発禁本
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とても励みになっています。
ようやくリオスの体調が元通りになり、日常を送れるようになってしばらく経った頃。
レアリィーナさんが表紙のサンプルを持ってきてくれた。
「ふわあぁぁ!! すごい!!」
「うふふ、お気に召していただけましたか?」
そこには、なぜか上半身裸の男二人が、互いに絡み合うように鎖を巻きつけられた姿で立っている絵が描かれていた。
なぜ鎖かは分からないが、何か背徳的な匂いが漂っている。
「すごく……良い!!」
「ふふ。あの後、鎖で二人を繋げたら雰囲気が出るのではと思って、書いてみたのです」
隣に座っているリオスにも見せた。
「ねえ! すっごく良いと思わない!? モデルになってくれたおかげだよ」
「……これは……いいのか……?」
「良いじゃない! なんだか表情にも色気があって」
「……」
「ふふっ……。我ながら、とても良い表紙になったと思いますわ。あと、挿絵の下書きも持ってきたのでご覧ください」
次に差し出された絵は、小説の中に挿し込む挿絵だった。
それは、ベッドの上で今にも絡み合いそうな二人の男の姿だった。
この前の状況と同じく、組み敷かれている男のシャツだけがはだけていて、なんとも淫靡だ。
「ひゃぁぁぁ!! 見るだけでドキドキしちゃうっ」
「特に表情が……自信作です……っ……ぷふっ」
「……」
「……」
レアリィーナさんは顔を背け、肩を震わせた。
出来栄えに感動して泣いているのかもしれない。
それくらい、素晴らしい出来だった。
リオスとクロイツナーは、半眼で無の表情をしていた。
「……俺たちがモデルだと決して分からないように、顔立ちの原形は消してくれ」
「ぷふっ……かしこまりました」
こうやって円満に打ち合わせは終わった。
私はこの絵と書き起こした文章、そして先日の経験をもとに、小説を書き上げた。
今回は、かなり過激な内容になった。
しかも、安全に愛し合うための注意事項付きだ。
J・Vさんにも、きっと喜んでもらえるだろう。
いつものように、新刊のあとがきに販売場所を忍ばせた。
部数は今回も二十冊にした。
写本する侍女たちは、顔を染めながら書き写していた。
それでも前回と同じく、「個人的に書き写して持っていてもいいですか」と聞いてきたので、出来は悪くないと思う。
しかも、みんな妙に鼻息が荒く興奮していた。……新しい分野を開拓できるかもしれない。
慈善市に出品すると、今回もすぐに完売した。
いつもと違ったのは――
J・Vさんが、恋人と一緒に来ていたことだった。
言葉で説明されたわけではないが、レアリィーナさんは、見た瞬間にすぐ分かったそうだ。
……もしかして恋人と一緒に読んだりするのだろうか。
あの本を……。
一抹の不安を覚えたが、大丈夫だと言い聞かせた。
***
そして数日が経ち、ようやく心境も落ち着いてきた頃。
ふと、胸の奥がざわついた。
なんだか、自分がとんでもないことをしてしまったような気がしてきた。
「よくよく考えたら……あれ、かなり過激な内容だったけど、大丈夫かしら……?」
(大丈夫よね? 一応ペンネームは変えているし、コアなファンにしか販売してないし……)
しばらく不安に駆られながら過ごしたが、いつの間にか忘れて、新作小説に没頭していた。
そんなある日。
執筆部屋の扉が勢いよく開き、リオスが慌てた様子で飛び込んできた。
普段は執筆中に決して声をかけない彼が、迷いなく話してくるということは――ただ事ではない。
「アリィー、まずいことになった」
「え?」
「例の本が……王国風紀監察庁に見つかり発行禁止処分になった」
「ええええ!!??」
「今、作者を探しているところだそうだ」
「どっ、どうしよう!!??」
あまりに過激な内容であること。
そして男性同士の恋愛という禁忌に触れたことで、目をつけられてしまったらしい。
たった二十冊の本のはずなのに……どこから漏れたのだろう。
「あの本は、王都でだいぶ話題になっているらしい。読みたがる者が殺到して、写しもずいぶん出回ったそうだ」
「ええええ!!??」
「貴族だけじゃなく、平民にまで知られているようだ」
「……」
もう言葉が出なかった。
そんな過激な本を書いたのが、病弱で社交をほとんどしなかったウィンターガルド公爵夫人だと知られるのは非常にまずい。
その後、社交に復帰したとはいえ、出産後の今は再び控えめになっていた。
すべてが明らかになれば、せっかく築き上げたピンクローズとしてのキャリアも台無しになる。
顔から血の気が引いていくのがわかった。
「ど、どうしよう……リオス、ごめんなさい、わたし……」
