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第七話 「実録!学園の淑女の育て方」

 二年生になると、政務科の下位クラスになった。成績順の三クラス中で一番下のクラスだ。


 宿題は山ほど出たが、気にしなかった。

 卒業さえできればいい。

 ただ、授業中は寝ないようにした。

 単純に授業は面白かったのが大きい。


 たとえば、昔の冤罪事件を題材にした授業では、告発者の嘘が見破られるまでの流れがスリリングで、小説のネタ帳に加えたくなった。

 闇魔法で自白を引き出す手段もあるという。精神や魔力に干渉できる、少し特殊な魔法らしい。

 ただ、闇属性の魔法士は希少なため、高位貴族か国家事件でなければ自白は使えない。さらに犯人側にも闇魔法士がいれば、実行犯の記憶を封じる術を使うこともあるらしい。ただしその場合は、闇魔力の残滓が検出されるのだとか。

 こうやって高度な駆け引きがあるのだ。推理小説が書けそうな題材だ。

 税制の歴史の授業では、屋敷の窓の数で税額が決まっていた時代があって、思わず笑ってしまった。税を減らすために、わざわざ窓を塞いだ貴族もいたらしい。

 退屈そうに見えて、案外、そういう細部が面白い。

 新しい税制についてアイデアを出す宿題は、「主人公が領主ならどんな改革をするか?」と考えていたら、良いネタが浮かんでしまい、つい真面目に取り組んでしまった。


 あとは初めて聞く内容が多く、聞いていないとさすがに試験で点数が取れない。卒業できなかったらたまらない。

 下位クラスの三分の一は女子だったが、挨拶を交わす程度で、サーシャほど仲良くなれる子はいなかった。


 サーシャとは校舎が変わってしまって、二年生になってからほとんど話せていない。

 商業科は覚えることも考えることも多いらしいが、たまに遠くで見かけるサーシャは楽しそうだった。

 なんだか寂しい。

 夏季休暇にはまたお泊り会ができたらいいな。


 代わりと言っては何だが、二年になってゴリラの王侯貴族科とフロアが同じになり会う機会が増えた。気づけば毎日ゴリラと昼食を一緒にするようになった。

 ちなみに王侯貴族科とは、王国の未来を担うエリート養成クラスだ。

 さすがに毎日ごちそうになるのは悪いから断ろうとしたら、ゴリラも仲良い友達が別クラスに行ってしまって寂しいらしい。分かる。ぼっち同士、一緒に昼食を共にするようになった。


 おかげで食費が浮いてノートを2冊買うことが出来た。

 さっそく新しい恋愛小説を書こうと取り掛かったけど、最近スランプなのか、なかなかペンが進まなかった。

 書きたい気持ちはあるのに、何を書いたらいいか分からない。


 (ジャンルを変えてみた方がいいのかな?)


 サーシャに「ヒーローのキャラクターがワンパターン」と言われて、新しいキャラを考えてみたけど、どうにも上手くいかない。別のジャンルに挑戦するのも良いかもしれないけど、他に書きたいジャンルなんて思い浮かばない。

 暇つぶしに宿題に手を付けることもあって、自分でも末期だと思う。



 新しいクラスに慣れ始めたある日の放課後に、中庭で偶然サーシャと会った。新学期が慌ただしくて久しぶりだ。


「ちょっと、ちょっと!」


 と呼び止められ、親友との再会に喜び抱き着こうとしたら両手で頬を掴まれた。強引である。

 そしてサーシャは小声で囁いた。



「あんた何したのよ? 公爵令息様を誘惑しただのふしだらだの、変な噂が流れてるわよ! 早く公爵令息様に相談しなよ!」

「ええ!?」


 忙しいみたいで「またね!」とすぐに行ってしまった。さ、寂しい……。

 一体私はいつゴリラを誘惑してしまったんだろう。


 そう言われてみれば、なんだか最近は女子たちから遠巻きにされてる気がする。

 特に最近妙に頻繁に見かける上級貴族の女子生徒たちは、聞こえるか聞こえないかの絶妙な声音で何かを囁かれていた。


 (あれって、私の噂話してたのかな?)


