表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
世界一素敵なゴリラと結婚します  作者: 志岐咲香
番外編:事件の後遺症編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

27/56

悪夢のおわり

「ほんとーに! ごめん!!」


 朝起きると、ゴリラが優しく微笑んでこちらを見ていた。

 夢かと思ったけれど、すぐに夜中の出来事がよみがえり、顔から火が出そうなほど恥ずかしくなった。

悪夢で泣くなんて、まるで幼い子供みたいだ……。

 しかもずっと手を繋いで寝かせてもらうなんて……。


 今はひたすらにゴリラに謝っているところだ。

 私を起こさないようにと、一晩中ずっとベッド脇で手を握ってくれていたらしい。


(でも、おかげで久しぶりに熟睡できたかも)


 思えば、この数日はまともに眠れていなかった。

 でも、ゴリラに手を握ってもらうと、不思議と怖い夢は見なかった。


「謝ることは何もない。君の寝顔が見られたんだから役得だな。またいつでも呼んでくれ」


 きっと眠っていないだろうに、ゴリラは爽やかな顔で言った。

 私の恋人が神すぎる。



 そのあと、夜中に迷惑をかけた護衛の人たちにも、謝りまくった。

 「迷惑じゃないですよ」「気にしないでくださいね」と、みんな優しかった。

 ……泣きそうになった。



 一人で熟睡しようと意気込んだものの、それからも毎晩うなされてしまい、駆け付けたゴリラに手を握ってもらっていた。

 朝、目を覚ますと、いつもベッドの隣に置かれた椅子に、ゴリラが腰かけていた。そんな日々が続いた。

 ゴリラは夜に眠れていないらしく、昼に仮眠を取っていると聞いて、申し訳なさすぎた。



 数日経った頃、就寝前にゴリラが私の部屋にやってきた。


「うなされるのは辛いだろう? 今夜から君が眠る前から、目覚めるまでずっとそばにいる。安心するといい」

「えっ、寝始めからずっと……? でも悪いし……。私のせいで、夜に眠れていないんでしょう? 昼に仮眠をして、執務に支障が出てるって聞いたわ」

「誰がそんなことを……。昼にできないなら、夜に仕事をすればいいだけの話だ。ほら、今日は書類を持ってきた。俺は君の隣で、ただ仕事をするだけだ」


 ゴリラは微笑みながら、手に持った書類の束を掲げて見せた。


「……でも、寝るところを見られるのは、恥ずかしいわ……」

「ははっ、今さらだろう? もう何度も見ている。君は安心して眠るといい。俺が君を守る」

「……本当にいいの?」

「ああ」

「ありがとう」


 その日から、ゴリラは私が眠っている間に執務をするようになった。

 書類をめくる音や、ペンが走る音を聞きながら、私は眠りについた。

 朝までぐっすり眠れた。


 ゴリラは相変わらず昼に仮眠をとっているらしい。

 本人は「夜に仕事をしているだけ」と言っているけれど、どうやら部下の人たちまで夜勤に巻き込まれているようで、最近はみんな昼間に眠そうな顔をしている。

 私のせいで申し訳ないから、「もう大丈夫」と何度も伝えたけれど、「補佐役の部下は、日替わりで担当を変えて夜勤を調整しているから問題ない」と言ってゴリラはやめようとしなかった。



 しばらくして、私の部屋の改修が始まることになった。

 驚いたことに、内装のデザインをしたのはゴリラらしい。

 淡いピンクの壁紙に、白い家具。花柄とレースでまとめられた空間は、可愛いのにどこか上品だった。

 あ、あんな可愛いデザインを、ゴリラが……?

