J・Vの告白
「うわぁぁぁっ」
僕はピンクローズ先生の手作り本――巷では黒バラ本と呼ばれているらしい――の二作目を読んで、ベッドに突っ伏した。飛び込んだと言ってもいい。
しばらく衝動のままに手足をばたつかせた。
前作では、主人公とヒーローが――男同士の二人が、両想いになったところで終わった。
今作では、恋人関係の二人が人目を忍んで手を繋いだり、抱きしめたりとスキンシップが増えていた。
そして、ラストでは「二人で何もかも乗り越えよう」というセリフと共に、二人は口づけを交わした。
そこで思わず声が漏れて、誰にも聞かれないよう寝室に駆け込んだ。
僕の顔は真っ赤になっているはずだ。
(こんな……こんなの……素敵すぎるっ!!)
恋人にこんなことを言われてみたい。
そして、この本のように――
「っっっっ!!!!!」
声にならない悲鳴を漏らしながら悶えた。
ピンクローズ先生の黒バラ本を読んでから、僕は日に日に小説の彼らのように想いを実らせたいと思うようになっていった。
二作目を読み、さらにその気持ちは強くなる。
(僕が告白したら、ウィリアムはどう思うかな)
振られてもいいから、彼に僕の気持ちを知ってほしい。
……やっぱり嫌だ、振られたくない。怖い。関係が壊れたらどうしよう。
でも、彼に僕の気持ちを知ってほしい。
――好きだ。
彼が、好きなんだ。
もう自分を偽れない。
(振られるとしても、きっと彼は言いふらしたりはしない)
ウィリアムは、竹を割ったようなさっぱりとした性格だ。
曲がったことも嫌いだ。
宿題を写したりはするけど……。
いじめみたいなことはしない。
だから、もし僕たちの関係が壊れたとしても、言いふらしたりはしないだろう。
そう考えると、もう告白することしか考えられなくなった。
いつ、どこで、何と言うか。
そればかりが頭を占めて、その夜は緊張して眠れなかった。
「どうした!? ひどいクマだぞ!」
朝から、ウィリアムは僕の顔を覗き込んで叫んだ。
結局なんの結論も出ないまま、朝を迎えた。
「……うん、ちょっと」
「えっ、なに!? 悩み事なら聞くぞ?」
「いや、あの、うん……また今度で」
「なんだよー、遠慮するなよ。俺たち親友だろ」
その言葉に、胸がずきんと痛む。
(そうだ。ウィリアムは、僕のことを親友としか思っていない)
告白なんかしても、結果は見えている。
それなら、告白なんかせずに親友としてそばにいた方が幸せなんじゃないだろうか。
――本当に?
ウィリアムが、結婚しても?
そのうち彼が、好きな女性の話をすることもあるだろう。
僕は、それを親友として応援できるだろうか。
できない。
でも、告白する勇気も持てない。
僕はどっちつかずのまま、時間だけが過ぎていった。
ウィリアムに対して、どう振舞っていいか分からなくなった。
混乱していたのだと思う。
唯一、心が休まったのは、クラスの女子とピンクローズ先生の本についての感想を言い合う時だった。
お互い読書が趣味で、いろんな本の感想を話すうちに、ピンクローズ先生の話になった。
彼女は恋愛小説を読む僕を変に思うことなく、「読書家ですね」と誉めてくれた。
ピンクローズ先生のカモフラージュのためにいろんな本を読んでいて、いつの間にか確かにかなりの量の本を読んでいた。
最近は、ウィリアムから逃げるためもあって、その女子とよく話していた。
するとある日の放課後、人気のない校舎裏にウィリアムから呼び出された。
「おい。どういうつもりだよ」
「……なんのこと?」
「どう考えても俺を避けてるだろ! 俺が何かしたなら言えよ!」
「……君は、何もしてないよ」
(ただ僕が、勝手に、君を好きになってしまっただけ……)