 てっきり、何かの練習をしてるのかと思っていた。

 社交界で必要な声量の練習とか、いかに感じ悪くこそこそするか、そんな技術が必要なのだろうと。

 違ったのか。


 (はっ! もしかして、これ、いじめられてるってことでは!?)


 初めての経験に、身体が震えた。

 これは……これは……!


 (スランプを脱出できるネタかもしれない……!)


 来た来た来た!

 そうよ、いじめられる物語、いいんじゃないの!?

 今までそんな世界とは無縁で思いもつかなかった。

 わくわくが止まらない。

 陰湿であればあるほどいい。

 絶望からの再生――最高の題材だ!

 書きたい!! 

 でも、いじめとは、どんなことをするのか、想像もできなかった。


 (まさか、こそこそ噂話するだけってことはないわよね?)


 早く次の行動を起こしてくれないだろうか。



 そんなことを考えながら、本館の北側にある裏庭にやってきた。


 ステラリウム王立学園は、一年生の教室がある本館を中心に、周囲に東館と西館が建っている。

 西館には王侯貴族科、騎士科、政務科が、東館には淑女科、侍女執事科、商業科が入っていて、それぞれ二年生の専門クラスが使っている。

 本館の南には広々とした中庭があるが、その反対側――校舎の北側には、少し薄暗い裏庭がある。

 人目につきにくいため、裏庭のベンチは恋人たちの逢引スポットとして有名だ。


 最近の日課は、恋人たちの逢引を覗く……いや、取材をすることだ。

 スランプ脱出のための、大切な資料集めだ。


 整えられた生垣の裏に隠れ、物音を立てず、声が届く距離までそっと近づく。

 そして、木陰のベンチを覗く。いや、観察する。

 そこには1組のカップルがいた。

 幸せそうに笑い声を立てながら話している。


「君は本当に可愛いね」

「やだぁ、フリッツ様ったら」


 彼はよくこの辺りのベンチで見かける。

 毎回、違う女性と座っているのだ。

 女たらしとして名高い、二年生のフリッツ・デュラン子爵令息である。

 さすが女たらしだけあって、息を吐くように女性を褒める。

 どの女性もまんざらではない様子だった。


 (ああやって女性を口説くものなのね)


 最近恋愛小説の進み具合が悪くて行き詰ってるから、良い刺激になる。


 私はカバンからインク壺をそっと取り出し、芝生にノートを広げ、音がならないように気を付けながらカップルの会話からしぐさまですべてを書きなぐった。

 一心不乱に書いて、満足した。

 今日は収穫が多く、清々しい気持ちで荷物を片付けた。


 すると後ろでカサっと音がした。

 振り向くと、何もなかった。

 ただ、木が立っているだけだ。


 (風の音だったのかな?)


 けれど、風は吹いていなかった。



 そのまま学園寮に帰ろうとして、本館の隣にある東館の裏を歩いていた時だった。

 東館の三階窓に人影が動くのを見た。


 おそらくあれは、淑女科の高位貴族令嬢たちだ。

 いつも小声で「ひそひそクスクス」していた女生徒三人組。

 赤、青、黄とそれぞれ派手な髪色をしている。

 絵具にして混ぜたら黒になる。

 それが妙に彼女たちらしい気がして、ちょっと笑ってしまった。


 それにしても、上級貴族令嬢たちがこぞってする目配せや、口元を隠して笑う動作って、淑女科で教えてもらうんだろうか?

 いま思えば、確かにどれも妙に癇に障るしぐさだった。

 狙ってやっているとしたら素晴らしい効果だ。

 ちなみに小説の役に立ちそうだから、彼女たちのことも事細かにメモしている。

 おそらく赤髪が最も爵位が高く、中心人物。青髪と黄髪はその取り巻きだ。


 そういえば、サーシャがゴリラに相談した方がいいと言ってたと思い出した。

 ……でも、相談って、何を?

