結婚式
青く澄み渡った空の今日。
いよいよ、私とリオスの結婚式が行われる。
公爵家ほどの高位貴族は王都の大聖堂で結婚式をするのが通例だが、私が病弱だとされているため、ウィンターガルド公爵領の領都フォルネアの教会で挙式することとなった。
早朝から起こされ、朝食は控えめにしか出してもらえなくて泣きそうになった。いや、泣いた。それを見た侍女たちから「泣いたらお肌が!」と鬼気迫る声を浴び、私は一瞬で涙を引っ込めた。いつもは皆優しいのに、今日は気合の入り方が違う。
朝からパックやマッサージを念入りに施され、いつもはしない締め付けの強いコルセットを着せられ、肋骨が軋むかと思うほど苦しく、息が止まるかと思った。懇願したら割とすぐ緩めてもらえて意外だった。たぶん泣かれる方が厄介だと判断されたのだろう。うん、あのままだったら苦しくてずっと泣いてた。
リオスと一緒に教会に向かい、新郎新婦は別の部屋で支度するらしく、そこで別れた。リオスに再び会えるのは、式が始まってからだという。「挙式前に新郎新婦が顔を合わせない方が良い」とされるジンクスがあるんだとか。ふむ、これは小説で使えそうなネタだ。後でメモしておかなければ。
今は、ウェディングドレスを着たところで、化粧もヘアセットも終わった。
殺伐としていた侍女さんたちが、ようやく満足げな顔をしてくれて私もホッとした。崩れたりしないように気を付けないと。
(まだ式まで時間があるし、暇だな)
そんなことを考えていると、ノックがして騒がしい一同がやってきた。私の家族だ。
両親に兄夫婦、他家に嫁いだ姉に妹と弟まで、そろってわいわい押しかけてきた。
「ナタリー! 元気にしとったか」
「久しぶりね。まあ、きれい……!」
「うわ! すごいドレスじゃん。高そー」
「ナタリーちゃん、とっても似合ってるよ」
「まさか公爵家に嫁ぐとは思わなかったわよ! 今日で十八歳ね。誕生日おめでとう!」
「ナタリー姉、ずるい! ドレスなんて興味ないって言ってたじゃん! 私も着たいー!」
「お前なにバカなこと言ってんだ!」
「だってー!!」
「ナタリー姉ちゃん、ドレス似合ってるよ」
「みんな、ありが……」
「さっきまでお前、公爵家に用意してもらった高価なドレス着れて嬉しいって言ってたじゃねーか!」
「さっきまではそう思ってたんだもん! でもナタリー姉のドレスが段違いで嫌になっちゃった!」
「贅沢なこと言ってんじゃねーよ!」
すっかり騒がしくなってしまった。
そういえば、男爵家にいた時は毎日兄弟げんかして、賑やかに過ごしていた。
最近は公爵家で静かに過ごしていた日々を思うと、この賑やかさがひどく懐かしい。
喧嘩しているのは兄と妹。
口をはさむ隙もない。
確かに妹が言う通り、私のドレスはとんでもなく豪華で華やかできれいだ。
雪よりも白く、光を受けて淡く輝く純白のドレス。何層にも重ねられた薄絹が花弁のように広がり、裾には銀糸で銀花の刺繍が施されている。
ところどころに宝石が散りばめられているが、その宝石ひとつひとつが、やけに大きく見える。ドレスは思っていた以上に重い。……このドレス一着で、一体いくらしたんだろう。
あまり深く考えてはいけない。
まだ言い合っている兄と妹を脇に寄せて、家族たちがお祝いの声をかけてくれた。
「公爵家での生活はどうだ?」
「うん、とっても良くしてもらってるよ」
「まさかナタリーが、こんなに早く嫁ぐことになるとはね。でも、幸せそうで安心したわ」
「あはは、私もまさかだよ!」
「何かあったら、いつでも手紙くれたらいいからね? 話を聞くくらいならできるし」
「姉さん、ありがとう!」
そんな会話をしていると、突然弟が爆弾を投下した。
「ナタリー姉ちゃん、嫌になったら、いつでもうちに帰ってきていいからね」
「え……? ど、どういう意味?」
「だって、ナタリー姉ちゃんの旦那様ってヘンタイなんでしょう? 別れたら、うちに帰っておいでね」
場が静まり返った。
あんなに騒がしかった兄と妹までもが、まるで凍り付いたように口を閉ざした。
横目に、侍女が慌ててどこかへ走っていくのが見えた。
「へ、変態? グレゴリオスが?」
「うん」
「ええ!? そうなの!?」
知らなかった。
変態?
なんで弟はそれを知ってるの?
私、全然知らなかったんだけど!