でもそんなこと言えるはずがない。
言いたいけど、言えない。
言えないのに、言いたい。
もう心がぐちゃぐちゃだった。
「じゃあなんで避けてるんだよ!」
「……別に避けてなんか」
「避けてるだろ! こっちを見ろよ!」
そう言って、ウィリアムは僕の顔を自分に向けた。
久しぶりに彼と目が合った。
最近は、気持ちが溢れ出して変なことを口走らないように、彼を見ないようにしていた。
「俺、お前に避けられんの、すげー嫌なんだけど」
拗ねたように言う彼は、子どもっぽくて、でも僕の胸はそんな彼にも激しく高鳴っていた。
今ここで誤魔化せば、親友のままでいられる。
嘘をつけば、全部なかったことにできる。
でも――
「僕も……」
「んあ?」
「僕も嫌だ……」
「あ゛あ゛っ? 避けてんのはお前だろっ」
「だって……っ……なんだ……」
「なんだって?」
「好きなんだ……っ! 君のことが!」
「……なに? どういう意味?」
とうとう、言ってしまった。
顔が沸騰しそうに熱かった。
小さな声でしか言えなかった。
「……恋愛の……意味で……」
「……なにそれ? そんなことあんの? え、マジで?」
「……うん」
僕は怖くなって目を逸らした。
泣きそうだった。
言うつもりじゃなかったのに。
……言うつもりじゃなかったのに!
目に涙が溜まって溢れそうだったけど、必死に耐えた。
気持ち悪いって思われたくない。
嫌われたくない。
それでも、気持ちを抑えられなかった。
あの小説のような、二人になりたかった。
「ごめん……好きになってごめん……でも、好きなんだ……ウィリアムが……」
言葉にしたら、気持ちと一緒に涙も溢れた。
「は……?」
ウィリアムは、いぶかし気な声を出した。
彼のそんな声は聞いたことがなかった。
(嫌われる、怖い、どうしよう)
なんと言われるか不安で、もうウィリアムの目どころか顔も見れなかった。
指先が冷たい。
喉がつまって声がでない。
一瞬の沈黙が、一生の長さに思えた。
沈黙のあと、ウィリアムが怒鳴った。
「意味わかんねーよ!」
僕はその声に思わず身体を震わせた。
(嫌われた……どうしよう……消えたい)
その後、ウィリアムは戸惑った声を出した。
「なんなんだよ、これ……なんか……え? お前がめちゃくちゃ可愛く見えるんだけど」
落ち着きなく髪をかきあげ、僕の顔をまっすぐ見つめるウィリアム。
彼と目が合って、心臓が止まりそうになった。
「え? いま、なんて」
「わかんねーよ! わかんねーけど!!」
ぐしゃぐしゃと頭を掻きながら、目を泳がせたウィリアムは続けた。
「お前は俺のことが好きなんだろ? 正直、悪い気はしねぇよ。他の奴と仲良くするくらいなら、俺と仲良くすりゃあいいじゃん」
「ほ、ほんとうに……? いいの……?」
「ああ!」
「それって、恋人に、なるってことで……いいんだよね?」
「うー、んー、まあ、とりあえずは?」
「とりあえずって?」
「だって、わかんねーもん! 男同士で恋人って何すんの? どうすりゃいいの?」
と叫びながら、ウィリアムの耳は真っ赤だった。
「それは……僕も、分からない」
「だろ? だから、とりあえず? お試し的な?」
「うん。わかった」
「じゃあ、これからは恋人ってことで? まあヨロシク」
ウィリアムはそっぽを向いたまま、視線を合わせずに、手だけ差し出した。
僕は、その手をそっと握った。
「うん。うれしい……よろしく」
僕はようやく笑顔になれた。
涙は、ウィリアムのおかげでうれし涙に変わった。
こんな結果になるなんて、想像もできなかった。
……いや、嘘だ。
僕が想像してた中で、最高にうれしい結果だった。




