事の顛末
※ナタリーがベルンハルトを「クロイツナー」と呼んでいるのは、
グレゴリオスが他の男性を名前呼びされるのを好まなかったためです。
呼び方の違いは関係性の表現としてお楽しみください。
「えー!? レアさんはマダムで、マダムは元伯爵令嬢なのー!?」
クロイツナーとマダムが帰っていった後、リオスから事情を聞いた。
「ていうか……そもそも、マダムって同い年だったのー!?」
先ほどから驚きっぱなしだった。
てっきりマダムは年上だと思っていたのだ。
「ああ。以前、俺の愛人に間違われた没落令嬢の噂があっただろう?」
「そういえば、そんなこともあったわね」
「あの噂の没落令嬢が、マダムだ」
「えええええーーー!?」
言われてみれば、マダムの髪色は薄い紫色。
私の変装用のカツラは濃い紫色だった。
「なんで隠してたの!?」
「隠すつもりはなかったが、話がややこしくなりそうだったからな」
「まあ、たしかにややこしくはなってただろうね」
「……マダムの本名はレアリィーナ・マルセリア。元伯爵令嬢だ。平民になってからは、リィーナと名乗っている。本人の希望で諜報員として働いてもらっているが、本来はベルンハルトと再会するまでのつもりだった。だが彼女は、なかなか彼と一緒になろうとしなかった。それで今までずっと、諜報員を続けてもらっていたんだ」
リオスは淡々と続けた。
「サロン名は伯爵家の家名が由来だ。素性を知る者が見れば、元貴族だと気づくだろう。高級サロンの女主人としては、生粋の平民よりは動きやすいため、素性を隠してはいないんだ」
「へえぇぇ」
確かに、そんな感じの名前をお茶会で聞いた気がする。
『レアリィーナ』という名前の中には、リオスが私を呼ぶときの愛称『アリィー』が含まれていた。
愛称で呼び合う私たちを見て、公爵領に保護されている没落令嬢のレアリィーナさんが愛人だと誤解する人がいたのも、頷ける話だった。
「クロイツナーの婚約者だったの? 全然気づかなかった……」
「ああ。二人は仲睦まじい婚約者同士だった。だが、入学してしばらく経った頃、マルセリア伯爵家に次々と不幸が重なり、没落することになったんだ。入学して半年ほどで彼女は学園を去った。ベルンハルトの両親は、多額の負債を負った彼女を引き取ることを拒否したため、領地は王家に返上したものの負債は残った。だから俺が公爵領に保護した」
「そんなことがあったんだ……」
私がのほほんと過ごしていた学園時代に、そんな大きな負債を背負って去っていった伯爵令嬢がいたなんて、全く知らなかった。
彼女は初めて会ったときから、同い年とは思えないほど大人びていた。
きっと、私には想像もできないような苦労をしてきたのだろう。
「リオスが優しい人で良かった。きっと公爵家に保護されて、マダム……いいえ、レアリィーナさんは救われたんだろうね。クロイツナーも」
「……俺は、優しい人なんかじゃない。実を言うと――君のおかげなんだ」
「うん? 私は何もしてないよ?」
「俺はずっと、公爵領を守ることしか考えていなかった。ベルンハルトとは親しかったが、あの頃の俺なら……マルセリア嬢を保護することはなかっただろう。公爵家としてのメリットがなかったからだ。だが君と出会ってから……ベルンハルトの気持ちが、ようやく理解できた。レアリィーナ嬢の状況を、もし君だったらと考えてしまったんだ。だから、マルセリア嬢を保護した。公的な判断でも、立派な理由でもない。ただの自己満足だが、後悔せずに済んだよ。親友も、ようやく幸せになれそうだからな。すべて君のおかげだ」
「そうなの?」
「ああ。君と出会ってから、俺は少し……人間らしくなった気がする」
「あはは。元から人間じゃない。あっ、竜人だった! あっ!? ごめん、気にしてた!?」
「いや、かまわない。だが、俺と二人のとき以外は竜人については口に出さないようにな」
「うん! 気を付けるね」
「話を戻すが、結果的には優秀な未来の執事長を手に入れたわけだ。公爵家にとって、ベルンハルトは大きな収穫だよ」
「彼は、執事長になるの?」
「ああ。ベルンハルトには、伯爵家嫡男として育った品位と教養がある。それに上に立つ者としての資質も十分だ。あのような人材は、そうそう巡り合えるものではない。しかも信頼できる」
「そうなんだ」
「有能で信頼できる執事長が仕えてくれるなら、これほど助かることはない。今の執事長も後継を探していたからな。嬉々としてベルンハルトに叩き込んでいるよ」
リオスは、そこでふっと楽しそうに笑った。
重責を担う彼にとって、信頼できる親友がそばにいることは、きっと大きな支えになっているのだろう。
(これからもクロイツナーがリオスの味方でいてくれますように)
私はそっと、心の中で祈った。
本編第四話で、「グレゴリオスは本当にいい奴だ。よろしく頼むよ」と言った男子生徒が、ベルンハルト・クロイツナーでした。
彼はあの頃から、最愛の女性の危機を救ってくれた親友に深く感謝し、グレゴリオス公爵家に仕える決意を固めることになります。
今回、その伏線をようやく回収できて、ほっとしています。
読んでくださり、ありがとうございました。
次回から「禁断のBL本 編」が始まります。
次章で、ナタリーのお話は一旦おしまいです。
(他の連載を終えた後に、また更新する可能性はありますが……。)
今後は火・金曜(たまに土曜も)に更新予定です。




