第六話 サーシャ視点
サーシャは灯りを消した後、天井をぼんやりと見上げながら、考え事をしていた。
隣には消灯五秒で眠ったナタリーがいる。
「すぴぴぴ……」という奇妙な寝息を聞きながら、サーシャは思った。
(あれ、どう考えてもヒーローのモデルはウィンターガルド公爵令息よね?)
最近の彼女の小説は、恋愛ものばかりだ。
そして決まって、金髪碧眼の貴族がヒーロー。
カッコよさをこれでもかと詰め込んだ、完全無欠のヒーローだった。
でも、ヒロインの恋心はまだ追いついてないのに、物語だけが先に走っているように見えた。
(本人は無自覚なのかな)
ウィンターガルド公爵令息は、確かに非のないできた人間だった。
(私のような下位の男爵令嬢に、菓子折りを持参して挨拶してきたときは驚いたわ)
あれは夏季休暇が終わってすぐの、まだ暑さが残る時期だった。
タウンハウスに帰るため馬車に乗ろうとすると、ひと目で高位貴族と分かる気品をまとった彼に声をかけられた。手には、王都の有名スイーツの菓子折り。
「突然すまない。君が仲良くしている、ダークブロンドで茶色の瞳の令嬢の名前を教えてくれないか?」
妙に焦ったようなその様子に、不信感を覚えたサーシャはすっとぼけた。
「誰のことでしょう? 私には分かりかねます。お力になれず申し訳ございません」
彼は一呼吸置いて口を開いた。少し口元がほころんでいた。
「彼女は、友人に大切にされているのだな。人を見る目もありそうだ。突然、不躾にすまなかった。俺はウィンターガルド公爵家のグレゴリオスという者だ。彼女に……一目惚れをした。結婚を申し込みたいから名前を教えてもらえないか?」
「こっ……けっ、け、けっこん!?」
サーシャは、驚き過ぎて鶏のような声を出してしまった。
名前は教えるけど協力はしないことを伝えたが、彼女の趣味や好きなものなど、いろいろ聞かれ、言わないつもりがうっかりいろいろと話してしまっていた。
礼として菓子折りを貰ったが、罪悪感で、どうにも味が分からなかった。
次の日にナタリーにあげたら喜んでいた。
すぐにでも近づくのかと思いきや、彼はそれから一カ月ほど行動を起こさなかった。
でも、たまに視線を感じて振り向くと、彼がナタリーを見つめていた。
目が合うとさっとそらしどこかに消える。
最初はいぶかしんでいたが、そのうち出会うきっかけを探していることに気づいた。
一度、わざとナタリーの前でハンカチを落としているのを見たことがある。
ナタリーは全く気づかず素通りしていた。小説の話をしていたから周りが見えなかったのだろう。
他の貴族令嬢たちがすごい勢いで取りに走ってきたが、彼はさっと拾って何事もなかったかのように、歩き去った。
そのうち、「もういいから早く声かけろよ」と応援する気持ちが芽生えていた。
やっと放課後にナタリーに声をかけている彼を見た時のサーシャは、思わずガッツポーズをしたくらいだ。
するとクラスの何人かも周りにいて、同じ動作をしていた。
どうやら、サーシャ以外にも、同じように菓子折りを渡された『菓子折り仲間』がいたらしい。
だが彼はナタリーからあっけなく断られていて、菓子折り仲間は散り散りに解散したのだった。
サーシャは、もし公爵令息に権力を行使されたら逆らえず、協力するしかない。
だが、今のところ彼にそんな気配はなかった。
そんな誠実な態度に、クラスの女子はメロメロである。
一生懸命なアプローチに、クラス全体が思わず応援してしまっている。
……気づいていないのは、当の本人くらいだ。
サーシャも公爵令息には好意的だが、一番はナタリーの幸せである。
仮面舞踏会に行きたいと言われた時はどうしようかと思った。
幸せな結婚ができるような場所ではない。
だからすぐに公爵令息に手紙を出した。
彼なら、きっと助けてくれると思った。
(ナタリーが幸せになったらいいな)
親友の幸せを思いながら眠りについたサーシャだった。