二作目
「無理を言って、帰り道に直行してもらってごめんね」
レアリィーナさんが到着するのを心待ちにしていた私は、庭園の東屋でたくさんの菓子を並べて待っていた。
今日はリオスは仕事のため不在だった。
「お気になさらないでください。わたくしも早くお話ししたかったので良かったですわ」
「なになに!? どうだったの??」
興味津々で慈善市の話を尋ねる。
「まず、奥様のあの小説ですが、大好評ですぐに売り切れましたわ」
「え!? あれが!?」
「はい。ピンクローズ先生のあとがきに込められたメッセージに気づいたご婦人方が、それなりにいらっしゃいました。お店でもピンクローズ先生の本を多く売っており、桃色の薔薇で装飾しておりましたので、皆様、すぐにお分かりになったようです」
「みんな、新作小説の内容を確認しなかったの? だって、男女の恋愛物語が好きな人たちよね?」
「もちろん説明いたしました。大切にしてくださる方の元に届くことを願っておりましたから。同性同士の恋愛物語と聞いて、初めは皆さま戸惑っておられました。ですが、ピンクローズ先生の『部数限定手作り新作』と聞いた途端、目の色を変えてお買い求めでした」
「そうなんだ……」
「その中には、奥様が懇意になさっているセリーヌ様もいらっしゃいましたよ」
「セリーヌ様が!?」
確かに、以前ピンクローズの作品を勧めたら気に入ってくれたようで、それ以降は新刊が出るたびに話題に上る。
あれは社交辞令じゃなかったんだ。
「学園在学中は同級生でしたので、わたくしのことを覚えておられ少し話しました。ピンクローズ先生と間違えられそうになりましたが、否定しておきましたわ」
「気まずい思いをさせちゃってごめんね」
「問題ございませんわ。そのあと、あっという間に、十九冊は売れてしまいました。一冊だけは彼のために残して、待っていたんです」
「それでそれで!?」
「夕方頃、帽子を目深にかぶった身なりの良い少年がいらっしゃいました。それが――J・Vさんでしたわ」
「きたんだー!!」
思わず歓声を上げてしまった。
「なんでJ・Vさんだって分かったの?」
「奥様は、あとがきに『Jさん』としか書いていらっしゃらなかったですよね。ですから本人確認のため、差出人として書かれていたお名前をうかがいました。『J・Vです』と、小さな声でおっしゃいました」
「本人だー!」
「本をお渡しするときに、ピンクローズ・スウィート先生が貴方のためにしたためたものだとお伝えしたら、泣いておられました。周囲に人がおり、あまりお話はできませんでしたが……きっと奥様のお気持ちは、あの少年に届いていると思います」
「そっかぁ……良かった」
レアリィーナさんは優しく微笑み、紅茶に口を付けた。
J・Vさんに渡す特別な一冊には、最後のページに私の手書きのメッセージを添えた。
『あなたは、ひとりじゃない』
またいつでも、手紙をくれたらいい――そんな想いを込めて、そう記した。
(喜んでくれたらいいな)
満たされた気持ちで、そう願った。
***
それから一ヶ月が経った頃、ピンクローズ宛のファンレターをレアリィーナさんが持ってきてくれた。
今日のお茶会は私の部屋で行われ、リオスも同席していた。
なんと、J・Vさんからも手紙が来ていて、私は食い入るように読み込んだ。
そこには、感謝と感激と、物語への熱い感想が綴られていた。
手紙の最後には、
『この物語を読んだ後、まるで僕の恋が実ったような、そんな幸せな気持ちになりました。
僕はひとりじゃない。
そう、思えました。
また不安になったら、先生に手紙を書かせてください。』
と書かれていた。
――思いが伝わっていた。
「良かったぁ!!」
涙が出そうになるほど嬉しくて、ファンレターをぎゅっと抱きしめた。
どこかで、当事者ではない私が物語を書くことで、失礼な表現になってしまっていないかと不安だった。
一人の少年の気持ちを、ほんの少しでも軽くできていたなら、それでいい。
「良かったですわね、奥様」
「うん!! レアリィーナさんも、本当にありがとう! 売り子さん、大変だったでしょう?」
「過分なお言葉ですわ。楽しい経験になりました。それよりも今日は、他にもたくさんファンレターが届いておりますの」
「たくさん?」
「ええ。その多くが、例の手作り本の感想ですわ」
「えっ!?」
「……アリィーが読める内容か?」
すかさず、鋭い目をしたリオスが尋ねた。
「はい。好意的なものばかりですわ」
「ええええ!?」
ファンレターの束を受け取り、一通ずつ目を通した。
そこには、同性同士の恋愛だからこそ立ちはだかる障害や葛藤を乗り越えた先の感動を綴った、熱い想いばかりが並んでいた。
熱量がすごい。
たしかに私自身も、書きながら滾るものがあった。
多くのファンレターには、続編を望む声が添えられていた。
今回の物語では、主人公の男性がある一人の男性を好きになり、性別という壁を越えて想いを交わすところまでを書いた。
物語は、二人が手を握るシーンで終わっている。
(この先かぁ)
二人はどうなるんだろう?
きっと、関係を公にはできないはずだ。
結婚は……制度的に厳しい。
いや、それよりもまず、恋人になったら二人の進む道は――。
「男性同士でも、キスってするのかな?」
私の声は、広い部屋に妙に響いた。
リオスは私と目を合わせようとせず、クロイツナーも同じだった。
やはり、レアリィーナさんだけがまっすぐに私を見据えた。
「……しますよ」
「するの!? 抱きしめたりも?」
「当然です」
(……そうなんだ。じゃあ、次は一歩進んで、その辺の話を書いてみようかな?)