「大丈夫だ。手は打ってある。君は心苦しいだろうが、こういう時のために、マダムに話はつけてある」
「はなし……?」
「ああ。最初から、いざという時のために、彼女に身代わりになってもらう段取りだ」
「え……」
「ピンクローズ・スウィートも、スロートン・クピウィーズも、彼女だということにしてある。君の素性は隠す。心配はいらない」
「そ、そんな……だめだよ……そんな迷惑かけられない」
「ひどい罰にならないように、こちらでも根回しする。おそらく厳重注意で済むだろう」
「私のせいで……レアリィーナさんになんてことを……」
「アリィー、大丈夫だ。大丈夫だから」
己の浅はかさに失望し、罪悪感で胸が締めつけられた。
涙は止まらなかった。
その日から、私は食事が喉を通らなくなり、小説も書けなくなった。
こんなものを書くから、人に迷惑をかけるんだ。
私が人を助けようなんて、思い上がっていた。
レアリィーナさんは、今は平民だ。
厳しい処分になるかもしれない。
罰がどうなるか、リオスはああ言っていたけれど、実際のところは誰にも分からない。
(取り返しのつかないことになったらどうしよう……)
心配で何も手につかずに寝込んだ。
***
それから、一週間ほど経ち、レアリィーナさんが公爵家にやってきた。
変わらず艶やかな容姿で、拍子抜けした。
対する私は、まるで拷問でも受けたのかというほどぼろぼろである。
「れ、レアリィーナさんー!! ごめんなさい!!」
「いやですわ、ナタリー様の方がボロボロではありませんか」
「無事!? ひどいことされなかった?」
「とーってもひどい目に遭いましたわ」
「え!?」
むち打ち?
爪はがされたり……は、ないようだけど、服の下は痣だらけとか!?
私の目に涙が溜まっていった。
「あの小説を、声に出して読み上げさせられましたの! もう恥ずかしいったら! 次からはもっとソフトにしてくださいませ」
「え? 声? ……次?」
「わたくし、ピンクローズ先生もスロートン先生も、大ファンですのよ。悪いと思うなら、作品を書き続けてくださいませね」
レアリィーナさんはウインクして微笑んだ。
「でも、もう小説は……」
「何をおっしゃっていますの? 貴女様から小説を取ったら、いったい何が残るとお思いで?」
「レアリィーナさんーーーっ」
私はレアリィーナさんに抱きついた。めちゃくちゃいい香りがする。
スンスンと嗅いでいると――
「ちょ、臭いですわ……。公爵令息閣下、奥様を湯あみさせた方がよろしいのではなくて?」
ひ、ひどい。
レアリィーナさんのことで頭がいっぱいで、最近は湯あみが少し……数日くらい疎かになっていただけなのに。
「そうだな。アリィー、浴室に行こうか」
「ええ!? でもレアリィーナさんが――」
「大丈夫だ。マダムにはお茶でも飲んで待っていてもらおう」
私はそのまま湯あみをさせられ、レアリィーナさんに香油を塗ってもらい、久しぶりにしっかり食べ、ぐっすり眠れた。
リオスも、レアリィーナさんも、終始優しかった。
その温かさに包まれながら眠りにつくころ、私はほんの少しだけ、涙をこぼした。
こんな気持ちでさえ、小説でどう表現したらいいかと考えてることに気づき、書くことは私自身なんだと思った。
けれど、やっぱり私はまだ未熟者で、人に手を差し伸べるには少し早かったのかもしれない。
例の小説の続きを書くことはやめる。
レアリィーナさんはああ言ってくれたけれど、これ以上書き続ければ、きっと取り返しのつかない迷惑をかけてしまう。
今後は、今まで通りの男女の恋愛小説に専念していこう。
J・Vさんがどうか幸せに過ごしてくれますようにと、ただ願った。
その後、例の本は王国風紀監察庁によって可能な限り回収された。
しかし、ほとんどは所在が分からず、未回収のまま行方知れずになっている。
その一方で、写本はすでに出回っており、広まる過程でさまざまな二次創作まで加えられていったとか、なんとか。
二十冊のみ存在する原本は、一部のマニアからピンクローズの幻の本として黒バラ本と呼ばれ、たいそう高値がつく代物になったらしい。
だが、いくら高値がつこうとも、原本が市場に姿を見せることはなかった。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
半年ほど続けてきたナタリーの物語も、残りわずかとなりました。
次回から四話、J・V視点のお話になります。
このパートでは、同性愛の恋愛描写を中心に描いていますので、苦手な方はご注意ください。
その後は一話で番外編も終了となります。
最終話はナタリー視点です。
最後までお付き合いいただけたら嬉しいです。




