入賞
結婚して一年。
――まだ、子どもができない。
私の母は五人の子供を産んだ。育った村でも、子を授からない人は少数派で、ほとんどの女性が五人以上産んでいた。だから妊娠と出産は、当たり前にできることだと思い込んでいた。結婚したらすぐに授かるだろうと高をくくっていたくらいだ。
けれど、しなかった。
月のものが来るたびに、侍女たちが口々に慰めの言葉を口にした。
正直なところ、そこまで落ち込んでいたわけではなかったんだけど、皆が「大丈夫ですよ」「焦らなくても」と言い続けるので、逆に焦るようになった。
(え、すぐに妊娠しないと、ヤバいの?)
確かに、月のものがある日以外は、毎日子作りをしている。だから妊娠しない理由が分からない。どうすれば妊娠するのかも、分からない。
そもそも、私はこの一年、社交どころか家政管理もせずに遊んで執筆して、楽しく過ごさせてもらっている。私が本来するべき仕事は、すべてお義母様やリオスがしてくれている。
これはすべて、子どもを産む代わりの対価だ。
彼のプロポーズを受けた時、最初にそう言った。社交はできないけど、子どもは産める、と。
でも、子どもができない。
(…………これって、けっこうまずいのでは?)
結婚してすぐに、ウィンターガルド公爵家は子どもを熱望していると聞いた。十人産んでやっと充分なんだと。その時は一体どんなスポーツチームを作る気なんだと思ったけど、一人も産めないなんてシャレにならない。
「ど、どうしよう……」
***
そんなある日。
小説コンテストで私の作品『恋は命がけ』が入賞したと連絡があった。惜しくも最優秀賞は逃したが、優秀賞だ。本の出版はまだ確約してもらえないけれど、担当者がつき創作の相談に乗ってもらえる。そしてその後、出来が良い作品が書ければ、出版してもらえるかもしれない……!
「や……やったぁーーー!!」
嬉しさのあまり声が裏返った。両手を掲げ、涙があふれた。
諦めなくてよかった。
チャンスをつかんだ。
これから、プロの作家になれるかもしれない。
私の物語を、みんなに読んでもらいたい。
気付いたら私はリオスの執務室に走っていた。使用人たちが驚いた顔をしていたけど、構っていられない。扉をノックもせず、勢いよく開け放った。書類から顔を上げたリオスが、驚いた表情でこちらを見た。
「アリィー? ……泣いているじゃないか。どうしたんだ?」
彼はすぐに私のそばに寄ってきて、涙をぬぐってくれた。
「取ったの!」
「何を?」
「賞を! 賞を取ったの! 小説の! 優秀賞ー!!」
興奮し過ぎて文章がめちゃくちゃになった。それでもリオスは、急かすことなく聞いてくれた。
「本当に? すごいじゃないか」
「すごいのー!! 良かったぁぁ」
私は両手を大きく広げ、勢いよくリオスと抱き合った。幸せで胸がいっぱいになった。そして、めちゃくちゃ泣いた。たぶん鼻水も垂れてたと思う。涙も鼻水も全部リオスの服についた。……ほんとにごめん。
「良かったな。君は頑張っていたから、いつか取れると思っていたよ。おめでとう」
「ありがとうぅぅ」
ひとしきり褒めてもらって、胸がじんわり温かくなった。そのときふと、不安が胸をよぎる。
(でも……子どもを産んでいないのに、呑気に小説なんて書いていていいのかな……)
子どもを産む対価に、公爵家夫人の仕事もしないで毎日執筆させてもらっている。淑女教育は今も受けているけれど、公爵家の夫人としてしていることは、それだけだ。
私は、子どもを産むどころか妊娠すらしたことがない。小説コンテストに入賞して、今後の努力次第では本を出版してもらえるかもしれない。
でも、いいのかな。
執筆よりも、社交や公爵家の仕事をした方がいいんじゃないかな。
子どもを産まない私に、執筆する権利なんてあるのかな……。
喜びから一転、最近の不安が心を埋めた。
「どうした? 不安そうな顔をして」
お義母様の淑女教育を受け続けるうちに、私は心の声を外に出さない術を身に着けたのだ。以前は相当漏れていたらしい。駄々洩れの垂れ流しだ。
だから最近、リオスは私の本音が分からず不満なんだとか。よくこうやって気持ちを確認してくれる。私が心の声を漏らさなくても、表情で察してくれることが多い。彼は鋭いのだ。
「私……執筆しても、いいのかなって……」
「良いに決まってるだろう? 君の夢が叶ったんだ。俺も嬉しいよ。本当に、よく頑張ったな」
彼は私の頭をなでながら、心からの笑みを浮かべた。その笑顔が眩しいほどに嬉しそうで、胸が熱くなった。
(悩んでいても妊娠できるわけじゃないし、あまり気にしないようにしよう)
病は気からって言うし、気にしてたら出来るものも出来ないだろう。
子作りはちゃんとしているし、妊娠は時間の問題。
(リオスも喜んでくれてるし、私は小説をがんばろう!)
そうして執筆を続け、編集者からアドバイスを受けながら、ほどなくして小説を出版した。最初の一冊は感動で手が震えた。一途なヒーローとの恋愛小説は、少しずつ人気が出て、私は次々に小説を出版し、プロの小説家になった。
小説家としては順風満帆と言えるだろう。
だけど。
それから二年経っても、子どもはできなかった。