 もしかすると、タウンハウスの客室のデザインも、ゴリラの趣味なのかもしれない。

 でも偶然、私の好みにぴったりだったから、ありがたく使わせてもらおう。

 ゴリラが好きなデザインなんだったら、頻繁に部屋に招いてあげようかな。



 改装工事の間、私は別の部屋に移ることになった。

 通されたのは、扉で仕切られた二部屋続きの豪華な客室だった。

 手前の部屋には、小さなティーテーブルと、壁際に書き物用の机が置かれていた。

 私の執筆用に、わざわざ用意してくれたらしい。

 ありがたい。

 奥の寝室には、ふかふかのベッドとドレッサーがあった。

 タウンハウスの部屋よりもずっと広く、どこか落ち着いた温かみがあった。


 客室とゴリラの部屋は少し離れているから、もし夜中にうなされても、私の声は届かないかもしれない。

 もうゴリラが駆けつけることはないだろう。



「本当に、一人でいいのか?」

「……うん! 今日こそ一人で寝るよ。客室だったら、案外眠れるかもしれないし!」


 ゴリラはまだ心配そうにしていたけど、私が強く言うと、しぶしぶ納得してくれた。

 いつまでも迷惑をかけてはいられない。

 ゴリラだけじゃなく、部下の人たちにも迷惑をかけてるんだから。


 夢見が悪いのは、もしかしたらあの部屋のせいかもしれないし。

 きっと、あの部屋と私の相性が悪いだけだ。

 だって、それまでは普通に眠れていたのだから。



***



 ここに来てからというもの、入浴後は毎晩、侍女にお手入れをしてもらっている。


 それだけじゃない。朝は起こしに来てくれるし、顔を洗うぬるま湯も用意してくれる。

 服を選び、髪を結い、化粧まで、すべてしてくれるのだ。


 ちなみに、学園寮時代は寝坊の常習犯で、顔を洗わない日もあった。

 着るものは毎日制服で、髪はそのまま。邪魔な時だけ結ぶ程度。

 化粧なんて、自分でしたことがない。

 そんな私だから、正直、いろいろと面倒に思うことも多い。

 けれど、公爵家ではそれが当たり前だから、慣れていくしかない。


 今夜もドレッサーに座り、髪を乾かしてもらう。

 公爵家には、温風魔道具があって、髪が乾くのが速く、しかもふんわりと乾くのだ。

 普通なら、布で水気を拭き取るだけ。

 冬場は暖炉の前で乾かすのがせいぜいだ。

 魔道具は高級品で、平民はもちろん、男爵家でもめったに見かけない。

 例外は、王国がインフラ整備の一環として配っている水道魔道具くらいだ。

 公爵家では、それ以外の魔道具が当たり前のように使われていた。


「それでは、失礼いたします。おやすみなさいませ」

「うん、ありがとう。おやすみなさい」


 侍女が退室し、部屋には私一人だけになった。

 途端に、しん……と、静まり返る。


 初めて使う客室。

 そういえば、この部屋には、いざという時用の隠し通路はないんだっけ……?


(……いざという時は、どうしたらいいんだろう)


 胸の奥がざわついて、寝室の窓を開けてみた。

 ここは二階。そっと身を乗り出して、下を覗き込む。


 数人の兵士が、距離を取って立っているのが見えた。

 ほっと胸をなでおろしたのも束の間、嫌な想像が頭をよぎる。


(……この人たちが、もし裏切者だったら……?)


 ぞくりと寒気がした。


「ひっ……」


 窓を開けていた私に気づき、窓の下の兵士たちが一斉にこちらを見上げた。

 慌てて窓を閉める。


(そうだよ……あの時だって、突然誰かが化粧室に入ってきて、眠らされたんじゃん。またいきなり誰かがこの部屋に入ってきて、眠らされて、さらわれるかも……)


 嫌な妄想が頭を占めた。

 首筋に、じわりと冷たい汗が伝った。


(遠くに連れていかれて、今度は……助けに来てもらえないかも……)


 鳥肌が立つ。

 両腕で自分を抱きしめるが、心は少しも落ち着かなかった。


(……安全な場所は、どこ? どこに行けば……)


