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世界一素敵なゴリラと結婚します  作者: 志岐咲香
番外編:結婚の承諾編

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一世一代の勘違い

ナタリーの父視点です。

 一昨日、娘のナタリーがステラリウム王立学園を卒業した。

 あと数日もすれば、エーベル男爵領のこのモルデン村に帰ってくる。


 山に囲まれた平凡で穏やかな村だ。

 それでも、代々この土地を治めてきたことに、それなりの誇りはある。


 ナタリーは小説家になると言い張り、結局は結婚も就職もせず、このモルデン村で暮らすつもりらしい。

 「仕方のない奴だ」と愚痴をこぼしながらも、村に残ると聞けば、やはり嬉しくもある。

 子どもは五人いて、ナタリーは真ん中の三番目だ。



 長女が結婚してから、ある日手紙をよこしてきた。

 内容は「ナタリーにもっとかまってやれ」というものだった。どうやら、きょうだいが全滅するという、とんでもない小説を書いているらしい。

 長女の目には、ナタリーが親に手をかけてもらえず、可哀そうに映っていたのだという。

 その分、長女はナタリーにかまってやっていたらしいが、親の目から見れば、いつもケンカばかりしていたようにしか思えなかった。


 たしかに、ナタリーは手のかからない子だったから、あまりかまってやれなかったかもしれない。

 ある時期から、取り憑かれたように本を読み始め、さすがに夫婦で心配もした。

 だが「ただの趣味だ」と聞いて、ひとまずは納得したものだ。

 読んでいる本も、特に問題のある内容ではなかった。


 思春期には何かに没頭することもあるだろうと思っていた。

 けれど、あの手紙をきっかけに、夫婦で改めて話し合い、ナタリーに声をかける機会を少しずつ増やしていった。

 末っ子が大きくなり、手がかからなくなったことも大きかった。


 今年、長男が結婚する。

 最近は、男爵家を継ぐという意識が出てきたのか、仕事も積極的に手伝ってくれている。

 おかげで、俺の負担もだいぶ軽くなった。


 ナタリーが村に戻ってきたら、ゆっくり話でもしてみたい。

 一緒に狩りに行くのも、悪くないかもしれない。

 あいつは、肉が好きだからな。獲れたてを焼いてやれば、きっと大喜びだろう。

 狩りの分け前を目当てに、見習い気取りで山にも出てたっけ。


 自警団の連中についていって、元兵士の領民に体術を教わっていたほど、運動神経が良い。

 「小説家より騎士になったほうがいい」なんて言われてたのを思い出す。


 畑で、西の空が茜色に染まっていくのを眺めながら、そんなふうに感慨にふけっていた。




 すると、村道の入り口から白い騎士服を着た男たちが乗った三騎の馬が、静かだが確かな早足でこちらへ向かってくるのが見えた。

 村に馬で訪れる者など、そう多くはない。


 過去に二度、同じような光景を見たことがあった。

 それだけに、胸の奥が不穏にざわめく。


 やがて馬たちは俺の畑の前で止まり、三人の騎士が順に鞍から降りた。

 真ん中の男は年若いが姿勢がよく、白い騎士服に深藍のマントをなびかせている。

 マントには、雪の結晶と盾と月桂樹の刺繍が銀糸で織り込まれていた。

 それはウィンターガルド公爵家の家紋だった。

 男は他の二人を背に残し、静かにこちらへと歩み寄ってくる。


 ウィンターガルド公爵家からは、これまでに二度、ナタリーへの求婚状が届けられていた。

 一度目は「保留にしてほしい」と返事を出した。

 すると、丁寧な文面の手紙が再び送られてきて、「待つ」と書かれていた。


 最初こそ恐ろしくて震えたが、公爵家は強引な行動はしなかった。

 ナタリーも「直接、公爵令息に断った」と言っていた。

 卒業と同時に帰ると聞いてからは、諦めたのだろうとどこか楽観的になっていた。


(それなのに、なぜ……?)


 血の気が引いていくのを自覚しながら、後ずさりしたい衝動を必死でこらえた。

 ナタリーに……何か、あったのか?


「エーベル男爵閣下。我ら、ウィンターガルド公爵家の使いでございます。本日は二通の文を携え、参上いたしました。一通は、男爵閣下のご息女ナタリー・エーベル様より。もう一通は、グレゴリオス・ウィンターガルド公子閣下からのものでございます。可能であれば、御屋敷内にて拝読いただきたく存じます。」


 不穏な予感がした。

 だが、明らかに俺より身分の高い騎士たちに、逆らえるはずもない。

 言われるままに屋敷へ戻り、手紙を受け取って開封した。


 まずは、ナタリーの手紙を読んだ。


『父さんへ

卒業パーティーの夜に誘拐されて、殺されかけましたが、心配しないでください。

グレゴリオス・ウィンターガルド公子が助けてくれたので、無傷です。

そのまま彼のお宅にしばらく滞在することにしました。

ではまた。 ナタリー』


(なんだこれは!!??)


 読み間違いかと思い、三度も読み返した。

 誘拐……?

 殺され……??

 男の家に滞在だと……???


 なぜこんなにあっさりとしてるんだ!?

 犯人はどうなった!?