私はまた、レアリィーナさんからいろいろと話を聞いた。
同性同士の恋愛も、感情面では異性同士と変わらない。
ただ、やはり障害や葛藤が大きい。
二作目では、付き合っていると人に言えない中で、人目を忍んで手を繋いだり、抱きしめ合ったりする同性の恋人物語を書いた。
異性カップルと違って堂々とできない切なさを描き、恋人同士が一度すれ違う場面も入れた。
だが結局、お互いが好きで仲直りをする。
そして「二人で何もかも乗り越えよう」というセリフと共に、二人は口づけを交わす。
ふむ。上出来だ。
二作目の手作り本も、二十冊作ることにした。
前と同じように、ピンクローズの新刊のあとがきに新作の完成と販売場所のメッセージを忍ばせる。
前回この秘密のメッセージを解読した読者が多数いたことは分かっているが、前回購入してくれた人にも続編を楽しんでもらいたいので、あえて同じ形式にした。
王都の慈善市は年に二回開催される。
今回も、レアリィーナさんに売り子をお願いした。
二作目も、飛ぶように売れた。
前回の手作り本の噂が広まっていたらしく、秘密のメッセージはもはや意味をなしていなかったようだ。
ピンクローズの手作り希少本を求めて列ができ、手作り本は早々に売り切れた。
彼の分を残して。
商品として並べていたピンクローズの他作品も、サイン本だったこともあって、午後にはほとんど残っていなかった。
ほぼ店じまいの状態で、レアリィーナさんは彼だけを待っていた。
そして、やはり彼は夕方頃に来た。
半年前に会ったときよりも、J・Vさんは背が伸び、少し大人びていたという。
彼は目を潤ませながらお礼を述べ、手作り本を大事そうに受け取り、「ピンクローズ先生へ渡してください」と手紙を手渡した。
その手紙が、いま私の元にある。
私はその手紙をゆっくりと読んだ。
彼はいま、学校に通っているらしい。
十中八九、ステラリウム王立学園だろう。
私の母校でもあり、この国のすべての貴族の子弟が通う学校だ。
彼はそこで、好きな人ができたらしい。
……決して、彼の身元を探ろうなんて思っていないのに、意図せずどんどん彼の個人情報が追加されていく。
少し、不用心すぎて心配になる。
現在、学園に在籍できる年齢の男の子といえば、かなり絞られてしまう。
しかも、名前の頭文字が「J・V」……。
公爵家の素晴らしい淑女教育の成果で、私はこの国の貴族の名前をほぼ覚えていた。
家名が「V」から始まる家は少なく、ただでさえ特定しやすいのに、こんな個人的なことを書いて大丈夫なのだろうか。
私の頭の中に浮かんだ「V」から始まる家名は、かなりの名家だった。
(だとしたら、重圧があるのかもしれないわね)
もちろん、私の想定した家とは限らないけれど。
手紙を読み進めると、好きな人は友人で、もちろん同性で、告白できない葛藤が綴られていた。
まるで、私が前回書いた小説のようだった。
「つらいなぁ……」
性別を理由に断られるのなら、どれだけ努力しても実らないかもしれない。
それは、あまりにもつらい……。
私は、彼の恋が実るように祈った。
***
朗報が届いたのは、それから数カ月経った頃だった。
J・Vさんから、また手紙が届いたのだ。
そこには、なんと――恋人ができたと書かれていた。
以前書いていた好きな人に、勇気を出して告白したら、受け入れてもらえたそうだ。
勇気を出せたのは、私の小説を読んだからだと感謝された。
特に、二作目のように「相思相愛になりたい」と思えたことが原動力だったのだという。
「うわあぁぁ! すごい!!」
「本当に、こちらまで嬉しくなりますわね」
レアリィーナさんとの定例会だ。
今日は私の部屋で、リオスとクロイツナーもいるいつものお茶会だ。
手紙を最後まで読むと、創作意欲がむくむくと湧いてきた。
「三作目も書きたい!」
「あら、良いですわね」
「次は、もっと過激にしちゃおうかなっ!?」
例のごとく、二作目の感想ファンレターもたくさん届いていた。
前回以上に皆に好評だったようで、次も期待に応えたい。
「でも、これ以上はインスピレーションが湧かないんだよねぇ。男性同士の恋愛っていうのも、やっぱりよく分からないし」
「また、花街のお話をいたしましょうか?」
「うーん、そういうのでは足りないというか……視覚的なヒントが欲しいというか」
「視覚的……?」
私とレアリィーナさんは同時に、隣へ視線を向けた。
そこには、リオスとクロイツナー――男性二人がいた。
「これだ……! ねえ、リオスとクロイツナー! 小説のモデルになって!?」
「……は?」
「……え」
「うふふ、なんだか楽しそうですね。私も、次回作の絵のモデルになっていただきたいですわ」
「それいいね!」
「ちょっと待て」
「お願いーっ」
私はリオスの手を取って、懇願した。
「……仕方がない。今日だけなら……」
「ありがとう!」
――まさか、この後、どんどんエスカレートしていくとは。
このときは誰も想像していなかった。
今回の番外編とは別に、公式企画「冬の童話祭2026」に参加し、
短編『銀花からうまれた王さま』を投稿しました。
ナタリーの住むレグナス王国の建国を描いた、短いおとぎ話です。
ご興味がありましたら、そちらも覗いていただけると嬉しいです。