 そんな問いかけに、浮かんできたのは――彼の顔だった。



***



 俺の部屋の扉に、ノックの音が響いた。


「ナタリーだけど、開けてもいい?」


 彼女だ。

 やはり、心細くなって俺を呼びに来たのだろう。


「ああ、今開ける」


 最近は、ナタリーが眠りについたあとも、彼女の手を握ったまま夜に執務をこなしている。

 ベッドのすぐそばに、簡易の机と椅子を置かせた。

 左手が使えないのは不便だが、右手だけでも作業できるように配置は調整済みだ。


 仕事を持ち込む前は、床に座りベッドにもたれるようにして眠ろうとしたこともあった。

 眠れなくはないが、体に痛みが残り、眠りも浅かった。

 そのせいで日中に仮眠を取る羽目になり、仕事の効率も落ちる。

 それならばいっそのこと、夜中に執務を済ませたほうがよいと判断した。

 付き合わせる部下には申し訳ないが、今は彼女の安心感を優先したかった。


 ナタリーの部屋は明日から改修に入るため、今夜から客室に移ってもらっている。

 俺は、客室でも彼女の手を握って過ごすつもりだった。

 彼女が安心して眠れるようになるまで、ずっと続けてもいいと思っている。

 一人で眠ると言われて心配だったが、やはり、心細くなって俺を呼びに来たのだ。


 俺は扉を開けて、彼女に声をかけようとした。


「やっぱり客室に――」


 その言葉は途中で止まった。

 目に入った光景が、理解できなかったからだ。


 白いワンピース型の寝間着を着た彼女が、大きな枕を抱きしめるように抱えて立っていた。

 ……どうして、枕を持っているんだ?


 彼女は言いづらそうに、下から窺うように話し始めた。


「あのね、一緒に、寝てもいいかな……?」

「……は?」

「できたら、こっちの部屋で」

「……は?」


 言葉の理解が追いつかなかった。

 聞き間違いかもしれない。

 頭の回転が遅いのは、視覚的な破壊力のせいか……いや、寝不足だからだ。


「ちょっと……向こうは、怖くて……」


 心細い表情をした彼女を見て、俺はやっと我に返った。

 今は、彼女を安心させることが最優先だ。


 とりあえず、中に入ってもらうことにした。


「そうだな。入ってくれ」


 廊下には見張りの兵士もいる。

 彼女の寝間着姿など、他の男に見せたくはない。

 廊下を覗いて、近くにいた兵士を鋭く睨む。

 「今のは忘れろ」と、無言の圧を込めて。

 兵士は慌てて姿勢を正していた。


 扉を閉めたところで、やはり我に返った。


(……枕? 枕を持ってきたって、どういうことだ??)


 少し考え込んでから振り返ると、そこにはもう、彼女の姿はなかった。


「……ナタリー?」


 おそるおそる、隣の寝室に向かう。

 彼女は、俺のベッドの前にいた。


「おじゃましまーす」


 そう言うと、もぞもぞと布団の中にもぐり込んだ。

 持参した枕を並べて、ベストポジションを探っている。


「……え? な、なにしてるんだ?」

「あ、左側で寝る派だった? じゃあ右側に行こうか?」

「え? あ? 一緒に寝るつもりなのか?」

「そうだよ! ここだったら安心だもん」

「……いや、それはさすがに、まずいだろう……」

「なんで? 今までも、手を握って一晩中そばにいてくれたじゃん」

「……今までと同じように、俺は床か、椅子でいい」

「なんで?? あなたも横になった方が眠れるでしょう?」


 眠れるはずがない。


「いや、じゃあ俺は、隣の部屋のソファでいい……」

「ええ!? そばにいてくれないの? 手を握ってくれないと、また変な夢を見ちゃうよ……」

「……くっ!」


 俺は彼女に逆らえず、迷いながらベッドに近づいた。

 彼女は笑顔で隣をポンポンと叩いている。


 渋々という動作で、ベッドの右側に入った。

 だが心は浮足立っていた。

 そして心臓はかつてないほど速く打ち付けていた。


 彼女は横になったまま、右手を差し出した。

 俺はその手を、左手で握った。


「おやすみなさい」

「あ、ああ、おやすみ……」


 俺も体を横にした。


 すぐに彼女の寝息が聞こえてきた。

 いつもの可愛い寝息だ。

 ……やはりまずいと思い、そっと手を離してベッドを抜け出そうとした。


 だが、その瞬間、彼女が気づいた。


「……う、ん……」


 寝言のような声とともに、彼女の指がきゅっと俺の手を掴み直した。


(……離せない……)


 仕方なく再びベッドに戻る。彼女の寝息を聞きながら、諦めて目を閉じた、その時だった。


「むにゃむにゃ」

「……!?」


 ナタリーが寝返りを打ったかと思うと、そのまま俺の胸元に抱きついてきた。

 足まで絡められて、俺は抱き枕のようになっている。

 柔らかな体温と甘い匂いが、容赦なく俺の理性を削ってくる。


(……これは……これはさすがに……)


 俺は朝まで、ひたすらに動かず耐え続けた。

 そして――もちろん、一睡もできなかった。


ナタリー「これだったらゴリラも眠れるし、いいじゃーん!」

※なお、グレゴリオスは三日ほど寝不足が続きました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