 あまりにも情報が足りなさすぎる。

 もう一方の手紙に詳細が書かれているに違いないと、急いで二通目を開封した。


『拝啓 春寒の折、エーベル男爵閣下におかれましては、ご健勝にてお過ごしのこととお慶び申し上げます。


突然のご無礼をお詫び申し上げます。


私、ウィンターガルド公爵家嫡男グレゴリオスは、貴家のご息女ナタリー・エーベル嬢より、先日、正式に結婚のご承諾を頂戴いたしました。


つきましては、速やかに婚約の儀を整えたく、まずは一筆ご報告申し上げます。

近日中に改めて、家臣を通じて正式な申し入れをさせていただきたく存じます。


ご多忙の折とは存じますが、何卒ご高覧のうえ、

ご意見を賜れますようお願い申し上げます。


敬具


グレゴリオス・ウィンターガルド

ウィンターガルド公爵家 嫡男』


 結婚!???

 承諾!!!?????

 事件の説明は一切ないだと!?

 それに、ついこの間まで、ナタリーは「彼とは結婚しない」って言ってたじゃないか!

 一体どういうことだ……!

 まさか……誘拐事件で……何か、この村に帰れない事態になったのか……?


 俺は、急いで家族に知らせた。


 最近跡継ぎとして頼もしくなった長男が、「親父、この村は俺に任せて、王都に行って来いよ!」と背中を押してくれた。

 妻は「私も行く」と、光のない目で言った。

 だが、妻が同行すれば事が大きくなりかねない。

 説得して、俺一人で行くことにした。


 翌日の早朝、馬に乗り、王都へ向かった。

 村は山に囲まれており、山を降りるまではスピードが出せず、もどかしかった。

 山を抜けるとすぐに馬を全速で走らせたが、日はすぐに傾いていき、近くの村で宿を取った。


 ナタリーが、一人で苦しい思いをしているのかもしれない。

 そう思うと、いてもたってもいられなかった。


 二日目も早朝に出発し、王都を目指した。

 夕方には王都に入り、すぐにウィンターガルド公爵家のタウンハウスに向かった。


 先ぶれを忘れていたせいで、門の前で兵に止められてしまった。

 公爵令息からの手紙を見せ、「娘に会いたい」と伝えると、屋敷に通された。

 対応に出た執事は落ち着いた人物だったが、どうやら俺を使いの者と勘違いしたらしく、平謝りしてきた。

 まあ、身なりも質素であるし、仕方のないことだろう。


 領地に帰ると言っていた娘が突然帰ってこないと手紙をもらって心配していることと、とりあえず娘の顔を見せてほしいことを伝えた。

 それらを伝えると、執事は「ただいまお呼びします」と言って、二階へと消えていった。


 ……が、戻ってきたのは執事だけだった。

 しかも、しどろもどろと言い訳を始めるではないか。

 これは怪しいと、俺の直感が働いた。

 娘に何かあったに違いない。そう確信した俺は、執事を押しのけ、さっき彼が向かった上階へと駆け上がった。

 二階の一室――その扉が開け放たれており、中から人の気配がする。


 そちらに向かおうとすると、執事が慌てて俺の体を掴んで止めてきた。

……やはりここに、ナタリーがいる。


(日頃、畑で鍛えてる男を舐めるんじゃない!)


 執事を振り払い、俺は開かれた扉の前へ走った。

 そして、目に飛び込んできた光景に――息が止まった。

 

 娘のナタリーが、金髪の男と……抱き合っていたのだ。


「……な、ナタリー? お前、何してるんだ?」

「え!?」


 ナタリーは金髪男を突き飛ばし、こちらを見て目をまばたきした。


「父さん!? なんでここにいるの!???」

「お前が突然帰らないと言うから、心配して来てみたら……」


 娘の顔は真っ赤だった。

 俺は胡乱な目でふたりを見た。

 ……抱き合うどころか、唇と唇が……いや、そんなはずはない。断じて、ない。


 俺は、なんのために寝不足になりながら馬を飛ばして来たんだ……?

 娘は単に気が変わって、結婚する気になっただけなのか?

 変な事件に巻き込まれたわけじゃ……ない?

 それならいいのだが……。


「はじめまして。エーベル男爵。正式にご挨拶させてください。ウィンターガルド公爵家嫡男、グレゴリオスです。エーベル嬢と結婚を前提に、お付き合いさせていただいています」


 隣の男が、堂々と挨拶を始めた。

 俺はその男の顔を見て、思わず息をのんだ。


 明るい金髪に、透き通るような碧眼。

 整った顔立ちは、まるで貴族の理想像を絵に描いたようだった。

 しかも、名門ウィンターガルド公爵家の嫡男ときている。

 どこからどう見ても非の打ちどころのない青年――いや、出来すぎている。


 こんな男が、うちのナタリーに本気で惚れるだと?

 田舎の男爵家の娘に求婚状を何度も送ってくるか?


 ……いや、まさか。


 娘は、騙されているんじゃないか?

 そうだ、きっとそうに違いない。

 何か裏があるに決まっている。


 娘は、高位貴族に都合よく利用されようとしているのではないか。

 初心な娘が、悪い男に騙され、結婚に夢を見せられているのでは……?


「……ナタリー。この結婚は認められない。諦めるんだ」

「え?」


 ……その場の空気が、凍りついた。

 誰もが息をのんだのが分かった。


 だが俺は、考えを変える気はなかった。

 弱小男爵家だが、娘を守るためにやれることはやってやる。

 そう、強く心に誓った。

✦補足✦

グレゴリオスは、ナタリーと両想いになって完全に舞い上がっておりました。

事件のことを手紙に一切書かなかったのも、結婚できることに舞い上がって焦っていたせいです(笑)


結果として、ナタリー父の一世一代の勘違いを呼ぶことになりましたが……それもまた愛ゆえということで、許してやってください。

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