 別に困っていないし、なんならありがたいくらいだ。

 これがいじめだというなら――やめられた方が困る。

 せっかくの小説のネタがなくなってしまう。

 これからだっていうのに。



 淑女科の三人組が三階の窓際で、こそこそと何かをしているのが分かった。

 ふいに声が聞こえた。


「来ましたわよ!」

「重いですわ!」

「えい!」


 上の方が騒がしいと思って見上げた瞬間、水が降ってきた。

 頭から思いっきり水をかぶってしまった。


 三名の令嬢が三階の窓から顔を出して、高らかに笑っている。

 私は思った。彼女たちのどこが淑女なんだろう?

 一体、淑女科ではどんな授業が行われてるのか気になった。

 性格の悪さを競っているのだろうか。きっと彼女たちは上位の成績に違いない。

 社交界とは回りくどい表現が多く、私の性に合わなかったが、陰湿さも合わなそうだ。

 淑女科を選ばなくてよかった。


 ……そんなことより。

 たった一組しかない制服が、びしょ濡れである。

 ざっと見たところ無色透明ではあるが、どんな液体か分かったものじゃない。

 なにせ相手は淑女科でトップクラスの性悪令嬢たちである。


 恐る恐る、その水の正体を確かめるために、濡れた袖口の臭いを嗅いでみた。


「……ん?」


 すんすんと嗅いでみるが、特に臭いはしなかった。

 すんすん、すんすんしたが、肺がいっぱいになっただけだった。


 (もしかして、ただの水?)


 汚水かと思ったら、水だった。

 なんだ、乾かせばいいだけじゃん。

 しかももう放課後だから、寮に帰ればいいだけだ。

 むしろ洗ってくれたまである。


 とりあえず今のこの状況をできるだけ観察して、あとでメモしよう。

 小説のネタになるかも。

 私は三階にいる女生徒たちの醜悪な顔を、じっと見上げた。

 彼女たちは、三人三様だった。

 勝ち誇った笑みを浮かべる者、憎しみに満ちた目で睨みつける者、ただ俯く者――それぞれに違った感情が滲んでいた。


 よし、覚えた。

 人に嫌がらせする人って、あんなに醜い表情になるんだ。

 タイトルは何にしよう。これはなかなか良い描写ができるんじゃない?

 これで一作書けないかな?


 そんなことを考えていると、三名の令嬢たちとは違う階に、こちらを見ている女子生徒がいることに気が付いた。

 モスグリーンの髪色をした女の子だ。

 私がびしょ濡れになっているのを、ただ、じっと見つめていた。

 その視線は、感情を読み取れないほど冷たかった。


 (……なんだか、あの子の方が怖いな)


 背筋が冷たくなるような気がしたところで、ゴリラの声がした。


「ナタリー!」


 彼は中庭の方から走ってきて、躊躇なく私の肩に触れて大丈夫かと確認した。


 (おお、これがもし汚水だったらどうするんだろう)


「たぶん真水だから大丈夫だよ」

「え? ああ、そうか」


 ゴリラは少し戸惑うように返事をして、東館の上階を見上げた。

 女生徒たちは、彼と目が合うなり慌てて窓から引っ込んで、騒がしい足音とともに消えていった。

 ゴリラの目が、いつになく鋭く光る。


「……医務室に行こう」

「大丈夫だよ? ただの水だし」

「こういうのは、ちゃんと記録しておくべきなんだ。証拠になる」

「ほほう? 詳しく」


 どうやら、ここで一人帰るの悪手らしい。

 公的な記録として残しておくことが、何かあったときの証拠になり有利に働くことがあるという。


 (何それめちゃくちゃ面白い展開じゃん!! ざまあ展開もアリ!?)


 医務室に行ったこともなかったので、取材がてら意気揚々と医務室に向かった。

 いじめからのざまあ。最高に面白そうだ。


 (でもカタルシスを生むためには、いじめの鬱屈感を最高潮にする必要があるわね。ただの水をかけるお嬢様たちに、そんな展開のいじめができるかな?)


 こんなしょぼいいじめしかできない令嬢たちには無理だろうし、いじめもそんなにエスカレートしないんだろうなと思った。


 そんな私の予想は見事に外れたのだった。


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