はできなかった。
お互いどうしたらいいのか分からなかったからだ。
知識がなかった。
怖かった。
ただ、日増しに好きという感情が大きくなっていった。
ウィリアムは意外にも嫉妬深くて、僕が誰かと話すとすぐに拗ねた。
最近は彼の態度があからさまになってきて、僕が取り繕うことが増えた。
周りにどう見られているのか気になって仕方がない。
ある日の放課後、二人でいるときにこっそり注意した。
「そんなんじゃすぐにバレちゃうよ」
「もう良くね? お試し期間」
「えっ……本当の恋人になってくれるの?」
「もうとっくに、そのつもりだったし」
「そうなんだ……! うれしい……」
確かに、最近の雰囲気は恋人のそれでしかなかった。
でも僕からは怖くて聞けなかった。
やっと、正式な恋人になれてうれしくて、ウィリアムに抱き着こうとしたら聞き捨てならないことを言われた。
「だから、もう周りに言ってもいいんじゃね?」
「な、なにを?」
「俺たちが恋人ってこと」
「ダメだよ! 絶対に嫌だ!」
「はあ? なんでだよっ」
「男同士なんて、認められるはずないっ」
「そんなことねぇよ。俺、調べたんだよ」
「なにを!?」
「俺らみたいな奴らがいるかを」
「!?」
「騎士科の奴らに聞いたら、騎士にはたまにいるらしいぞ。高位の貴族は後継を残す責任で、そういうのに厳しいけど、それ以外は普通にあるって」
「……そうなの? 他にも、僕たちみたいな人たちがいるの?」
「いるいる。だからもう秘密にしなくても、いいんじゃね?」
「それはダメ! 僕の家にバレたら、大変なことになる……もうウィリアムに会えなくなるかも」
「マジ? 考え過ぎじゃね?」
「ほんとなんだ! 絶対にやめて!」
「……お前、三男とはいっても宰相家系の超エリート侯爵家だもんなぁ……。俺は武人系伯爵家の四男だからゆるいけど」
「そうだけど……いくらゆるくても、さすがにご両親が僕たちの交際を知ったら、許してくれないと思うよ」
「許してくれたぞ?」
「……え!? 言ったの!?」
「言ったけど?」
「秘密って約束したのに!?」
「だってお前の誕生日のプレゼントのこと相談したらバレたんだから仕方が……あっ!」
「僕の誕生日って?」
「がぁーー! サプライズの予定だったのに!!」
ウィリアムが頭を掻きむしりながら叫んだ。
僕の十七歳の誕生日は、一週間後だった。
「はぁ……。俺、恋人の誕生日に何あげたらいいか分かんなかったからさ。家族に聞いたんだよ。そしたら……速攻でバレた」
「そりゃあ……! バレるに決まってるよっ」
「父上はすぐに理解してくれたぞ? 母上だって最初は驚いてたけど、今男同士の恋愛小説が流行ってるらしくて、すぐに応援してくれて……って、何で泣いてんだよ」
僕の瞳からは、涙が溢れていた。
なぜ泣いているのか、自分でも分からなかった。
でも、ウィリアムの両親に否定されなかったことに安心した。
絶対に、誰からも祝福されないと思ってた。
僕の家族は、そうだから。
観念したとばかりに、ウィリアムが鞄から取り出したのはペアの指輪だった。
彼は、泣いている僕の涙を、拭いてくれた。
……ちゃんと洗濯しているか怪しいくしゃくしゃのハンカチで。
そして、僕の薬指に、銀色の指輪をはめた。
……ぶかぶかだった。
「マジかよ!? サイズ合ってねぇ!!」
「……まあ、測ってないからね」
「いけると思ったのに!!」
「逆に何でいけると思ったの」
「だってこう! 手を繋いだときの大きさとかで!? なんとなくこのくらいかなって!」
「……ふふっ!」
思わず吹き出してしまった。
ぶかぶかのサイズが合っていない指輪を人差し指にはめ直した。
「うん。ちょうどいいよ」
「薬指じゃなきゃダメなんだよっ! よし! サイズ交換に行こう!」
「えぇ……。これでいいよ。二人で行ったら目立つし……。でも、なんで薬指?」
「外国では、結婚指輪つって、結婚した二人が左手の薬指に指輪をするって、母上が言ってた。俺らはほら、制度的に結婚はできないだろ? だから指輪でだけでも、誓いたいじゃんか」
想像以上に愛のある理由で、僕の涙腺は決壊した。
涙が止まらなくて、嗚咽すら出た。
ウィリアムは焦って、またくしゃくしゃのハンカチで僕の顔を力いっぱい拭いた。
「痛いっ」
「す、すまん!」
「それとっ、清潔なハンカチで拭いてほしいっ」
「す……すまん!!」
やっぱり、あのハンカチは清潔ではなかったらしく、ハンカチを引っ込めた。
ウィリアムは手で僕の涙を拭った。
けれど、拭いきれないと悟ったのか、抱きしめて制服の肩に僕の顔を押し付けた。
制服は清潔なのか疑問に思ったけど、そこは口にはしなかった。
僕が泣き止むまでずっと、ウィリアムは抱きしめてくれていた。