周りを見渡しても、家族どころか皆、使用人ですら、目をそらした。
そうなの!?
グレゴリオスが、変態……?
全然、分からなかった。
変態ってなんだっけ。
そういえば領地にも、酔うと裸で踊り出すおじさんがいて、皆から『変態』と呼ばれていた。素面の時は気のいいおじさんだったんだけどなぁ。
え、リオスも、あんな感じになるの?
露出狂ってやつ?
それはいろいろまずい気がする。
領主としても威厳がないし、そんな旦那様はいやだ。
なんとか、裸踊りは屋敷内だけで我慢してもらえないだろうか。
そういえば、何度注意しても人前でいちゃいちゃするのが多かったのは、そういう癖のせいだったんだろうか。
まるでパズルのピースがはまるように、すべてが腑に落ちた。
おかしいと思っていた。なぜ人前でベタベタいちゃいちゃするのかと。
そういう性質が、彼にはあるのだ。
これは、問題だ。
どうすればいいかを思案していると、突然激しく扉が開く音がした。
扉の向こうには、リオスがいた。
「え? リオス? 式の前は会っちゃいけないんじゃ……」
そう言いかけたけど、険しい表情のリオスはずんずんと進み近づいてくる。
結婚式で気合が入っているのか、すごい迫力で周りを見渡していた。
でも私は、今一番気になっていることを聞かずにはいられなかった。
「リオスって、変態なの?」
周囲には十数人いるのに、誰もいないんじゃないかというほど静寂に包まれた。
リオスは目を丸くした後、顔を赤くしながら答えた。
「そ、そうなのかな……? ……経験がないから、分からない」
気味が悪いくらい静かだった。
……え?
時間止まった?
家族を見ると、皆顔を真っ青にしたり、真っ赤にしていた。
なんで?
とりあえず、リオスはまだ未遂で、領民の前では脱ぎ癖を発揮していないらしい。良かった。
「そうなの? なんでもいいけど、これからは私の前だけにしてくれる?」
やたらと服を脱ぐのは良くない。
でも私の前でだけなら秘密にできる。
「えっ……君の前ならいいのか?」
「うん。私の前でならいいわよ。見てあげる」
「わ、わかった」
「約束よ」
「ああ……」
良かった。これで解決だ。
妻の前で脱ぐだけで済むのなら万々歳だろう。裸踊りだって見てあげようじゃないか。
満足に思いながら、周りを見渡すと、弟妹たちは「残り物食べるところを見るってこと……?」と呟きながらぽかんとし、大人たちは真っ赤になって目をそらしていた。ちなみに、使用人たちは一層深く頭を垂れ、平身低頭の姿勢で動かずにいた。
なんで?
どうしたの?
「なんで? 私、公爵家の夫人として褒められるべきことを言ったわよね?」
「あ、ああ。お前は立派だ……」
「そこまでの覚悟があるとは知らなかったわ。公爵家の夫人の覚悟として立派よ」
両親が褒めてくれた。
でも、裸踊りを見るくらいで大袈裟じゃない?
戸惑っていると、「ナタリー様、お式の時間です」と移動を知らせる言葉が告げられた。家族に「またあとでねー」と言い残し、式の準備をした。
***
ナタリーを見送った後の控室では、家族でひそひそと会話が続いた。
「……あいつ、すげぇな。公爵令息を手玉に取ってる……」
「見直したわ。肝が据わってたわね」
「ナタリー姉のくせに、あんなカッコいい旦那様に嫁ぐなんておかしいよ!」
「やめなさい、もう公爵家の夫人よ」
「ナタリー姉ちゃん、かわいかったねぇ」
家族からの評価は、「やはり公爵令息は変態」であった。
けれどナタリーが堂々と受け入れていたため、誰も否定はしなかった。むしろ、ナタリーの評価は爆上がりしていた。
***
その後、荘厳な結婚式は無事に行われた。
式の後は、披露宴会場まで公爵令息と花嫁の馬車でパレードが行われた。
披露宴では、国内の高位貴族および王族が列席する盛大な場だった。花嫁は見事なカーテシーを見せ、会場は温かい拍手に包まれた。だが花嫁の体調不良によって、十分おきにお色直しがあった。通常よりも短い式ではあったが、無事に終わった。
料理や余興は素晴らしく、式は誰もが称賛するものであった。ただ、ウィンターガルド公爵夫人アンゼリカだけは、最後まで心配げな表情を崩さなかったという。
なお、結婚式と披露宴であまりに疲れたため、花嫁は初夜に寝入ってしまい、花婿は悶々としたまま朝を迎えた。
……もちろん、そんなことを知る者はいなかった。




